第九十章 後始末 その2
その日は温暖な国にしては珍しく寒い日だった。朝のうちは白いモノがヒラヒラと舞っていたくらいだ。
王都から少し離れた町にある離宮から、長めの行列が王都へ向かっていた。
その行列には平民落ちした元ヴェオリア公爵家一派の面々が、ローブのフードを深く被り、罪状が書かれているプラカードを持って歩いていた。
懲役刑とプラカード持ちのどちらがいいかと尋ねられ、こちらを選んだ、比較的に罪の軽い者達だった。
自分達が元ヴェオリア公爵家一派だとわかったら、民衆に石を投げられるかも知れないと怯えた者達に、法務局の役人が言った。
「お前達の身元をばらすような真似はしない。
だが、自分達の罪を心の底から認識しないと、これから先平民として生きてはいけないだろう。
それを身を以て知る為に、間近できちんと罪人と民衆を見るといい!」
そして平民としてこれからも生き続ける!と決意した者達だけが、この列に加わる事を決めたのだった。
それを選べなかった者達は所詮市井では生き抜いてなどいけないだろう。
ヴェオリア元公爵は既に公爵位を剥奪されていた。プラカードの後に娘と共に続いて歩いていたのだが、罪名の書かれたプラカードの数の多さに、改めて己の罪の大きさを思い知らされた。
今まで彼は特定の人間を憎んだり、殺してやりたいと思った事はない。ただ、自分の欲しいものを手に入れたかっただけだ。そして好きに生きるのを邪魔する奴等を排除してきただけなのだ。
その手段の良し悪しなんて気にもしなかった。
人を思うまま動かす為には金が必須だった。だからその金の集め方を教会長に相談したら、良い方法があると言われた。だから彼に任せただけだった。
横流し、密売、麻薬、恐喝……教会が何をやっていたのか、彼は知らなかった。全て彼の子飼いの貴族達に任せきりだった。
しかしそれが言い訳はならない事くらい彼にも分かっていた。真っ当な事をしていたら作れるはずのない大金が、彼の手元に入ってきていたのだから。
それにもし知っていたとしても止めはしなかっただろう。そんな事大した事ではないと思ったに違いない。
しかし、さすがに人身売買はまずいだろうとヴェオリア元公爵は思った。この罪一つで獄門台行きだと。
三か月の間、ヴェオリア元公爵と娘は離宮の地下にある、複数人用の広い牢獄の中に、一人ずつ入れられて、そこで毎日強制的に歩かされたり運動をさせられてきた。
何故囚人にそんな事をさせるのか疑問だったが、今ようやくその理由がわかった。
離宮から王都の中央広場まで、民衆の目にさらされながら歩いて行く為だったのだ。
普通三か月も狭い牢獄に入れられていたら筋力が衰えて、普通に歩くのもままならないくらい体力が落ちてしまうだろう。
これから死刑台に上がる人間に、自力でそこまで行けるように仕向けるとは、なんて残酷なのだろう。一体誰が思いついたのだろうか……
それはもしかして国王だろうか?
自分のせいであの男は愛する王妃を長年苦しめ、しかも第二王子を王太子に出来なかった。
それに愛人とお腹の子を城から追い払って(やったのは娘だが……)、彼女の寿命を縮めてしまった。
しかも国王の息子とは知らなかったとはいえ、隣国へ売り飛ばしていたのだから、何をされても文句は言えないか……
自分が領地経営を顧みなかったせいで、領民が南の隣国に逃亡したせいかな… 国王はあの国の国王の元に嫁いだ第一王女を溺愛していたからな。前々から領地を任せている執事に注意されていたのに、その話を右から左へ流してしまった・・・
その上、自分がこの国政を好き勝手に動かしたせいで、国の屋台骨を揺がせ、社会情勢を悪化させてしまった。
それとも、やはり教会の事かも……民衆を欺いて聖水を売り捌いていたらしいからな。
いや、もし国王でなかったら、いつも私に歯向かっていた宰相かな?
あいつは死んだ父親同様に、目の上のたんこぶで邪魔だったな。真面目で頑固で融通が効かなくて。
だがあいつは頭はいいが、そんな腹黒い事を考えられるタイプじゃないな。
すると、エメランダの息子か? あいつなら市井でただ一人生き抜いてこれたくらいたくましい人間だ。しかもあの教会で育ったというではないか……世の中の裏も表も、もしかしたら自分よりも詳しいかも知れん。あいつなら・・・
しかし、一族や派閥の人間にプラカードを持たせて歩かせるなんて、こんな狡猾な事をあんな若者が思い付くだろうか?
