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第九十六章 花見パーティー

 またまた、三人の子供時代の切ない話です!


 この国の春は早い。まだ三月にもならないというのに、国中に花が咲き始めた。

 既に王城の白木蓮は、見上げるほど高い場所で、その白く大きくて清々しい花を咲かせていた。

 公園の桜はまだ五分咲きだったが辺りを淡いピンク色に染め、人々をうっとりさせている。

 やがて街道沿いにも赤や白いハナミズキの花が咲いて、通行人の心を癒やす事だろう。

 

 ザクリーム侯爵家の広大な庭にも様々な樹木が植えられていて、たくさんの花の蕾が順調に咲いてきている。

 

 その中にはレンギョウ、ライラック、ミモザといった樹木の他に、梅、木瓜、桜、桃、杏、花梨、林檎、蜜柑などの果樹も多くある。

 

 

 東の隣国のように国を挙げて開かれる花祭りのような大きなイベントはない。しかしどの家でも普通に樹木が植えられているこの国では、家族単位で自宅の庭で花見をする習慣がある。

 もっとも、ミラージュジュの実家はそんな情緒的なイベントは一切なく、学園に入ってから初めての寮生活でその習慣を知ったのだが……

 

 

 

 今日はお城の王室会議の終了後、ザクリーム侯爵家で花見を兼ねた『お疲れ様パーティー』を開く事になっていた。

 だから、ミラージュジュは数日前からノアと一緒にガーデンパーティーの準備を進めていたのだ。

 

 もちろんナラエや他の使用人達も手伝うと言ってくれた。しかし、今回の大改革では、侯爵家の者全員に多大な迷惑をかけ、本来の業務以上のハードワークをさせてしまった。

 だからこのパーティーは、それに対するお詫びと感謝を込めて開くのだから、それを手伝ってもらったのでは本末転倒になるからと断った。

 

 そしてそのパーティーではこの屋敷の者達全員に、城から頂いた報奨金を分配する事になっていた。

 ザクリーム侯爵家の働きは一つの機関同様な働きだったと評価されて、一騎士団同等の報奨金が出たのである。

 もちろんどこからも苦情は出なかった。多くの騎士達が侯爵家に出入りしては、さんざん食事や風呂などの世話になっていたからだ。

 

 既にテーブルの上にグラスや皿やカトラリー、色々な種類の酒やジュース、ツマミなどは並べ終えた。

 料理はなんと、第一から第三騎士団の調理人がやって来て、今厨房で作ってくれている。

 

『自分の所の団員がザクリーム侯爵家の調理人の方々にお世話になったので、是非ともお礼をさせて貰いたい』

 

 と申し出があったのでありがたくそれをお受けしたのである。

 

 

 椅子やランタンなどの灯りの準備も出来たし、ノアが作ってくれた簡易竈門で作る、料理の下ごしらえもどうにか終わった。

 ミラージュジュは大分以前に皆と約束したじゃがバターを作ろうと思っていた。それに、パン耳スティックやドーナツでも油で揚げようかなと。

 

 取りあえず準備が終わったミラージュジュは、一休みをしながらようやく庭の樹木の花を見上げた。

 

 今年は忙しくて無理だが、来年は摘芽、摘蕾をして大きな実がなるように手入れをしたいな、とミラージュジュは思った。

 そしてたくさん実ったら、その果物でジャムや乾燥果物にして保存食にしたり、デザートに利用したいと思った。

 

 それが上手くいったらいずれ領地にも果樹をたくさん植えて、その木を領民にプレゼント出来たらなと考えていた。

 一家族に一本の果樹を世話をしてもらって、実を収穫出来たら、一部を税金として徴収させてもらって、残りは自由にしてもらうのだ。

 食用にするもよし、保存食にするもよし、物々交換するもよし、売ってもよし……

 

 領民と仲良くなれるし、実の成る木を待つというのは領民の楽しみになるのではないか? そんな事を夢想した。

 

 

 ミラージュジュの実家のライスリード伯爵家の庭にも、果樹は植えてあったが、誰も手入れしていなかったので、ろくな実がならなかった。

 それでも彼女にとっては畑で作る野菜同様に貴重な食料だった。

 

 果樹の栽培法の本を見つけたのは学園に入ってからだった。もし子供の頃それを見つけられていたら、ずいぶんと自分の食事は豊かになっていただろう。そう思うと、ミラージュジュは今でもふと悔しくなるのだった。

 

「知識って大切よね。知らなかったせいで大損したわ…」

 

 思わずミラージュジュがこぼした言葉にノアが笑った。

 

「端から見てると、綺麗な花にうっとりしている可憐な淑女なのに、その(じつ)、これから(みの)る果物の事ばかり考えているだなんて、誰も想像しないよね。

 僕的にはそのギャップが好きだけど、侯爵夫人としてはどうなんだろう?」

 

「侯爵夫人だろうと誰だろうと、空腹に耐えられなくなったら『花の下より鼻の下』よ」

 

 とミラージュジュはノアの質問に即答した。それを聞いたノアは後ろめたい気持ちになった。

 何故ならノアは北の隣国へ売られた後も、そこでは三度三度そこそこ美味しい食事を与えられて、この国にいた時よりもずっと良い食生活を送っていたからだ。

 

