この胸の高鳴りは一体?
前回、レクターからマクシミリアン公主催の晩餐会に出てくれと言われたアナスタシア(ヴァレリア)様。
今まで色々助けてくれたお礼に、仕方なく引き受ける。
私はお城に一旦戻る事をエリーに伝えに行った。
「レ、王子の身内の晩餐会だから、エリーは付いて来なくていいわよ。王子はそう言ってたわ」
「ええっ? でも久しぶりの晩餐会ですのに‥‥‥お手伝いしたいですわ」
「うーん、じゃあ私とエリーだけでお城に戻りましょうか。まぁでも私はもう婚約破棄された身だし、レ、王子がどうしてもって言うから、王子の友人として出席するわ」
セトとユーリに一旦離れる事を伝え、私とエリーとレクターの三人は一旦お城に戻った。
「お嬢様のお部屋とドレス、まだ残ってるといいんですけど」
「それは心配ないよ。ヴァレリアが出て行ってからずっとあの部屋は誰も使っていない、たまに女中が掃除しに行くくらいで」
「ふーん、処分してもよかったのに」
「お嬢様! お嬢様の瞳と体に合わせて作られた貴重なお召し物ですよ! 処分なんてもっての外です!」
「ふぁーい、それはわかってますぅ」
ヴァレリアは明らかに気乗りしない様子で答える。そういえば、ヴァレリアのドレス姿など俺はじっくり見たことがないな。なんせ俺はヴァレリアの城での傲慢な振る舞いがあまり好きではなかったからな‥‥‥そもそもあの頃の俺は、婚約者など、どうでもいいと思っていたし。それなりの地位と見栄えが良ければ。
しかし‥‥‥
今は何と表現したら良いのだろうか、ヴァレリアの喜怒哀楽に合わせてコロコロ良く変わる表情。俺に対しても物怖じしない態度。俺の色の変わる瞳を見ても目を逸らす事もなく。
その全てが俺の興味を唆る。
* * *
「うぐっ!」
久しぶりのコルセットはキツかった。
「頑張ってくださいヴァレリア様! ヴァレリア様の美しさをお披露目できるのは、今夜が最後かもしれないのですから」
最後か‥‥‥
「そう言われればそうですわね! 今夜は晩餐会ですから、お城の豪華な食べ物を、食べたり飲んだり頑張りますわよ!」
「頑張るところが違うような‥‥‥ま、まあ良いでしょう」
私はエリーに寝ているニーズヘッグを預け、マクシミリアン公のお城に向かう。疲れていたのか、ニーズヘッグは深い眠りについていて起きなかった。
「エリー?」
ふとエリーを見ると、私にうっとりとした視線を向けている。
「エリーどうしたの? 私何か変ですか?」
「いえ、お嬢様があまりに美しいので感動していたのです。お手伝いをした甲斐がありましたわ」
「何変な事を言ってるの」
私はエリーの言葉に呆れながら迎えの馬車に乗り込んだ。
王子は先にマクシミリアン公の城にシリウスと挨拶に行っていた。
「レクター! 会いたかったぞー!!」
「お久しぶりです、叔父様」
二人はシリウスに見守られながら硬く握手を交わした。
「はははは、まあ堅苦しい挨拶はこれくらいにして、競馬の話でもしようじゃないか!」
「今回は投資ではないのですか?」
「ははは! ここのところ外れ続けていてな! 気分転換だよ!」
その時会場から響めきが起こった!
何事かと王子とマクシミリアン公が振り向く。
「えっ‥‥‥」
王子は思わず目を瞠った。そこには‥‥‥
「ほぉ、これはこれは」
「あんな女、このお城に居ました?」
「なんて美しい女性なのかしら」
人々の喝采と、視線と、ため息を独り占めにしながら現れた女性がいた。
スッと伸びた背中、美しいデコルテライン。みずみずしい肌と薄紫色の嫌味のないドレス。緋色の髪を上できちんとまとめ、意思の強さを感じさせる紫の眼差しは、まるで夢を見ているかのようにキラキラと輝いている。
ヴァレリア・ド・ポンパドゥール。
本名ヴァレリア・ジャンヌ・ド・オートリッシュ。
その変わりように、誰もが気付かない。シリウスも、あんな女性いましたっけ? と気付かない。
レクター王子以外は‥‥‥
「ほう、あんな美しい女性がこの城にいたとは。誰かの紹介かな? レクター?」
「‥‥‥」
レクター王子は、マクシミリアン公の言葉を無視してヴァレリアの方へ足速に向かう。
そして晩餐会や周りの視線など、全く意にも介さずヴァレリアが食事にありつこうとした手を引いた。
「あら、レクター‥‥‥王子」
「ヴァレリア、俺と一曲踊ってくれませんか?」
周りの喧騒が一層大きくなる。
「なっ、ヴァレリアって! あの!?」
「今王子はヴァレリアって仰ったわよね! 確かヴァレリア様は禁足だったはずなのにどうして?」
「ヴァレリア様って、あんなに美しかったですっけ?」
嫉妬と羨望の目を一気に向けられ、ヴァレリアは慌てた。
(ちょっと、レクター! ダンスなんて嫌ですわ! 目立つじゃないですか! それに貴方はついてくるだけでいいって‥‥‥)
ヴァレリアが小声で王子に耳打ちしたが、メヌエットが流れ始める。マクシミリアン公のはからいだ。
(あばばばば)
エリーの方を見ると、いつのまにそこに居たのか。カーテンの隙間からガッツポーズをしていた。
(ちょっとエリー! 何をしているのよ! 怒)
そうこうしているうちにあっという間に人々が避け、広場に二人のためのダンスホールが作られた。
(ひぇぇぇ、もうここまで来たらダンスしなきゃいけないじゃない! 全然踊ってないから覚えてないですわ)
(大丈夫、俺がリードするから)
(レクター! ついてくるだけでいいと言ったのに! あとで覚えておきなさいよ!)
