第八十七章 国王の決断
とうとう国王が覚悟を決めました!
そしてノアがこの章でもビシッ!と決めてくれます!
国王はノアが淡々と彼のこれまでの生い立ちを語るのを聞いた。今日散々駄目な自分を見せつけられたが、このノアの話は極めつけだった。これで本当に彼は止めを刺された。
ノアの母親のエメランダはシシリアに苛められ続け、子を孕んだ事が分かると命を狙われ始めた。
エメランダはそれを国王に訴えた。しかし国王はそれを彼女の誤解だと思った。何故なら優しくて愛情深いシシリアが、エメランダを苛める訳がないと。しかも命を狙う訳がないと。
『侯爵令嬢のシシリア嬢ならともかく、平民のエメランダをお召になるなんて、王女である自分を蔑ろにしている。許せない』
王妃が陰でそう怒っているとシシリアに聞かされた国王は、エメランダを苛めているのは王妃だと勝手に思い込んだのだ。
まさか王妃がエメランダの命まで奪おうとしているとまでは思わなかったが。
全く間抜けでお門違いであった。エメランダは国王では何の助けにもならないと、不敬、不義理を責められるのを覚悟で王妃に助けを求めたのだった。
ある日エメランダが一通の手紙を残して忽然と城からいなくなった。
手紙にはお腹の子を絶対に失いたくないので城から出ます。
私は私の言葉を信じてくれないような方とは共に暮らせません、と書かれてあった。
国王は、エメランダが本当に怖い目にあっていて、真剣に悩んでいた事にようやく気付いたが、時既に遅しだった。
二年以上エメランダを探させたが結局彼女は見つからなかった。
そして苛めを疑った事で王妃との仲は修復不可能な状態になり、彼らは公の場や、必要最低限の話しかしなくなった。
つまり仮面夫婦になったのだ。
「私は自分の血を嫌っていましたが、やはり似てるのは仕方ないのでしょうね。
私は子供の頃から自分に自信がなくて、だからこそ人を信じられなかった。でも、ある女の子から言われたんです。
『あなたは何も悪くない。あなたはそのままでいいのよ。今まで辛かったでしょう。頑張って生き抜いてくれてありがとう。おかげであなたと出会えて友達になれたわ』
って。
もう一人いた子も頷いて私の手を取ってくれました。
私の人生はこの二人の友人のおかげで変わったのです。本当に自分の事を好きなのか不安になって、色々と捻くれた真似をしましたが、それでも彼らは変わりませんでした。
私は彼らに相応しい人間になろうと決心しました。だから隣国へ売られて彼らと会えなくなってからも、人の道から逸れる事なくこれまで生きてこられました。
私と陛下との違いは、自分にとって大切な人を見誤らなかった事です。私は二人のおかげで更に大切な人達が増えていって、今はとても幸せです。
陛下は本当は王妃殿下を愛していらしたのでしょう? 私の母との事を『真実の愛』とおっしゃったそうですが、それは母が王妃殿下に気質が似ていたからですよね?
陛下は王妃殿下との仲を回復出来そうにないという諦めから、年の差があって、しかも平民の母とならば、愛を自由に語ってもご自分のプライドが傷付かないと思われたのではないですか?
そうでなければ、それまではあのシシリアのような悪女にご執心だったのに、あの女とは真逆の母を、わざわざ必死になって追いかけ回す筈がないですよね?」
「君って相変わらず容赦がないね?
普通そこまで言うか?」
ノアの耳元で、それまでずっと黙っていたレオナルドが小さな声で言ってきた。
ノアは主であり親友の男に向かってこう返した。
「無礼講だと王妃殿下の許可を頂きましたし、お会いするのもこれが最初で最後でしょうから、言いたい事はきちんと言っておかないと、後悔しますからね」
と。
最後……ノアのその言葉に国王は瞠目した。そしてそれから覚悟を決めたようにこう告げた。
「今更君に何を言っても言い訳になるし、謝って済む事でもない事は分かっている。
ただ一言言わせて貰えるなら、生まれてきてくれてありがとう。そして生きていてくれてありがとう。君は不本意だったのだろうが、君に会えた事を幸せに思うよ。
君の言う通りに私は退位しよう。しかしその前に、これは王としてではなく父親として、自分の撒いた種だけは自分の手で刈り取らせて欲しい。ヴェオリア公爵は私の手で始末させて欲しい」
国王のこの言葉にノアは眉間に皺を寄せた。
「今更いいとこ取りしようと言うのですか?」
あまりにも露骨な、いや正直な物言いに、みんなは絶句した。王侯貴族は心の中でどう思うとも、本音を言わないのが暗黙のルールだ。
しかもノアは『名を捨てて実を取る』タイプだと思っていたので彼らは驚いたのだった。
しかし、確かにノアは王妃以外の王族を嫌っていた。いつも平然と罵っていたっけ……と彼らは思い出した。
それにノアにとって尽くすべき人間は主夫妻だけだった。主の業績を横取りしようとしている人間など、それはもはや敵以外の何者でもない。
いやそもそも諸悪の根源はこの国王ではないか……それなのに何を言っているんだ……と、ノアは考えているのだろう。少し間を置いてみんなはそう思い至った。
その時、レオナルドがノアの肩に手を置いて静かにこう語りかけた。
