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ヴァレリアとアナスタシア  作者: 杉野仁美
第一章 ヴァレリアとアナスタシア
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好きだなんて言えない

58話「無防備なヴァレリア様!」の続きです。

舞台が飛び飛びになって申し訳ございません。


エリーはレクターとヴァレリア(アナスタシア)様をくっ付けようと画策していたが‥‥‥

「うーむ‥‥‥」


 王子はテーブルに腰掛けて頭を抱えた。


「どうすればいいのだ? この危機感ゼロの鈍感な可愛いヴァレリアに俺の気持ちは伝えたはずなんだが‥‥‥」


(まぁ、エリーがせっかく朝食を持って来たのだ。ありがたく頂こう)


「レクター、心の声と逆になってますわよ」


「あ、失礼‥‥‥」


 レクターは謝りかけて、黙った。


「? レクター?」


「この際だから聞こう、ヴァレリアは俺の事をどう思っているのだ?」


「えっ」


 唐突に聞かれてヴァレリアは狼狽(うろた)える。


 そ、それは‥‥‥


 しばらく狼狽(ろうばい)していたヴァレリアだったが、やがて決意したように口を開いた。


「レクター、私本当は‥‥‥貴方が思っているような女じゃないかもしれない」


 え?


「私は、本当は。病弱だった‥‥‥んです」


 いえ、体が入れ替わっただけで、本質は何も変わっていない。健康な体がたまたま手に入ったから。婚約破棄もして、自由な身になって。ずっと憧れていた外界に出てこれて、自由に冒険できているだけ‥‥‥


 元の体に戻った時の事を考えると、ゾッとする。


 私は病弱ゆえに傷付いてきた日々を思い出していた。私が心を許せる友達はおらず、女中には陰口を叩かれる。


『行かないで!』と本当は言いたかった。


 悲痛な叫びに返されたのは嘲笑と陰口だけ。私に差し出される手なんてどこにも無くて。


 そして私はいつのまにか諦めた

 人に期待することもやめた

 信じられるのは自分だけ

 本当は寂しくて

 人を信じたくて

 寂しくてたまらなかった。


 そんな日々にはもう戻りたくない!


「本当の私を知ったら、きっとレクターは私に失望するわ」


「何を言っているのだ?」


 私の体はカタカタと小刻みに震えていた。


「ヴァレリア?」


 今の私はヴァレリア様であってヴァレリア様ではない。

ただの虚弱なアナスタシア。お城にいるヴァレリア様はきっと毎日お薬は飲んでいないはず。


 私の命を繋いでいるのに‥‥‥


 いつかこの体が元に戻ったら、きっと(アナスタシア)は、耐えきれずそのまま‥‥‥


 私はレクターを見た。


 この人と生きていきたい。最初は婚約破棄されたのにどうして?と困惑していて、レクターを好きかどうかわからなかったけれど。今はレクターの笑顔をずっと側で見ていたい。でもきっとそれは叶わない夢‥‥‥


(私は、きっと最初から)


 誰かを好きになってはいけなかったのですわ。


「なんて顔してるんだ?」


 そんな、今にも消えてしまいそうな儚い顔を。


 ヴァレリアが消えてしまいそうで、俺は思わずヴァレリアを抱きしめた。


「‥‥‥。レクター‥‥‥」


 私は昨日のダンスの後に抱きしめられた感覚を思い出していた。嫌じゃない。むしろ心地良い‥‥‥あの感覚、忘れたくない!


 ああ、レクター! 入れ替わった事を言えたらどんなにいいだろう‥‥‥! でもそれを告げたら、きっとレクターは、離れて行ってしまう。


 それがすごく怖い。


「レクター‥‥‥私、貴方の事、忘れたくないわ! 貴方の金色に輝く不思議な瞳の事も、ずっと覚えていたい!」


 レクターの目を見つめながら言う。今のレクターの瞳はまるで()いだ海のように静かな青。


「何故そのような事を急に‥‥‥そんなもの、いくらでも見て、覚えれば良いじゃないか!」


そう言うと悲しそうに首を横に振るヴァレリア。まるで、俺を置いて、どこか遠くに行ってしまうような言い方をして。


 ガタンッ!


