ヴァレリアの髪
ヴァレリアの命を魔剣の力と共に助けたレクターは、ついにアナスタシアとヴァレリアが入れ替わっていた事を知る。
長い時間ヴァレリアが隠してきた事実と想いに、レクターは思わずヴァレリアを抱きしめるのだった。
ヴァレリア、髪が‥‥‥
ヴァレリアの長かった緋色の髪は短くなっていた。
「ザダクの毒の爪のせいか?」
ザダクの爪がヴァレリアの背中に刺さった瞬間、アップにせず長いままにしていた髪は、毒の爪のせいで溶けていた。体の治療はしたが、ヴァレリアの髪は元には戻らなかった。
「ヴァレリアの綺麗な髪をこんなにして、アイツもう少し苦しませて死なせるべきだったな‥‥‥」
俺はそう毒突き、ヴァレリアと一緒に馬に乗り街に向かった。
* * *
「ヴァレリア様!!」
街に着くとエリーが気付き、ヴァレリアの様子を見て血相を変えて飛んできた。
「な、な、な!」
「心配ない、眠っているだけだ。ここに戻る道中変な奴に襲われてな」
「お嬢様! なんとおいたわしい!」
あ、とエリーは何かに気付いたようだった。
「お嬢様、返り血は浴びてはいるけど無傷ですわ。王子が守ってくれたのですか?その変な奴から」
「うん、まぁな‥‥‥」
正確には魔剣の力を借りてだったが、あの時はなりふり構っていられなかった。ザダクの体の細胞一つ残すわけにはいかなかった。
「俺はどうしたんだろうな」
俺は誰に言うともなく独り言ちた。ヴァレリアの事となると、こんなにも心がかき乱されてしまう‥‥‥。普段滅多に頼らない魔剣レーヴァテインの力を頼るほどに。
「お嬢様、髪が」
エリーがヴァレリアのぼろぼろになった髪を見て青ざめている。
「‥‥‥ッ!!」
エリーは思わず涙ぐんでヴァレリアを抱きしめる。
「お嬢様、綺麗にしましょうね」
いつのまにかオシリスの家で寝泊まりするようになっていたエリーは、まるで我が家のように手慣れた様子でヴァレリアをお風呂場に連れて行った。
オシリスとセトはお店で寝泊まりしているらしい。
「あ、俺はセトのいるお店に行くよ」
エリーはお風呂場から顔だけを出して慌てて言った。
「王子は一階部分で待っていてください、ニーズヘッグを見ていてほしいのです」
「あ、はい」
そう言って渡されたニーズヘッグは俺の手のひらで眠っている。
「そういえばお前とヴァレリアは繋がっているんだよな」
そう思うと、たとえ悪魔でもニーズヘッグが愛しくなってくる。そういえば俺の中にいるレーヴァテインにもヴァレリアは面白いことを言っていたな。
(「魔剣とは仲良くなれないのですか? 私とニーズヘッグみたいに。だって魔剣は生きているのでしょう?」)
ヴァレリアの言葉を思い出して思わずふふっと笑ってしまう。魔剣と仲良くか‥‥‥。俺と魔剣は主従関係にある。俺は魔剣の力を操る主。そんな関係において、『仲良く』など考えもしなかった。
元々はヴァレリアとニーズヘッグもそんな関係だったはずなのにな。
「お嬢様、髪以外はお綺麗ですわね。ああ、お召し物も変えなくては‥‥‥気持ち悪いですわねこの緑の血?」
うえ〜ッ! という様子でエリーはヴァレリアの装備に付着した緑の血を流す。
「お嬢様、後で私が髪を整えて差し上げますわ。修道院や床屋は信用できませんもの。不要な治療をされても困りますわ、心配は入りませんよお嬢様。私は器用なんです」
眠っているヴァレリアにエリーは話しかけ続ける。
「お嬢様そういえば、セトと私‥‥‥」
そこまで言って、エリーは堪らず泣き喚いた!
「お、お嬢様! ご無事でよかった! う、うわぁぁぁん!」
その嗚咽は、階下にいる王子にも聞こえていた。王子は思わず顔を覆った。
(心配だったよな、エリーも。たとえ無傷で帰ってきたとしても、正確には無傷じゃないのだ)
ヴァレリアは綺麗な髪の毛を失ったのだから。
ハァ〜と俺はため息を吐いた。
『レイシガルドル!!』
聞いた事のない呪文で、俺を庇ったヴァレリア。たしかにザダクの攻撃は速かったけども、俺が避けられないほどではなかった。
だが、ヴァレリアの方がずっと速かった!
(「レ、、レクター‥‥‥。無事でよかったです‥‥‥私の、愛。レクター‥‥‥」)
ガンッ!!
俺は座っていた椅子から立ち上がり、壁に自分の頭を打ち付けた。
何をやってたんだ! 俺は! あの時の俺は、どんな攻撃が来ようと、避けられるという思い上がりがあったんじゃないのか? でも結局はヴァレリアの方が速かった!
守れなかった‥‥‥
散々ヴァレリアを守るって言ってきたのに! なんだよこの体たらくは。おまけに髪まで失わせて‥‥‥
* * *
「‥‥‥エリー?」
「お、お嬢様! お目が覚めたんですか!? 大丈夫ですか? どこか痛むところはありませんか!?」
「ふふっ、大丈夫よエリー。レクターが守ってくれたわ」
お風呂の中でヴァレリアは髪を触り、ん?という表情を浮かべた。
「あら??髪が‥‥‥」
「‥‥‥お嬢様」
エリーが残念そうな顔をヴァレリアに向ける。
「やったーーーー!!!! 何故か知らないけど髪の毛が無くなってますわ!! これで毎朝のセットの時間が楽になるわ!」
えっ?
ポカンとしているエリーを全く意に介さず、ヴァレリアはエリーに頼む。
「エリー、早速この髪を揃えてちょうだい! お風呂にいるからこのまま流せばいいし!」
「えっ? えっと、あの。お嬢様、ショックではないのですか?」
「全然ショックじゃないですわ! むしろ首周りがスッキリしていい感じです」
そのヴァレリアの歓喜の声はレクターにも届いていた。
「ヴァレリア。そうか、そういえば、お前はそういう女だったな‥‥‥」
ヴァレリアには敵わない。どんなことでも、プラスに変えてしまう。
「ヴァレリアには、一生敵わないだろうな」
ヴァレリアのあの言葉に、声に、何度となく俺は救われたんだ。惹かれたんだ。
『ハハハ! 今頃気付いたのか!? だから俺様はヴァレリアの体が居心地が良いんだ!』
ヴァレリアと同じタイミングで目を覚ましたニーズヘッグが俺の後ろでパタパタと飛んでいた。
ニーズヘッグの声に俺は振り向いた。ニーズヘッグも、もう完全に元気を取り戻したようだ。
「ああ、そうだな! お前の主は最高だな」
そうだ、俺はヴァレリアの心に惹かれたのだ。何にも囚われない、自由な心に‥‥‥
オシリスとセト追い出されててワロタ。
※中世は美容院は基本的になかったのです。
代わりに修道院や病院で髪を切るサービスはあったようですけど、その頃は瀉血という血を抜く医療が流行っていたので、エリーはそれを危惧していたのですね!
(急に歴史の話)
ここまでお読みくださってありがとうございます。
この話が良いと思ったら広告の下にある☆に点を付けて行ってくださいね。良くないと思ったら☆にZEROを付けて行ってくださいね!
ご拝読ありがとうございました。また読んでください。