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ヴァレリアとアナスタシア  作者: 杉野仁美
第一章 ヴァレリアとアナスタシア
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もう夢は見ない

王子がマクシミリアン公の手紙を受け取る少し前、ヴァレリア(アナスタシア)様はすっかり塞ぎ込んでしまっていた。


 王子がマクシミリアン公の手紙を受け取る少し前。


 ヴァレリア(アナスタシア)はすっかり塞ぎ込んでいた。


 アナスタシア 寝てみても

 楽しいあの日は帰りはしない


 燃えるようなその頬も

 今にごらんよ色あせる

 その時きっと思いあたる

 笑ったりしないで

 ヴァレリア

 私の話をお聞きなさい


 ヴァレリア(アナスタシア)は、バルカ王国の童謡を、歌詞を少し変えて口ずさんでいた。


 女中達はアナスタシアがついにおかしくなったのだと噂していた。


 それもそのはず‥‥‥


 アナスタシアはすっかり部屋を出なくなってしまった。以前まではレクター王子やお嬢様方に無理してでも会っていたのに、今やそれも、王子が頻繁に外出する様になってからなくなってしまった。


 女中達は基本的に自分の(あるじ)の言うことしか聞けないので、主であるアナスタシアが引きこもってしまっていては、主について出歩く事も出来ない。余程忠義心のない限り、文句の一つ二つ、出ても仕方がないのだ。


 おまけにアナスタシアは前までは裁縫や刺繍の買い出しに女中を伴い、裁縫も女中と一緒に手伝ってもらっていたのに最近ではそういう事もなく。ただの悲劇のヒロインに成り下がってしまった。


 泣いてばかりのアナスタシア。


 その声は針に糸を通すかのようにか細く、カナリアのように綺麗に響く。その美しい響きが、アナスタシアの惨めな生活を余計に切なくさせる。


 でもそんな暇な女中達にも、一つだけ楽しみな事があった。


 ハンニバル=アブスブール・バアル・ド・バルカ第二王子


 レクター王子の弟君の来訪がかなり増えたのだ。どういう訳かハンニバルは、暇を見つけてはアナスタシアの部屋に足を運んでくれるのだ。


「あ、今日もハンニバル様の来訪よ!」


 女中達は(うやうや)しく礼をする。ハンニバルは女中にも優しく、アナスタシアの女中達はレクター王子よりもハンニバルの好感度の方が高かった。


「今日もアナスタシアは寝ているのか?」


「いえ、今は起きていますよ、歌を歌われています」


 女中の言葉に、ハンニバルはアナスタシアの部屋の方へ耳を澄ませる。


 燃えるようなその頬も

 今にごらんよ色あせる

 その時きっと思いあたる

 笑ったりしないで私の事を


『とはいえアナスタシア、寝ているとお前と一緒に若返る』


 えっ、とアナスタシアが顔を上げる。


 いつのまにかハンニバルが部屋の中に来ていた。


「すまない、呼んでも返事がなかったものだから‥‥‥勝手に入ってきてしまった」


「今の童謡‥‥‥」


アナスタシアはハンニバルが童謡を知っている事に驚き、声をあげた。


「ああ、勉強したんだ。綺麗で、切ない歌だよね」


 その時アナスタシアが無理に体を起こそうとした。


「あ、無理しなくていいよ。楽な体制でいて。俺は君には、無理してほしくないんだ」


「‥‥‥ハンニバル様。私は今まで泣いていて、酷い顔をしているわ。見ない方が宜しいかと」


「それは病気のせいだろう? 大丈夫、俺は気にしないから、それに‥‥‥」


「それに‥‥‥?」


「今の君の声、とても美しかった」


「‥‥‥ッ!?」


「君は朝から何も食べていないんだろう? 女中から聞いたよ。それじゃあ治るものも治らないよ」


 そう言ってハンニバルが出してきたのはリンゴだった。


「レクター‥‥‥兄さんは何でもできるけど、俺も君のために努力したんだ」


 そう言いながらハンニバルはリンゴをすりおろした。


「ハンニバル様。私の、ために‥‥‥?」


「うん、一口でいいから。食べてみてくれないかな?」


「私の顔を見ても、驚きません、か?」


「‥‥‥俺は自分の好きな人がどんな顔をしていても驚かないよ」


「‥‥‥ッ!!」


(ハンニバル様‥‥‥!)


 アナスタシアはおずおずと御簾(みす)を上げた。


 そこにはレクターでもなく、かつての自分(ヴァレリア)でもなく。ただ優しく微笑むハンニバルがいた。


 あ‥‥‥この安心感はなんなの?


「うん? そのままでいいから、食べられる?」


 ハンニバルはアナスタシアが楽な姿勢になれるようにして座らせた。


「ん‥‥‥それなら食べられそう、ですわ」


「そう、よかった!」


 ハンニバルは子供のように嬉しそうに笑った。


「少しずつ、少しずつだよ、いきなりは体に悪いから‥‥‥」


 ハンニバルはアナスタシアの口に、ほんの少しの汁をスプーンで掬って与えた。


「ぁ、ほんのり甘い」


「そうか、もう一口食べられそう?」


「うん‥‥‥」


 少しずつ、固形の部分は避けて、まるで病気の子供に与えるように。


「ふっ、ふぇ‥‥‥」


 その時アナスタシアが突然泣き出した! ハンニバルは慌てる。


「ど、どうしたの!? 喉に詰まらせた??」


「ち、違うの‥‥‥優しくされたのが、嬉しくて‥‥‥」


 いつも周りを遠ざけて、わざと孤独を選んだ私。まだアナスタシアと入れ替わる前のあの頃、私は荒んでいた。

誰も信用できず、誰にも心を開けず。アイシャを失ったあの日から‥‥‥


 私の心は氷のようだった。


 でも何故? ハンニバル様は、そんな私に優しくしてくれるの? ハンニバル様は、私を好きだと言ってくれるの?


「何故、ハンニバル様は私に優しくしてくださるの?」


 こんな、美貌を失って光も感じられない。アナスタシアと入れ替わっても、意味のなかった無様な私を。


「それは、さっきも言ったように君が好きだからだよ。誰かを好きになるのに、理由はいらないよ」


 !!


「‥‥‥ふ、ふぇぇ、ぇぇ‥‥‥ん」


「よしよし、こんなに冷えて、辛かったね」


 私はいつのまにかハンニバル様に抱きついていた。抱きついて、震えて、泣いていた。


 ハンニバル様は嫌な顔ひとつせずに私を抱きしめてくれた。


 暖かいな‥‥‥何年ぶりかしら。


 アイシャ‥‥‥


「アイシャ、行かないで」


 それを聞いたハンニバルは少し驚いた。


「どこにも行かないよ、アナスタシア。アナスタシアがどんな時でも、俺が側にいるよ」


「うん、ハンニバル様‥‥‥」


 その日アナスタシアは久しぶりにぐっすりと眠れた。


 もう悪夢は見なかった。



( ;∀;)

ハンニバル様‥‥‥


次回はまた入れ替わったヴァレリア(アナスタシア)様に戻ります。

そろそろどっちがどっちかわからなくなってきた方(主に私)の為にまたキャラクター紹介します。


ここまでお読みくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ヴァレリア(アナスタシア) と、あったのですが、これはルビにしたかったのかな? だとすれば |ヴァレリア《アナスタシア》 とすれば、カタカナにもルビがふれます。 (英語なんかに…
[一言] ここまで読ませて頂きました。あまり読まないジャンルなのですが、とても読みやすかったです。更新楽しみにしております
2022/05/17 22:48 退会済み
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