レクターは王位を捨てたい
おんぼろ荘の補強を一日で仕上げたレクターは、翌日早速セトたちの元へおもむくのだった。
おんぼろ荘の補強を時々ウードガルザの力を借りながらなんとか一日で仕上げたレクターは、翌朝セトたちの元へ赴くための準備をしていた。
おんぼろ荘のリビングに入ると、エリーが用意してくれたのか、焼き立てのパンとフルーツ、あつあつのスープが用意されていた。
ほんとに完璧な女中だなエリーは‥‥‥。女中にしておくのはもったいない。いずれは爵位を持たせてやろう。
だがこの見事な朝食の風景に、足りない物がひとつ。いや、一人いる。どのような豪華な食事も装飾も花もその人を前にしては霞んでしまう存在。そう、ヴァレリアだ。
「ヴァーリャ、ひと目で良いから会いたいな」
人間とは不思議な生き物だ。禁止されればされるほど、その行為をしたくなる。その期間がどんなに短くとも。ヴァーリャに会いたい‥‥‥。この気持ちは止められない!
【ひと目だけでも顔を見ていきたい】
俺はその想いだけで階段を登り、まだ眠っているであろうヴァレリアの寝室を訪れた。ドアをそっと開ける。目に入ってきた光景はヴァレリアの寝顔とその胸元で眠るニーズヘッグだった。
ニーズヘッグのヤツうらやま‥‥‥。じゃない、ヴァレリアの寝顔を見ると、昨日よりも顔色が若干悪くなっていた。
(ヴァーリャ、本当に大丈夫なのか? エリーに任せて平気なのか?)
「おはようございます王子。お食事ができていますわよ。冷めないうちにどうぞお召し上がりくださいませ」
と背後からエリーの声がした。エリーは昨日ギシェットの仕立て屋で俺が買ってきた布を抱えていた。
「やあ、エリーおはよう。朝食をありがとうな」
エリーは訝しげに俺とドアとの視線を行ったり来たりさせている。
「はは、すまない。どうしてもヴァレリアの顔を見て行きたかったんだ」
俺は首の後ろをかきながら話す。エリーは微笑んで、仕方ないというように眉尻を下げて口を開く。
「ええ。そのくらいは大丈夫ですわ。お二人は喧嘩したり愛を語り合ったりお互いに会いたがったりお忙しいですわね」
でも‥‥‥
「安心してくださいませ。お嬢様は病気ではありませんよ。今日はセトのところへ行くのでしょう? 昨日ニーズヘッグから聞きましたわ。お嬢様の事は私に任せて、どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ」
「ああ、ありがとう」
と、俺は気になった事を聞いてみた。
「エリーは大丈夫なのか? その、セトとは」
俺が言うと、エリーはクスクスと笑い出した。
「全く王子は、お嬢様と同じようなことをおっしゃるのですね。私は平気ですわ。お嬢様より大事な人はいないですから」
「そうか‥‥‥」
エリーは本当に完璧な女中だ。
* * *
朝から酒場はさすがに開いていないので、俺はオシリスの家を目指した。オシリスの家は荒い石造の壁でできており、屋根も同様に荒い石造。いかにも庶民の住む家であり、セトとオシリスの二人が神の末裔と言われてもピンとくる者はいないだろう。
(本当に王位や、神や、煌びやかな生活などはどうでもいいのだな。羨ましい。俺もできれば王位を捨てたいよ‥‥‥。ヴァレリアと仲間とみんなで、このまま‥‥‥。いや、無理か。俺にはレーヴァテインがいる。俺は何故このような王族。
《セトたちのような》も存在するのだと知らなかったのだろう)
バタバタという音が聞こえて、ユーリがドアを慌てて開いた。ユーリ、お前もオシリスの家に泊まっていたのか。
「王子! おはようございます! 窓から王子が見えたので。こんな朝早くにどうしたのですか?寒かったでしょう! 早くこちらに」
ユーリは慌てて俺を暖炉のある部屋に案内した。暖炉というより囲炉裏のような簡素なものだが、無いよりはずっと暖かい。まぁ俺は寒さもある程度なら耐えられるのだが、ユーリが慌てて連れて来てくれた事が嬉しかった。一時期はヴァレリアを巡って争った事もあったのに‥‥‥
「それで王子、朝早くこちらに来たということは、急ぎの用事があったのでしょう?」
ユーリは魔法でポットのお湯を沸かし、食器を操りながら話す。
おお、これは便利だな。今度俺もやってみよう!