「わぁ!」
レクターがメヌエットの合間に私を持ち上げてきたと思ったら私を抱きしめるような形になった。腰をしっかりと持たれて、言葉通り王子は私をリードしてくれている‥‥‥
(あら? 何故か身体が自然に動く?)
私は婚約者披露宴で、ヴァレリア様が踊っていたのを思い出した。
今までメヌエットに限らず、ダンス全般は不得手だったのに、ヴァレリア様のように可憐に踊れますわ!
私はその事に感動して、調子に乗ってくるくると踊った。
王子の顔も、体もやたらと近い。思えばお城でも、こんなに近くでレクターを見たことがない。見慣れてしまった軽装備も、今日は礼装に着替えている。王子の栗色の髪に合わせただろう少し赤みのかかった礼服は、いつものレクターと違う雰囲気で‥‥‥
(いや本来ならこっちが本当の姿なんだけど)
なんか、ドキドキする‥‥‥? その時王子と目が合った。
時々金色に光る瞳は、今は吸い込まれそうな青い瞳だ。海よりも深い、どこまでも広い。
ドキドキ‥‥‥また胸が高鳴ってきた!
いつのまにか私は王子の腕に身を任せていた。ダンスにも慣れてきた。音楽が心地よい。
(ヴァレリア、怒ったのか?)
私が無言になったのでレクターはそんな事を聞いてきた。
「‥‥‥」
レクターの囁きには答えず、私はレクターの胸に顔を埋めた。
王子の瞳を見ていると、落ち着かない。何故か心臓がドキドキするんだもの。
メヌエットも終盤に差し掛かる。二人は踊りながら見つめ合っていた。側から見たらもう恋人同士のような二人。
いつのまにか二人を見ていた人々は沈黙し、ただただ美しい二人のダンスに見入っていた。
ダンスも終わり、二人を見ていた人々の拍手喝采が起きる。それに向けて二人はお辞儀をする。
(こ、これでいいですか? もう私はお腹が空いて死にそうですわ)
「ブハッ!!」
王子が耐えきれず吹き出した! それを見た人々はどうしたのかと一斉に王子に視線を向ける。
「いや、失敬。素晴らしいひと時をありがとう。ヴァレリア」
そう言ってヴァレリアの手の甲にキスする動作をする。
ゾワゾワゾワ〜!
(レクター! やめてくださいよ! なんか体が痒くなりますわ)
(仕方ないだろう、作法なのだから。それにお前も手を差し出しただろう)
(うっ、それはつい‥‥‥)
こそこそと話す二人。
と、そこへ噂話に飢えているお嬢様方や奥方様達に、たちまちヴァレリアは取り囲まれてしまった。
「ヴァレリア様? て本当? すごく変わりましたわ、前までは何となく話しかけ辛かったけど」
「本当にお美しいわ‥‥‥どこの絵画から飛び出してきたのかと思いましたわ」
ヴァレリアは引き攣りながら答えた。
「ほほほ、まぁ、お上手です事! でも気のせいですわよ気のせい。きっと久しぶりにお会いしたからですわね」
(ここの人達は何も変わっていないのね、噂話が好きで、少しでも自分の立場を強くしようと必死で。自分よりも立場が優位な人に媚びを売って‥‥‥)
それにしてもお腹が空いたわ。
その時再び人々が空間を開けたところへ、王子が入ってくる。
「ヴァレリア、こっちへ」
中途半端で切ってしまってすみません。
ダンスって意外とハードなんですよね。
最後に王子が「手を差し出しただろう」というのは主導権は女性にあると言うことを暗喩しています。他にもダンスのルールは色々あるんですがここではハントクスのルールを使用させていただきました。(振りだけで本当にキスはしない)
今まで馬鹿にされていた女性が綺麗になって登場という、恋愛ものの王道?が書けてよかった。
ここまでお読みくださってありがとうございます。
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ご拝読ありがとうございました。また読んでくださいね。