「ジュジュ、ごめんね。君がお腹を減らして辛かった時に、僕だけお腹いっぱい食べていて……」

 

「何を言ってるの?」

 

 ノアの言葉にミラージュジュは驚いた顔をして、じっと親友の瞳を見つめた。

 

「ノアが北の隣国でちゃんと食事を摂れていたと聞いた時、どんなに私がホッとしたかわかる? ずっと心配していたのよ。ノアはちゃんと食べられているのかしらって。

 だから北の隣国の寛大さ、慈悲深さに心から感謝してるの。さすが王妃様の母国よね。私、いつかこの国を北の隣国のようにしたいと思ってるのよ」

 

 ミラージュジュはそう一気に話した後で、ため息混じりにこう言った。

 

「でもノアには謝ってほしくはないけど、レナにはちょっぴり不満があるわ……」

 

「レナに文句?」

 

「文句って訳じゃないけど、昔、私によく赤い薔薇をプレゼントしてくれたでしょう? 

 でもどうせ持ってきてくれるのなら、菜の花や土筆(つくし)無花果(いちじく)の方が良かったなって。その方が少しはお腹の足しになったじゃない」

 

 あまりにも身も蓋もないミラージュジュの言葉に、さすがのノアも()()()とした。そして長年のライバルだった男に同情してこう言ったのだった。

 

「薔薇だって食べられるじゃないか」

 

 と。すると彼女はすかさずにこう返してきた。

 

「薔薇ってナスタチウムやビオラ同様エディブルフラワー(食用花)の一種でしょ? 

 でもね、本当にお腹が空いている人間にはかわいらしさや見た目の美しさは必要ないの。

 大体、薔薇を食用にするってジャムにしたり、ケーキに入れたりするって事でしょ。

 でもそもそもジャムをつけるパンがなかったのよ? ケーキだって学園に入るまでほとんど食べた事なかったわ」

 

 ミラージュジュが眉間にしわを寄せて頬を膨らませた。

 珍しく子供のように怒っているミラージュジュをかわいいと思いながらも、ノアはまた申し訳なくなってしまった。

 

 ノアはまだ教会にいた頃から、その美しく愛らしい美少女っぷりで老若男女からもてていて、貢物をよく貰っていたのだ。ケーキとかクッキーとか……

 隣国へ行ってからは更に美しさが増していたので、更に高級品を口にしていたし……

 

 ああ、何故ミラージュジュへの贈り物を食べ物にしなかったんだろう。レナに対抗してピンクの薔薇なんかにするんじゃなかった。

 ミラージュジュがこんなに食べ物に固執しているのを知っていたら、貢物のお菓子やケーキを持って行ったのに。

 そうすればもしかしたら、彼女はレオナルドじゃなくて自分を選んでくれたかも知れない……などと馬鹿な事を考えたノアだった。

 

 

 

 そして空が赤く染まってきた頃、ザクリーム侯爵家の庭にはカンテラに火が灯され、花見を兼ねた『お疲れ様パーティー』が始まった。

 

 最初に使用人一人一人に感謝の言葉と共に、黒のビロードの袋に入った報奨金が手渡された。

 護衛も侍従もメイドも下働きも庭師も御者にも……

 

 ただ厨房の者達は自分達まで報奨金が貰える事に驚いて、最初はそれを辞退していた。

 上げ膳据え膳という初めての経験に興奮し、それだけでもありがたく思ったからである。

 しかし主はこう言った。

 

「この一年近く我が侯爵家の人間は全員ハードな仕事をこなしてきたが、誰一人体調を崩す者なく済んだのは、厨房担当のみんなのおかげだ。

 しかも突然の来客にも対応してもらい、無理をさせて申し訳なく思っている。そして感謝している。

 君達が報奨金を受けるのは当然の事だ。受け取ってもらえないとこちらが困る」


 そこまで言われたら、彼らも受け取らざるを得なかった。

 そして、さすがはプロだ。よく味わって食べ、知らない料理には、騎士団の調理人に調理法を質問をしていた。

 

 パーティーは屋敷の者達が互いの労をねぎらい合い、食べて飲んで歌って踊って、とても盛り上がった。

 特にみんなが喜んだのは、自分達の愛する奥様の手作りのじゃがバターやパン耳スティックを、直に受取れた事である。

 そしてその素朴な味に皆歓喜したのだった。

 

 パーティーの間中、屋敷の主はずっとソワソワしていた。それは愛する妻に自分からも報奨を与えたかったからだ。もちろんそれは報奨金の入っていた鞄ではなくて、前々から用意していたモノを。

 

 ところが妻は非常に忙しくしていて、パーティーの最中は手渡す事が出来なかった。

 後でそのプレゼントの中身を見たノアは、パーティーで手渡さなくて本当に良かったと思った。

 もし渡して彼女がその中身を見ていたら、間違っても親友は愛する妻の手作りを(しょく)せなかっただろうから・・・


 

 そろそろ終わりに近づいてきました。最後まで後少しお付き合いして頂けると嬉しいです!


 最後まで読んで下さってありがとうございました!

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