恐らく無理だ。
となると、ローバートか・・・ ははは……まんまと騙されたな。
確かに子供の頃は、自分に対して正論をぶつけて反論してきた。あいつは王妃に教育されてご立派な帝王学を学んでいたからな。
しかし、そんなものは理想論で非現実だ。実際には役に立つ訳がない事を教え込んでやったら、次第に反抗しなくなっていった。
だからすっかり騙されていた。あいつは自分のいいなりになっていると思った。そしてこれからも自分の傀儡の王となってくれるものだと思っていた。そのせいで油断してしまった。
あれは本当は自分の事をずっと憎んでいたのだ。そして一発逆転の機会を密かに企んでいたのだ。
まさしく理想の王だな。それを見抜けなかった自分が負けるのは当然の結末だな。しかし、間違いなく、自分はあれの祖父なのだ。
ヴェオリア元公爵は憑物が落ちたように穏やかな顔になった。街道の端で罪人の列を見送っていた人々から石を投げつけられても、前を向いて俯く事はなかった。
王都の中央広場に設けられた仮設の公開裁判所で裁きを受けたのは、教会長と、元側妃であるシシリア=ヴェオリア、シシリアの乳母で王宮の侍女をしていた女、そして元ヴェオリア公爵だった。
この四人には有罪判決が出て絞首刑を言い渡された。
元乳母の侍女はその場で気を失い、教会長は「神よ、助け給え!」と叫んで雨のような石をぶつけられて泣き喚いた。
そして元公爵の男はこう言った。
「私の間違いは人を見る力が無かった事。人を育てる事が出来なかった事。数の多さを力だと勘違いをした事。人々の事も考えられないのに国のトップになろうとした事です。
それらの過ちは私の死で償えるとは思っていませんが、罪を認識させて貰った事に感謝します」
人々の怒号の嵐の中でも、王太子の耳にだけは何故かその言葉はちゃんと届いていた。
そしてその後、元公爵は仮の裁判所の隣に設けられた死刑場において、粛々とその刑に従ったのだった。
しかし、彼の娘は父親の姿とは真逆だった。
顎をかち割られた事によって顔が変形し、ろくに喋れなくなっていたのにも関わらず、喚き散らし、暴れ続けた。そして最後の最後まで醜くみっともない姿を晒してから消えた。
「罪を一段階軽くしてやるから正直に話せ! 自白剤を飲んだ後から自白したらそのまんまの罪だぞ。
もし毒殺の手伝いをしていたなら、たとえそれが未遂だろうが、毒殺刑になるだろうな」
城の中の尋問室で、近衛第三騎士団の騎士達にこう迫られた侍女やメイド達は、あっさりと自分達の罪を認めた。
王妃の悪口を有る事無い事言いふらし、第二王子を側妃側に引き込んだ事。
第二王子妃やエメランダを毒殺しようと、何度となく試みた事。
エメランダの他にも国王が目をかけた侍女達を苛め、怪我をさせ、城から追い出した事。
王太子妃の情事を手引きした事。
宝石やドレスを好き勝手に購入しては、ヴェオリア公爵の名を使って脅し取る手伝いをしていた事。
侍女やメイド達のほとんどが好きでこのような事をしていた訳ではなく、側妃や彼女の元乳母によって脅され強制されて、逆らえずにやった事が分かった。
彼女らの話は殆ど同じような内容で、その確認のために、一番地位の高い者に貴重な自白剤を飲ませた事でそれが証明された。
しかし、いくら命令だったとはいえ、王妃や寵妃、王子妃の毒殺の手伝いをした罪は重い。故に無期懲役刑が既に確定していた。
裁判では彼女達の証言によって、シシリア=ヴェオリアの罪状が次々と明らかになったが、最後まで彼女は自分の非を認めなかった。
そして息子である王太子に縋ろうとしたが、四か月ぶりに顔を合わせた彼からは、ただ冷たい視線を返されただけだった。言葉一つさえ与えられる事はなかった。
王太子は国王や王妃、そして宰相達と共に、仮の公開裁判所の一番高い席から、ただ静かに最後までそれを見届けたのだった。
はっきりとは書きませんでしたが、元公爵の推理は当たっています。
もちろん人を見る目のない彼は、レオナルドの存在をあまり認識していなかったので、彼の名前が上がっていなかっただけなのですが……
読んで下さってありがとうございました!




