シリウスの純恋
前回、ヴァレリア様はエリーの目論みを他所にレクターに自分の想いを伝えず仕舞いで終わった。
気を取り直して、セト達が待つ街に戻る。
ヴァレリア達は身支度を整えて、エリーのいる場所に降りて行った。
「ニーズの様子はどうだ?」
「よく寝てますわ、ありがとうレクター」
そう言った私の頭をレクターがそっと撫でてきた。
むっ?
ぺっとその手を振り払う。
「ちょっとレクター! 私はまだ貴方に心を許したわけではないのですよ!」
「え? さっきまで俺に抱きついてきたり、頬にキ、プベッ!」
私は羽織っていたマントをレクターにぶつけた。
「さっきはさっきですわ!」
「うーむ、ヴァレリアの心が本当にわからないなぁ。先程はあんなに甘えてきたのに」
ブツクサ言いながらもレクターは私にマントをかけ直してきた。
「今日は風が結構冷たいからな」
「う、うん‥‥‥ありがとう‥‥‥」
エリーは馬と一緒に待っていた。
「エリー! お待たせ」
「お嬢様」
エリーは私と、レクターを交互に見たあと少し肩を落とした。
「エリー?」
「なんでもありませんわ。馬の準備はできてます」
「ありがとうエリー」
「さあ、行こう。セト達が待ってる」
颯爽と馬に乗って走らせようとする王子を止めてエリーは聞いた。
「あの、王子? 一応シリウス様に挨拶しなくてもよろしいので?」
「ああ、シリウスね。あいつは当分俺に逆らう事は許されないから大丈夫だ。問題ない、これから当分の間国の厄介ごとはあいつに背負ってもらう」
王子はシリウスがヴァレリアを誘った事を根に持っていた。
「??まぁそれでいいなら私達は何も言いませんが」
エリーがチラッとヴァレリアを見る。
「ん? エリーどうしたの?」
「いえ、何でも」
一国の王子と、その元婚約者だったヴァレリア様。二人とも、もう城には戻る気は無さそうだ。
「それはそれで問題な気がするけど、あーもう! ごちゃごちゃ考えるのはやめですわやめやめ!」
「? エリー大丈夫ですよ。いざとなれば悪魔化出来る私と、無敵の王子がいるのですから」
ズレた事を言うヴァレリアに思わずエリーは馬の上でずっこけた。
「私は魔物との戦いの心配をしてるんじゃないんですよ! もう!」
「あ、そうなの? ごめんなさい」
「ハハッ、相変わらずだなヴァレリアは。行こう! セト達が待ってる」
ヴァレリア一行は、セトとユーリが待っているであろう宿舎に馬を走らせた。
一方その様子をテラスからずっと見ていたシリウスは、完全にヴァレリアに心を奪われていた。もう王子の事などどうでもよくなっていた。
「ヴァレリア様ァァァァ〜!! ぐずぐずエグエグ」
「シリウス?」
そこへ、ハンニバルが現れた。
「あ、おはようございますハンニバル様、またアナスタシア様の所に?」
シリウスはメガネをクイとあげてさっきまで泣いていたのを誤魔化した。
「おはよう、うん。その通りだよ‥‥‥今日はおかゆを全部食べてくれた。これで少しでも良くなるといいんだけど」
「そういえば最近、婚約者主催の舞踏会や晩餐会にもアナスタシア様はお出になりませんね」
「アナスタシアは病弱だからね‥‥‥出席したくてもできないのだろう」
「ハンニバル様はお珍しいですね」
病弱で伏せがちな女性など、いくら貴族といえども。例え一時期婚約者最有力と噂されていた女性だったとしても、まず結婚相手には選ばない。下衆な言い方をしてしまうが、病弱な女性は子供を産むのに適さない。
それに催し事に参加しないのはお嬢様方の噂の格好の餌食だ。ハンニバル様はアナスタシア様が陰で何と噂されているのかご存知なのだろうか?
ハンニバルはシリウスのなんとも言えない表情を見て吹き出した。
「ははは、シリウス! なんて顔をしてるんだ! 俺は大丈夫だよ、ただ純粋にアナスタシアが好きなだけ。アナの笑顔が見れればそれでいいんだよ」
それに、アナスタシアは似てるんだ。昔の俺と‥‥‥俺も幼い頃は病弱で良く熱を出しては、母上に迷惑をかけていたから。
「純粋に好きなだけ‥‥‥」
そう呟いたシリウスの脳裏に、ヴァレリアの昨夜の姿が蘇る。
「ああああ〜!! 私もまた恋に溺れてしまった哀れな子羊だったようだァァ!!」
シリウスはハンニバルの目の前で頭を抱えて蹲ってしまった。
何も知らないハンニバルは頭にハテナマークを浮かべていた。
ごめんなさい少し短かったですね。
シリウスがジタバタしてるのが描けてよかったです。
ここまでお読みくださってありがとうございます!