王子の脅威
シリウスは真面目な子なだけ‥‥‥
えっ!?
シリウスは馬車に乗り込んだ。
「どちらへ行かれるので?」
「久しぶりに遊びたいからな。女のいる店に行ってくれ」
「はい、かしこまりました」
シリウスの従者が頭を下げる。
さすがシリウスの従者。余計な事を言わず、余計な事をさせず、極めて事務的な返事を返す。
こういうのがいいのだ、私は‥‥‥。愛やら恋やらくだらない。ましてや魔法などくだらない! 余計な感情は、人を狂わすのだ。
でも先程ヴァレリア様の豊満な体を思い出してどうにも疼いて仕方がない。生理現象だものな! 仕方がない!
うん‥‥‥。仕方がない。何故ならもう私はヴァレリア様に触れる事はできないのだから! あの王子‥‥‥。思えば王子が悪いのだ! 最初はアナスタシア様に心揺さぶられていたはずなのに、いつのまにか婚約破棄したはずのヴァレリア様と何故かいい仲になっておる!
こんな理不尽な事があるか! いや、もしかしたらヴァレリア様があの豊満な体と、夢見るようなキラキラした瞳で王子を誑かしたのかもしれない!
あの不思議な紫の瞳は、確か王子は嫌っていたはず‥‥‥。でもそれと同時に魅力的だった。目が離せなかった! 不思議な色。あまり見かけない珍しい色だったから? 同時にすごい色気も放ち‥‥‥。キラキラして、魂も心も、吸い込まれるような‥‥‥
(ああ、何故王子なのだ!? いつもいつも! いいところは全部王子が持ってお行きになる! 私にもそろそろ何らかの恩恵があってもバチは当たらんだろう!)
「シリウス様、着きましたよ」
などと考え事をしていたら高級娼館に到着していた。
この辺りの街で高級娼館があるのはここくらいだからな。
「ああ、ご苦労。ここで待っていてくれ」
私が高級娼館に足を踏み入れようとしたその時だった。
世にも美しい、まるで天使のような女性が娼館の入り口に立っていたのだ! あまりに美しいその横顔に目が眩む!
「わ、わわわ‥‥‥」
こ、この娼館はこのようなレベルの高い女がいるのか!! さすが王侯貴族御用達の高級娼館なだけある!
私の気配を感じたのか、ゆっくりと女性が振り向く。
「えっ‥‥‥」
「なっ、はっ?」
そこにいたのは夢にまで見た! 先程まで思い浮かべていた!
「‥‥‥。ヴァレリア様」
「あら、シリウス? 偶然ね」
ヴァレリア様はこちらに気付いて微笑む。真っ赤な口紅がまるで薔薇のように甘い香りを放って私を誘惑する!
(王子もきっとこの色香にやられたのだ! そうに違いない!!)
ヴァレリア様は「ん?」と言うと、高級娼館の看板と私の顔を見返してあっという顔をした。
「あっ、ああ! そ、そういう事でしたのね! 私ったらお邪魔虫でしたわ! 確かに殿方にはご迷惑でしたわ。ネフティスを待っていて気づきませんでしたわホホホ」
勘違いだ! 私はヴァレリア様がいい!
ヴァレリア様が立ち去ろうとするその手を、逃がさないようにぎゅっと掴んだ!
「えっ、シリウス?」
「ヴァレリア様、まさか旅に出てからヴァレリア様がこのような所で働いていらっしゃるとは‥‥‥。夢のようです! ここで出会ったのも運命としか思えない! さぁ私と一緒に参りましょう!」
「えっ、ちょっと待って! 違うのよ。私は極秘の依頼を受けているんです。今は一緒に依頼を受けた子を待っているのです」
そう言ってコロコロと笑う。
「ほほほ、シリウスったら誤解しちゃって‥‥‥。酔ってらっしゃるんですか?」
「‥‥‥ッヴァレリア様‥‥‥!」
世界がぐるぐると回る。目の前にヴァレリア様がいる! ここは娼館、ここには私たち二人だけ!
私の理性の音は激しい音を立てて瓦解した!
私には無理だ、こんな誘惑に抗う事など!
