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第九十五章 ノアと描く未来

 この章は、再び改革後の後日談的な要素も含まれています!


 投稿がまた遅れました!


 レオナルドは帰宅するとすぐに、今日の王室会議の報告をするためにパークスと共に執務室へ向かった。

 そしてミラージュジュの方は自分の部屋へ戻って、黒のフォーマルドレスから動きやすい綿のシンプルなワンピースに着替えた。

 それから急いで屋敷の裏側へ向かった。するとそこではノアが一人で、せっせと野外パーティーの準備をしていた。

 

「大分準備が進んでいるのね、ありがとうノア」

 

「ずいぶんお早いお帰りだね。会食はしなかったのか?」

 

「ええ。だってあんなに山程の報奨金を頂いて、その鞄が足元にあったら、おちおち食べてなんかいられないじゃないの」

 

「えーっ? あそこには各騎士団長が揃っていたんだろう? 一番安心安全な場所じゃないか」

 

「だから、気分の問題よ。それに、あそこに留まっていたら、また何か面倒な事を依頼されそうで恐ろしいじゃない。だから持参したバスケットに軽食を詰めて帰ってきたの」

 

「・・・・・・・」

 

 近頃では、二人きりの時は以前と同じタメ口で話すようになっていた。

 王子様に敬語を使わないのも、王子様に敬語で話されるのも精神的に辛い、とミラージュジュが訴えたのだ。そしてそれなら昔に戻ろうという事になったのだ。

 

「ねぇジュジュ、今は侯爵夫人なんだよ。その自覚はある?」

 

「もちろんあるわ。だからこそ自分達の分を持ち帰ったんじゃない。残ったら廃棄処分になるのよ。そんなのもったいないじゃない。まずは王城から無駄を省いていかないとだめでしょ?」

 

「ははは……」

 

「それから、ノアの今後の立ち位置なんだけど、なんていうか、みんなでスルーしようという事になったみたいだわ」

 

「は? スルーってどういう意味? 無視って事だよな」

 

 ノアは意味が理解出来ずにキョトンとした。

 

「つまり幻影? ゴースト? 亡霊?」

 

「なんだそれは、酷すぎないか? 僕は死んだ者という事か?」

 

 ノアはその美し過ぎるスッとした眉を釣り上げた。するとミラージュジュは困ったような顔をした。

 

「そうじゃなくて、ええと、何て説明していいのかよくわからないんだけど、ノアはノアでいいという事みたいなの。ノアの存在は『不問に付す』という事らしいのよ。

 ほら、ノアの容姿って、どう見ても王族だとバレバレでしょ。それにある一定の年齢以上の貴族なら、お母様が誰なのかってすぐに推測出来てしまう。 

 それならいっそ隠さず、ノアはノアのままで堂々としてろ、という事みたいだわ。誰に何を言われても無視、スルーしろって。

 そして貴族達にもノアの素性には一切触れないでスルーしろと通達をするらしいわ」

 

「それって、僕は好き勝手にしていいって事?」

 

「好き勝手とはいっても今はパークスさんの息子なんだから、リンドン家の恥になるような事をしては駄目よ」

 

「わかってるさ。弟達に迷惑をかけるような真似は絶対しないよ」

 

 ノアは今ではパークスの実の息子二人とすっかり仲が良くなっていた。

 

「それから、ほら、今日報奨の発表があったでしょ。お金以外に領地なんかも割り振られたのよ。

 もちろん半分以上は国の直轄地になったんだけど……」

 

「もちろんこのザクリーム家も領地をもらったんでしょ?」

 

「ええ、頂きましたよ。いらないのに……」

 

 これ以上領地が増えても管理が大変なので正直ありがた迷惑なのだ。まあそこは多少配慮されたのか、ザクリーム侯爵家の地続きの隣の領地だったのだが。

 

「ベネディクトさんのローマンシェード家も爵位や領地が戻ってね、その上に、隣の領地も加算されたの。

 釈放されたお兄様が跡を継ぐのでしょうけど、暫く療養が必要となるので、ベネディクトさんの手助けが必要になると思うわ」

 

「そうか。でもまあ良かったよな。ベネディクトの兄上は体力的にも精神的にも大分痛めつけられただろうから、元に戻るのは大変そうだけど。

 確か『黒い二重線の男』をやらされていたんだろう?」

 

「ええ。でも、ベネディクトさんとは違ってお兄様は体力の無かった方だったみたいで、実行部隊には入っていなかったらしいわ。不幸中の幸いね。

 それに王家の呪いや暗示ももう解けたみたいだから、思ったより復帰は早くなりそうで良かったわ」

 

「そうか……」

 

 とノアは呟いた。

『黒い二重線の男』とは国王直属の暗殺部隊だ。主に政治犯などが呪いの入れ墨を施されて、強制的に操られていた。

 主に個人を対象とするアサシンとは違い、大掛かりな破壊活動をする組織だ。

 

 ベネディクトの兄は例の落石事故の実行犯の立案者だったようなので、ザクリーム侯爵家とは微妙な関係だ。

 その事実を知ったベネディクトは青くなって必死に謝罪して、兄が元気になったらどうかまたザクリーム侯爵家で働かせて欲しいと懇願していた。

 

 すると、兄弟は別人格だとノアが鼻を鳴らしたので、レオナルドとミラージュジュは笑ってしまった。わかっているってば、そんな事。

 それに呪いで働かされていたのだから、兄上のチャールズを恨んだりはしていない。

 ただ微妙なモヤモヤが消えないだけだ。いくら国王からの急な要請だったとしても、もっとましな作戦を立てられなかったのかと……

 

「それからね、パークスさんにも領地が授与されたのよ。しかも、あの曰く付きの男爵領を……」

 

 ミラージュジュが少し暗い顔をして、ため息をつきながら言った。

 

「えっ? もしかしてノーバン男爵領?」

 

 ノアが驚愕の声を上げた。選りに選って、自分を隣国へ売り飛ばす手伝いをしていたクソ男爵の領地をか?

