サイドストーリー 陽蘭に母親は難しい
陽蘭は部屋にアオイを招き入れ、要件を話させます。
「母上。私には姉がいるそうです。しかし、何故姉は誰にも会わず、今日の今日まで噂話のひとつもなかったのでしょう。」
アオイは自分が王位継承権第一位として育てられ、スミレのことは何も知らされずに生きてきました。スミレの髪は銀色。和の国の王族と洋の国のものがもつはずの血筋からは受け継がれないその髪色と目は王妃の不貞の証と言われ、国のタブーとされてきました。しかし、スミレのお披露目パーティーで事態は急に変わります。華の国の皇帝に「月家の姫」と呼ばれた美しい姫君。興味を示すものは国内外に溢れかえりました。パーティー当日でさえ、誰もスミレに話しかけることはなかったのに。
「アオイ、まずは私の側妃としての目線から話しますね。貴方はまず、知らない兄弟が居たと言う事実だけで私の元に来るのではありません。貴方はこの国の王位継承権第一位として、普通の貴族と同じであってはいけないのです。将来国を背負うものとして、貴方は強く賢く勇敢でなければいけません。」
陽蘭は厳しい声でアオイを叱ります。貴族に隠し子の1人や2人はつきもの。和の国では男性貴族が愛人を囲うことはその家の力の現れであり、洋の国で浮気は暗黙の了解とされていたのです。華の国も例外ではありませんが側妃以外の非公式な愛人を囲うことはタブーとされ、権威ある人物であっても後ろ指を刺されることになります。そのため、華の国で隠し子の扱いは能力があれば養子という形を取り、凡庸であればその扱いは酷いものになります。幼い頃から世界一権威のある華の国の皇族として生きてきた陽蘭にとって、今のアオイはあまりにも幼すぎるように見えたのです。欲しいものの為なら手段は択ばない。悩む時間すら惜しい。そんな世界で陽蘭は生きてきました。
「次は母親として話しますね。アオイ、あなたが今悩んでいることはわかります。スミレさんは離れた場所で暮らしているし、あなたも何も知らされずに育てられてきたのですから。でも、あなたの戸惑いは何から来ていますか ?今頃歳の離れた姉がいる事実 ?それとも王位継承者第一位としての自分の地位が危うくなることかしら。」
一瞬戸惑いましたがアオイはうなずきます。
「スミレさんはとても優秀だと聞きます。勉学はできて当たり前。あなたも当然それをクリアしている。授業中に眠そうなのもアオイは本を読んで予習をして完璧に理解していると言うことも母は知っています。でもね、王になるには、国を背負うにはそれではいけないの。どれだけ優秀であっても会議中に居眠りする指導者を国民はどう思うかしら。優秀だけどお風呂に入らない大臣を貴方は信頼できる ?」
「しかし、母上、、、、!」
アオイは戸惑いながらも言葉を選んでいきます。母親として話しているはずの陽蘭の目は依然として厳しいまま。
「優秀であるものに身だしなみは関係ないのではありませんか。あの偉大な音楽家だって髪は無造作。ジャケットはぼろぼろだったそうではないですか。」
陽蘭はため息をつきます。
「新たな風潮を作るのは国民です。彼らがいるから私たちは恵まれた生活を送ることができています。あなたは能力さえ有れば、と言いましたね。でも、本当に能力のあるものは常に身だしなみを整え、一つ一つを丁寧にきちんとする筈です。」
アオイは悔しさで言葉が出ませんでした。
「アオイ、その偉大な音楽家は平民です。そして、あなたが新たな風潮を作りたいと言うのであれば、あなたは新たな王とならなければいけません。洋の国や華の国を遊学した王など何人もいます。小国に行きなさい。洋の国の貧民街に足を運びなさい。華の国の闇市場に一人で入り込みなさい。そうすれば、周りのことを説得できます。もちろん母も。」
最後に陽蘭はアオイに道を示しました。アオイは彼女に一礼します。
「私はもっと勉強します。これからも王位継承権第一位は私です。」
そう言って部屋から去って行きました。ドアがぱたりと閉まった瞬間に陽蘭はイスから崩れ落ちます。
「、、、、わかってる。アオイが華の国とは違う世界で生きたことぐらい。でも、どうしたらいいの。」




