華の国へ
スミレは今、華の国に馬車で向かっていました。和の国から華の国に繋がる道はただの砂の道から赤いレンガで舗装された道へと変化しており、それだけで国力の差が見てとれます。
「異能だけで発達したわけではないのですね。」
アイラと共に馬車に乗っているココナは思わずそう呟きました。初めての姫付き女官の仕事で華への訪問。目に見える景色すべてが新鮮です。華の国は異能の国とも呼ばれ、独自の技術が存在します。異能を持つ人々の髪や目は独特な色を持っています。和の国にも独特の髪を持つ人々はいて、その人たちは華の国系と呼ばれます。しかし華の国の人と華の国系の人は目の色が独特かそうでないかで見分けがつきます。この国が異能だけで発達したわけではない、と言われる理由は大国の中で最も広い土地を持ち、また小国との関係を良好に築くことができたからです。伽耶王国も華の国に吸収されましたが、その方法は強引ではなかったと伝えられています。
「姫さま、あの噴水は伽耶王国の庭園にあったものですよ。素晴らしいです。和の国の噴水も見ていて飽きませんが、これは場を華やかにしてくれます。」
「そうね。」
ココナが興奮気味に言うのに対し、スミレはただ頷いただけでした。目を輝かせるココナに、同じように姫付きの女官であるフタバが落ち着くように言い聞かせていました。
宮殿に着いた途端、ココナは明るい声をあげます。
「これが華の国 !」
庭園は隅々まで手入れされ、色とりどりの花が咲き乱れています。そして、華の国で信じられているという神の使いの像がもつ壺から絶えず溢れ出す水。
「これも噴水なんですか ?!町にあったものとは比べ物にならないぐらい綺麗。」
普段はココナを注意するはずのフタバもこの時ばかりは、ココナと共に噴水を褒め称えていました。
「2人とも。ここは宮殿です。誰もみていないと思ったら大間違いですよ。華の国には姿を消せる者も大勢いますから。」
「はい。」
そんな2人を窘めるアイラ。彼女にとって庭園は何の意味もないもの。だから冷静に仕事をこなすことができるのです。
「お待たせしました。バラ園にてお待ちください。」
いつのまにか姿を表した華の文官にココナとフタバは驚きを核ません。その様子を見てアイラは思いました。
ーこの2人はあまりにも危機感がなさすぎる。姫さまに最も誠実に仕えてくれたから今回の供に選んだのだけれど失敗したかしら。
アイラは顔には出さずともげんなりしていました。
庭に通されたスミレ達は皇太子の陽煌と顔を合わせます。スミレ以外を除いた皆は目の前の青年の美しさに目を奪われていました。
「はじめまして。私は陽煌。皇太子だ。」
「私はスミレ イマガミと申します。和の国の王女です。」
ふわりと広がるスミレのドレスの裾。これを見たココナは口元に笑みを浮かべます。
ーーさすがアイラ様。布地や糸、レースとかの材料やデザイン、職人全て一流ね。なによりも姫さまに似合うよう、作られてる。だけどうちの店ならもっといいものを用意できたかもしれないのに。今度お父様に地方の染め物を試してもらおうかしら。和にも素敵な装飾はあるわ。今の世界の流行は折衷だけれど私は好きじゃないのよね。
フタバも表情は変えませんが、こう思います。
ーー姫さまの普段のドレスはどれも簡素。でも、この前のパーティーからは姫さまのドレスの質が明らかに変わった。和の国は華の国との繋がりを強化するのに必死みたい。お父様の予想通りね。
陽煌は23歳でスミレとは7歳差。王族間では10歳近く歳が離れている方が妃も大人しくて良いとされているため、和の国がこの婚姻に期待するのは当然と言えます。
「あなたと2人で話したい。側近には席を立っていただけませんか。」
「殿下、それは流石にいただけません。姫さまは私の大切な主人。姫様がどれだけ潔白であろうとも、他国から何と言われるか。」
ココナがスミレの前に立ち、陽煌から彼女を守ろうとしていました。
「安心して欲しい。其方らが危惧することは何もない、と陽家と華の国皇太子としての名にかけて誓おう。」
しかし、ココナは引きません。とうとう、フタバまでもがスミレの前に立ちました。
「華の国の言うこと全て真実になる。まさかそんなことを知らないわけがありませんよね。」
華の国は大国。華の国の力は洋や和を大きく凌ぎます。白い物であっても華の国が、一言「黒」といえばそれは黒い物。家名や国に誓ったとしても、
「誓っていない。」
とさえいえば他国は何もいえないのです。そのため、和の国の王が皇帝を説得し同盟を組んだことは初め
て華の国が動かされたことなのでした。
「2人とも、皇太子の前です。下がりなさい。」
「わかりました。」
2人はさっきまでとは打って変わりあっさりと下がりました。アイラがイヤリングを外し、言霊を使ったためです。
「殿下、失礼します。」
「あなたの名前は ?」
陽煌から背を向けて去っていこうとするアイラに向かって彼は問いました。
「アイラ コウと申します。」
「コウとは和では珍しい苗字ですね。」
陽煌がさらにアイラに問いかけます。しかし、アイラは冷たく返しました。
「また姫さまのお迎えに上がります。」