「ああ、ちょっとセクメトの事を知らせに来たんだ。二人ともまだ起きていないのか?」
「オシリスさんは基本的に夜行動しますからお昼まで起きて来ませんね。セトさんは、気分によって違いますよ」
また冒険に参加する様になってから、セトさんに色々教えてもらいました。とユーリが話しているうちにあっという間に湯が沸き、ポットとティーセットが乗ったトレイがユーリの魔法によって運ばれて来た。
そういえばユーリは、もうヴァレリアの事を何とも思っていないのだろうか? 一度アレクに人格が変わった時にヴァレリアを襲おうとしていたが‥‥‥
「そういえばユーリ、お前はヴァレリアの事はもう何とも思っていないのか?」
なんだこの質問‥‥‥。自分でも変な事を聞いてしまったな。
ユーリが驚いたような顔をして俺の顔を見る。
「あははは! 王子は心配症ですね! 心配しなくとも、僕はお二人を祝福することはあっても、もうヴァレリアさんをそんな目で見てはいません!」
ユーリはお茶をゆっくりと口へ運ぶと、静かに語り出した。
「確かに一時期ヴァレリアさんを意識した事があります。でも今にして思えば、恋情というよりは憧れに近かったと思います。ぼっちで、いつもハブられていた僕に手を差し伸べてくれて、僕自身の問題にも立ち向かってくれて、あんなに他人の事に一生懸命になれる女性に会った事がなかったので、多分僕は勘違いしていたんです」
ははは、とユーリは微笑む。
「でもそのうち、ヴァレリアさんの王子への気持ちが分かり、王子の事を命をかけて助けたと聞いた時は、感動しました。その時に悟ったのです。お二人の絆には敵わないと‥‥‥。でもヴァレリアさんのおかげで、毎日が楽しいのです! これは紛れもない事実ですよ」
あの時ヴァレリアさんに誘われていなかったら、僕は今もまだ暗闇の中、囚われたままだったかもしれない。
「ヴァレリアさん、そして王子には感謝してもしきれませんよ」
「えっ? 俺? なんで?」
「ははは、なんだかんだ言いながら、僕を助けようとしてくれたじゃないですか!」
ユーリ‥‥‥。
「確かにお前は成長したなぁ! もうしばらくアレクも出てないし」
「昨日の王子の殺意を受けた時には出そうでしたけどね!」
「うわぁぁ! それはすまん!」
いつのまにか俺たちは肩を組んで笑い合っていた。この時間、城では味わえない空気、周囲の目も気にせず、大口を開けて笑える。
そして側には俺と仲間と一緒に笑うヴァレリアがいて‥‥‥
その時あくびをしながらセトが起きて来た。
「ふああ、なんか騒がしいと思ったら王子が来てたのか」
俺はセトに手を振って挨拶した。
(‥‥‥こんな時間が、永遠に続けばいいのになーーーーーー)
* * *
《一方バルカ城では》
なんだかんだガルシアがユーリのように魔法でペンやら書物やらを操ってうまくやっていた。笑
王子‥‥‥。ヴァレリアたちと一緒に冒険に参加することで、セトたちの事情も知って、何か心境に変化があったみたいですね(他人事)。これからどうなることやら。ユーリも相変わらず厄介な何かに狙われているし。
まぁまずは氷漬けにしちゃったセクメトの説明をしなくちゃね!☆
ここまでお読みくださってありがとうございました!