「ヴァレリア様! ヴァレリア!」
いいや、この際どうでも。手篭めにしてしまえば王子もきっと文句は言うまい!
私はヴァレリア様の手を壁に押し付け、無理やりキスをしようとした!
「な、シリウス! や、やめっ‥‥‥」
ちゅ、れろれろ〜!
ああ、これがヴァレリア様の唇‥‥‥。ちょっと硬くて鱗っぽいけど、甘じょっぱ‥‥‥
『何すんだテメー!! 俺様の身体を舐めくりやがって! 死ねぇ!』
「へっ?」
ゲシゲシっと顔を二、三回蹴り蹴りされ、怯んだ私。そこにはヴァレリア様の顔にへばりついたいつぞやの悪魔がいた!
「なんだお前は! 私とヴァレリア様の邪魔をするな!」
『ヒィ〜! おー怖おー怖』
目の前にいる悪魔が途端に怯え出した! ヴァレリア様も私の方を見て震えている?
「ふ、ふ、そうだ私は怖いだろう! なんたってお前よりもデカいからな! ヴァレリア様、どうか怯えないでください」
『いや、お前じゃねえよ! お前の後ろにいる奴が怖いんだよ!!』
「はっ」
私はその場の空気が凍りつくのを感じた。振り向かなくても分かる! これは何度かバルカ城で感じた事がある殺気! いや殺意だ!
私に向けられた凍りつく殺意。空気の一つ一つがナイフのように研磨され、私の体を抉るようだ! 無意識にヒューヒューと口から息が漏れる。冷たいものが全身を走る!
『振り向くな、シリウス。振り向いたら死ぬと思え』
「ひっ、ヒィッ!」
『ギャオーン!! ヴァレリア怖いぃ〜!』
さっきまでヴァレリア様の顔を覆っていた悪魔がその胸元にポトリと落ちる。
「怖くない、怖くないよ」
ヴァレリア様は胸元に落ちた悪魔に言い聞かせながら目を閉じている! 心なしかヴァレリア様も怯えているような気がする。私の背後にいる者の存在が怖いのか?!
『シリウス、このまま真っ直ぐ城に帰るな?』
もう言葉も出せない。一言一言が突き刺さる! 何と禍々(まがまが)しい狂気だろうか! 王子‥‥‥!! これほどの殺意を向けられたのは初めてだ! 私は何も言えず、ただコクコクと上下に何度も頷く。
『ならば歩け、馬車に乗るのだ!!』
私は王子の怒りをビリビリと背中に感じながら、走って馬車に向かった!!
恐ろしい、恐ろしい! 馬車に乗った後も膝がガクガクしていてうまく座る事ができない。
これが王子の力! これが玉座を持つ者の力! とても敵わない‥‥‥。私は、こんな恐ろしい人と同じ人を好きになっていたのか?
震えて起こせない体を何とか起こし、いつまでも追ってくるその殺意に先程までの黒い感情や嫌な事はすっぱり忘れてしまった。
(あんな化け物みたいな殺意を放つ王子を差し置いて、今のバルカ王国は私の力で成り立っているようなものだなどと、良くも言えたものだ!! 馬鹿か私は??)
恐ろしい! 何より先程まで驕っていた自分が恐ろしい‥‥‥。こちらに向けられていた殺気は、角を曲がったところでやっと無くなった。
その瞬間どっと噴き出る汗。その汗を拭いながらシリウスは口を開いた。
「よし! 今まで通り仕事をしよう! 殺されるよりはマシだからな! ハッハッハ!」
シリウスは切り替えが早かった。
いや〜シリウスは切り替えも早かったですね。
真面目と言いながら女遊びに行くシリウス‥‥‥(笑)
これからもその切り替えの速さでいろんな事を乗り越えて行って欲しいですね!
ここまでお読みくださってありがとうございました。
切り替えが早いから仕事ができるんですね!と思った方は広告の下にある☆に点を付けて行ってくださいね!いや、ただ単に怖かっただけじゃね?と思った方は正解です。☆を漆黒に染めましょう。
ご拝読ありがとうございました。また読んでくださいね!