殺意のオーラ
※この話を読む前に第162部分の「波乱の予感」を読んだ方がよりわかりやすいかもしれません。
前回、セクメトという名前の男がヴァレリアを襲いかけたと聞き、レクターは怒りに燃えるのだった。怒りに任せてレクターが向かった先は‥‥‥
「はぁ、セクメトが壊していったところ直さないとなぁ。あいつは本当、碌な事しないな。想像力が足りないんだよ」
オシリスがセクメトが燃やしていった箇所を見ながらため息をついた。
「しょーがねーだろ馬鹿なんだから」
セトがテーブルに突っ伏したまま言う。
「セトさん、大丈夫ですか?」
ユーリがそう言ってセトの背中をさすった時、ものすごい殺意と共にオシリスのいじっていた箇所が吹っ飛んだ。
殺意の先を見ると、黄金の煙の中に人影があった。
「なっ‥‥‥」
こ、これは、この感覚はスキドブラドニルへ向かう途中に感じたものと同じだ! ユーリは咄嗟に身構えた!
異変を感じてユーリが見ると、自分の膝がガクガク震えていた。息も上がる!
「あっ、ああ‥‥‥!」
恐怖のあまり思わず声が漏れる。そう。怖いのだ。ユーリはこの殺意と憎悪にまみれたオーラが怖くて仕方がなかった。
「やめて、くれ‥‥‥。アレク!」
ユーリはその殺意の塊に耐えきれず、アレクに入れ替わろうとしていた。
しばらくしてやっと金色の煙が晴れ、殺意もおさまった。ユーリはすんでのところでアレクと入れ替わらずに済んだが、かろうじて意識を保っている状態だ。
一体何が? 何者なんだ!?
「セト、オシリス。お前らに聞きたい事がある」
聞き覚えのある声。王子だ! じゃあ今の殺意は王子? でも今はあの殺意は感じられない‥‥‥
王子、一体何が??
「セト! 聞きたい事がある! セクメトとは誰だ?!」
セトさん‥‥‥? セトさんの方を見るとセトさんはいびきをかいて寝ていた。えっ? あの殺意のオーラの中で何もなかったように眠れるの? すごい!
「王子ですか? もうやめてくださいよ。よりによってセクメトが燃やして壊れたところを半壊させるなんて」
オシリスがガックリと肩を落として言う。オシリスさんとセトさんは平気だったのか? 今の殺意のオーラは‥‥‥
煙が払われ、やはり王子の姿がそこにはあった。足元には何故か金色の羽根が落ちていた。
「セクメト? やはり知っているのだな! オシリス、セクメトとは何者なんだ!」
「ふむ、王子。ここを直してくれる事を約束してくれたら話しますよ。セクメトが何者か」
オシリスは相変わらず冷静だった。セクメトの時もそうだったけど、オシリスさんとセトさんって神の恩恵を受けてるって言うし、あの殺意を受けてもケロッとしてるし、やはり結構すごい人達なんじゃ‥‥‥
「ああ、すまんな。つい殺意が漏れ出てしまって。ここだな」
そう言って王子が手をかざすと、王子の腕が変化した。白い肌に黄金の長い爪、研ぎ澄まされた鉤爪‥‥‥。シュウウ‥‥‥と音を立ててあっという間に直ってしまった。
王子の腕は元に戻り、王子はその腕を撫でながらふぅーっと一息つき、オシリスの方を見て謝った。
「騒いで申し訳なかった。怒りのままにこの酒場ごと吹っ飛ばすところだった」
「いや、直してくれれば大丈夫ですよ。王子はセクメトのことを聞きにきたんですよね、話しますから座ってください。何か飲まれますか?」
「ああ‥‥‥。ではワインを」
信じられない。先程の事がまるで無かったかのように、二人とも自然に話している。僕はまだ震えが止まらないし、オシリスさんはあのオーラを感じて平気なのか?