「ノア……陛下は臣下の成果を横取りしようとか、皆に国王の威厳を示そうとかしようとして、最後の獲物を狩ろうとしていらっしゃる訳ではないと思うよ。
陛下は王太子殿下に親族を断罪させたくはないんだろう。どんな人間だろうと、やはり血の繋がっている肉親を直に裁くのは、必ず心にしこりを残す事だろうから。
息子にそんな思いをさせたくないのだろう」
だからせめて原因を作った自分自身が決着をつけるべきだと、そう国王は決心をしたのだ、とレオナルドはそう思った。
「私は別にしこりなどは残らないだろうと思いますが、自己満足で陛下がそうなさりたいなら、別に構いませんよ」
王太子のこの塩対応にさすがのレオナルドも苦笑いしたが、国王はただ『ありがとう』と言っただけだった。
その後、国王は近衛第一騎士団の騎士全員を集め、彼らにヴェオリア公爵とその娘で側妃であるシシリアの逮捕を命じたのだった。
彼らは一行が最後に宿泊する予定の宿に先回りし、護衛騎士達を密かに捕らえて、近くに既に設置されていた収容所へ連行した。その後で近衛騎士達がその近衛騎士達と速やかに入れ替わったのだった。
ヴェオリア公爵一行の昼食には眠り薬を仕込んであったので、彼らが寝込んだ後は、使用人達は収容所へ、そして公爵とその娘は王都の先にある離宮へと眠ったまま運ばれて行ったという訳だ。
「陛下、一体どうなされたのですか? 何故私達をこんな目に遭わせるのですか?」
「裁きの前にお前達にその罪をきちんと認識させる為だ。お前達がこれ以上みっともなく足掻けば、王太子に傷が付くからな」
「陛下、罪とは何のことでしょう?それに何故こんな所に私達を連れ込んだのですか? 私は王宮に帰ろうと思っていたのですよ? 陛下の元へ」
シシリアが国王に訴えた。しかし国王は彼女に言った。
「お前が王宮に戻る事は二度とない。そうだな。まだはっきりと決めた訳ではないが、なるべく多くの国民のいる場所でそなた達の罪を暴き、皆の納得のいく罪状で正しく処罰するつもりだ」
「何をおっしゃっているのですか? 私は貴方の妻です。側妃ですわよ」
シシリアは訳がわからないという顔で夫である国王に向かって訴えた。
国王と離れていたのは四十日ほどだった。確かに王都を離れる前、春先頃から国王は様子が変だった。何かに怒っている様子でかなりイライラし、珍しく周りの者を怒鳴りつけたりしていた。
シシリアがいつものように甘い言葉で宥めようとしたが、国王は彼女を近づけさせなかった。
もしかしてまた誰か気になる女が出来たのか? シシリアは国王の浮気を疑ったが、配下の近衛騎士や侍従達に問いただしてみても、そんな事は絶対にないと証言した。寧ろこのところ女っ気は一切なかった。
「陛下もそろそろお身体に変化が表れるお年になりましたから、そのせいで精神状態が不安定になられていらっしゃるのではないでしょうか…
騒がず少しご様子を窺うのが宜しいかと存じます」
そう侍医に言われてシシリアは納得した。そして一応陛下の様子をよく観察して報告するように、と配下の者達に命じてヴェオリア公爵家の領地へ向かったのだった。国内最大の秋祭りを楽しむ為に。
そして彼女は人生最後の秋祭りを心ゆくまで堪能した。一日置きに届く侍従長からの手紙にも、変わった事は書いてなかったし、国王も大分平常に戻ってきたと報告されてあったのでホッとしていた。
まさかその手紙が、地下牢獄の中で、スチュワート公爵の指示の元で書かれていたとは思いもしなかった事だろう。
そう、スチュワート公爵とは、側妃によってずっと苦しめられ、お腹の子と共に命を狙われ続けたマリア第二王子妃の父親である。
「お前とは今日限りで離縁する。お前はもう側妃でも何でもない。ただの公爵家の娘に戻る。まあ、それもあとほんの僅かな間だろうがな」
国王の言葉にシシリアは目を見開いた。するとそこへ間髪を入れずに目の前の床の上に離縁状が置かれた。
「ここにサインをして下さい。サインをするなら縄を解きます。でもする気がないのでしたら、そんな手はもう必要ありませんよね。切り落としてからこちらで勝手に拇印を押しますから、それでも構いませんよ。どちらを選択されますか?」
離縁状を置いた若い侍女が言った。年齢にそぐわない冷酷無比な物言いに、シシリアは思わず身震いした。そして侍女の顔を見つめて思わずこう尋ねた。
「お前は一体何者?」
すると侍女はその美し過ぎる顔に氷のような微笑を浮かべて答えた。
「母親のお腹にいる時からお前に命を狙われ続け、どうにかこうにかやっと生まれてきたら、今度はそこのジジイに指示された奴等のせいで、隣国へ売り飛ばされた者ですよ。
それはそうと、お前の腕から手を切り取った後は、きちんと塩水で傷口を洗ってあげますから心配しないで大丈夫ですよ?
昔、私の母親にもそうしてばい菌が入らないようにしてくれたでしょ? やはりして頂いた恩義はきちんと返さないといけませんからね……」
ガラスの破片を押し付けられて涙を流していた美しい女の姿が、シシリアの頭に浮かんだ。目の前の侍女の顔は、その映像の女にそっくりだった。
シシリアは恐怖に慄いた・・・
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