「俺を置いていくな、ヴァレリア!」


 何故かヴァレリアが今にも消えてしまいそうで、俺は必死に抱きしめた! ヴァレリア、この温もり。体温。鼓動!確かに感じるのに、それでも消えてしまいそうで。


 (レクター‥‥‥暖かい)


 私はレクターを抱きしめ返す。


 レクター、忘れたくないよ!

 私も貴方の側に居たいよ!

 もっともっと、生きていたいよ‥‥‥!!


 ポタポタ、と大粒の涙が。いつのまにか私は泣いていた。


「ヴァレリア、どんな事情があるのか知らないが、俺を置いていくな‥‥‥そんな儚い顔をするな‥‥‥」


 レクターはそう言いながら私の涙を拭った。


「私は、レクター‥‥‥貴方と会えて幸せです。これが今の、私の気持ちです」


 私は涙を拭うレクターの手に頬擦りをする。


「うん‥‥‥」


「レクター、本当の私を知っても、私を嫌いにならないでいてくれますか?」


「当たり前だ」


「‥‥‥ッ!!」


 ふっ、ふぇ、ぇぇ‥‥‥ん!


 私はレクターの腕の中で声を上げて泣いた。


 それが例え嘘でもいい、嬉しい。


『う〜ん、お前、お前』


 その時ニーズヘッグが唸りながら起きた。レクターの呪文で眠らされていたのだ。ニーズヘッグは私の方を指差してこう言った。


『お前は、俺様が死んだら、お前も、死ぬんだ。俺様はまだ死にたくない! 生きろ、ぐう〜』


 ニーズヘッグはそう言うと、再び眠りに落ちた。ニーズヘッグの言葉を聞いて、思いついたようにレクターが口を開いた。


「‥‥‥そういうことか」


 レクター?


「ヴァレリア、安心しろ。俺はお前の言う通り無敵だからな」


 そう言ってレクターはニーズヘッグの頭に手を(かざ)す。


『我は天に昇りて全能の神の力より生ける者と死せる者とを裁かんために来り給う、聖霊肉身のよみがえり。終わりなき命を授けよう』


 ビクビクッ! とニーズヘッグの体が一瞬大きく震えたかと思うと、途端に静かになった。


 ん、なんだか、心なしか私の体が軽くなった気がする?


「どうやらヴァレリアに魔力をだいぶ吸われて、ニーズヘッグが弱っていたようだ。もう大丈夫だよ。ニーズヘッグも、ヴァレリアも。どうやらヴァレリアの力が強すぎたようだな。加減が難しいな、ハハッ」


 レクター、目が‥‥‥金色に変わっている。


「レクター、本当に貴方は何者なの?」


 レクターは口を開き掛けたが、()めた。


「‥‥‥今はまだ、言えない。すまん。」


「‥‥‥」


 そうね、私もレクターほどではないけど。いえ、ひょっとしたらレクターより大きな秘密を抱えているかもしれない。


「いつか時が来たら話すよ」


 そう言ってレクターは、私の頬にキスをした。その途端、また溢れる涙。


「また涙が‥‥‥」


 大丈夫、大丈夫と言ってまた頬にキスをしてくれるレクターの声が優しくて、嬉しくて‥‥‥


 私は、レクターがいれば、まだ生きていけるかもしれない。


 信じても、いいのかな。私は、この人を、好きになっても、いいのかしら。好きになっても‥‥‥


「レクター」


 そう言って微笑み、俺の手に頬擦るヴァレリア‥‥‥その顔にはもう先程のような儚さはなかった。


『レクター、本当の私を知っても、私を嫌いにならないでいてくれますか?』


 ヴァレリア、何も心配する事はないよ。俺はお前の言う通り、無限に無敵だからな。


 何より、俺はお前の心に惹かれたのだから。何にも囚われない、その自由な心に。


『私は、レクター‥‥‥貴方と会えて幸せです。これが今の、私の気持ちです』


 今はそれでいい

 それだけでいい、

 いつまでも待とう

 お前の心が解けるまで‥‥‥



* * *


「何かわからないけどまた失敗したような気がしますわ!」


 その頃馬に(くら)をつけていたエリーは悔しそうに独り(ひとりご)ちた!



今回しんみり回でしたね。


ここまでお読みくださってありがとうございます。

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