僕の困惑に気づいたらしい。オシリスさんが困ったように笑いながら口を開く。
「ははっ、俺とセトは神の恩恵を受けているからな。ユーリみたいな立派な魔法使いでも震えるような殺意のオーラも、俺たちには平気なんだ。神の恩恵も他の兄弟達より濃いしね。ただ、流石に殺意は感じたよ、きっとセクメトがまた何かしでかしたに違いない。ですよね王子?」
オシリスさんの言葉に王子がハッとする。
しまった! いくら気が立っていたとはいえ、ウードガルザに変身したところを見せるところだった! しかもたまたまこの三人だけだったから良かったものの、他に客がいたかと思うと‥‥‥
「いや、本当に申し訳なかった。完全に冷静さを欠いていた」
そう言って僕に頭を下げる王子。
僕は今の殺意は何だったのか、色々聞きたい事はあったが、王子の謝罪を前に立ち上がって礼を返す事しかできなかった。恐怖がまだ残っていて、言葉が出てこなかった。
しばらくして、オシリスさんが語り始めた。自分達兄弟が神の恩恵を受けている事、兄弟が多い事、王位を争い兄弟間の戦争が常に起きている事、セクメトが兄弟の中で一番頭が悪いことをこんこんと説明した。
王子はオシリスさんの説明をずっと頷きながら聞いていた。オシリスさんはしばらく話した後、王子に聞いた。
「それで王子は何故セクメトの事を知っているのですか? セクメトがまた何かしでかしましたか? あいつはただでさえ馬鹿で、考えなしで‥‥‥」
「ヴァレリアを襲いかけたんだよ」
その途端。耳が痛くなるほどの静寂が酒場を包んだ。僕のグラスの氷の音だけがカランと響いた。
オシリスさんはまさに絶句といった感じで、手を口に当てたまま動かなくなってしまった。
「そ、それで‥‥‥。お嬢様は?」
オシリスさんは震える声でやっとそれだけ言えた。
「‥‥‥。心配ない。ニーズヘッグが守ってくれた。ヴァレリアは今は眠っている」
「ああ‥‥‥」
オシリスさんは顔を片手で覆い、心底安心したようにため息をついた。
「王子、ちょっと失礼します」
そう言うとオシリスさんはおもむろに瓶ビールの蓋を開け、ゴクゴクとあっという間に飲み干してしまった。
「今回セクメトが俺の店に来たのは想定外というか、全く予想外だったんだ。俺とセトはとっくに王位を放棄していたし、セトに至っては兄弟達が開いた審判で正式に決議している。だから今回セクメトが来た理由が全くわからなかったんだが」
オシリスさんはそこで一息ついた。
「王子、落ち着いて聞いてください」
グラスを持つ王子の手が止まる。
「今回セクメトが来た理由は、兄弟で王になるはずだったイシスを殺しかけて、国を追放されたからなんです。それで俺を頼って来たんだ。俺はセクメトが大嫌いだったので、有無を言わせず俺の力で、故郷には戻したつもりだったけど、まさかセクメトがお嬢様を襲いかけたとは‥‥‥。本当に申し訳ない!」
ガバッとオシリスさんは王子の前に出てきて深々と頭を下げた。
「それと‥‥‥」
オシリスさんがそのままの体制で言いにくそうに呟く。
「セクメトは頭が悪いだけでなくしつこい。もしかしたらお嬢様の前にまた現れるかも知れない‥‥‥」
それを聞いた途端、ビシッと音を立てて王子のグラスが割れた。
セト兄弟達さすが。スキドブラドニルの時にはセトはお留守番でしたもんね。
でも王子はもう仲間だし、秘密を打ち明けてもいいような気がしますけどねー。
さてお馬鹿でしつこいセクメトは次回出てくるのか、出てこないのか、どっち派?!
ここまでお読みくださってありがとうございました。また読んでくださいね。