 

「そう。まだノーバン男爵の罪名は伏せられているけれど、とっくに廃爵されて領地も召し上げられているでしょ。今は国からの代理執行官が取りあえず管理しているのよ」

 

 王太子によると、ノーバン男爵領の果物栽培は順調でかなり経営状況は良いらしい。

 男爵に変質的な性指向がなければ、教会に威されて利用される事もなく、家族や領民が苦しむ事はなかっただろう。気の毒だ。

 このままではせっかく順調な領地が経営破綻してしまう。だから有能なリンドン子爵にこの領地を任せたい。

 リンドン子爵なら新しいブランドを立ち上げて、更に発展させてくれるだろうと王太子は言うのだ。

 それに元々の子爵の領地とも近いので、二つの領地の産物を関連付けさせれば、より販路の拡大が期待できるのではないかと。

 

 そして領地とともにリンドン子爵には更に男爵位を授与する。

 そうすればリンドン子爵には男子が二人いるのだから、将来は二番目の子が男爵として、この旧ノーバン男爵領の当主となればいいと。

 

「それでね、パークスさんの下のお子様はまだ学園にも入っていないでしょ? だから、その子が一人前になるまでノアに任せるのがいいんじゃにないかって、王太子、いえ、新しい国王陛下がおっしゃって……」

 

「あのクソ王太子! 嫌がらせか!」

 

 ノアが怒りを露わにした。美形が本気で怒ると怖い……ミラージュジュは一歩退いた。

 

「まあ、ノアがいつも無視し続けてるから、それは無きにしも非ずだとは思うけど……

 

 でも本音を言えば、ノアにはいずれカートン伯爵を継がせたいとみんな思っているから、まずは元男爵領で領地経営を学ぶのがいいんじゃないのかと思っているみたいなの。つまり男爵領は予行練習ってことで」

 

「はぁ? 何みんな勝手な事考えているんだ! 僕はカートン伯爵の後なんて継がない。僕はジュジュの護衛騎士だ。それ以外やる気はない。ずっとそう言っているだろう?」

 

 思いもよらない話にノアはますます機嫌が悪くなった。そして、傷付いた目でミラージュジュを見た。

 

「ジュジュは僕が邪魔なの? レオがいるからもう僕がいなくてもいいの? むしろ目障りだからいなくなった方がいい?」

 

 ミラージュジュはまるで困った子供を見るような優しい笑みを浮かべた。子供の頃、ノアが愛情を試す為にわざと捻くれた事を言った時のように。

 

「何を言ってるのよ。ノアは私の大切な親友よ。いなくなった方がいいなんて思うわけがないじゃないの。七年も探し続けてきたのに。ずっと側にいて欲しいに決まっているでしょ」

 

「じゃあ、どうしてそんな話するのさ。すぐに断ってくれたらいいじゃないか!」

 

 いつもはクールビューティーなノアが自分にだけ見せる拗ねた顔を見るのが、ミラージュジュは好きだった。親友の特権というヤツ? いずれ恋人にも見せるのかなと思うと少し嫉妬心が湧くが、ノアの事を思うとそんな人が早く現れたらいいなとも思う。

 

「ねぇノア、私は貴方とは一生繋がっていて欲しいと思っているの。でもそれは、ノアを自分の側に縛り付けておきたいという事ではないわ。心の中、精神で繋がっていたいの。

 

 あのね、私、子供の頃ああしたい、こうしたいと思う事がたくさんあったの。一番はノアをあの環境からどうにかして抜け出させたかったわ。でも、結局私には何にも出来なかった」

 

「そんな事はないよ。今回教会関係者を逮捕出来たのもジュジュの力が大きかったじゃないか!」

 

「そりゃ少しは役に立てたかも知れないけれど、それはレオと結婚して侯爵夫人になれたからでしょ?

 私、貴族なんて大嫌いだったけど、貴族だから出来る事もあったんだなって思ったわ」

 

「それなら、何故夫人部の話を断ったんだい?」

 

「私はお国の官僚ではなくて一般人の目で市井の問題に取り組みたいの。そして思いついたアイディアを国に伝える術が、ありがたい事に今の私にはあるでしょう?」

 

「旦那様を利用するって事かい?」

 

「ええ。旦那様だろうが、宰相閣下だろうが、国王陛下だろうが…… 

 そしてノアの事も……」

 

「僕?」

 

「ノアは貧しい人々や親のいない子供達を助けたいっていつも言っていたでしょ。それに子供達に教育の機会を与えたいって。

 それって、私と同じように昔は出来なかったけれど、今のノアならやろうと思えば出来るんじゃないの? 何も王族ではなくても、領地持ちの貴族になれば……」

 

 ノアは瞠目した。

 

「ねぇノア、私と一緒に学校をつくらない? 親がいなくても、誰でも学べる場所を。

 この国に住んでいる子供達みんなが最低でも読み書き計算出来るようになったら素敵じゃない? 

 そうなれば、後は私達のように図書館でいくらでも自分で学べるでしょ」

 

 ノアはそれを聞いて大きく頷いた。自分はレオナルドとは違う所でミラージュジュと永遠に繋がっていけるものがあったのだ。

 そう。自分達には子供の頃から同じ夢があるのだから・・・

 

 

 読んで下さってありがとうございました!

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