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第八十三章 正気に返った妻

 段々と本丸に近付いています。


 ヴェオリア公爵の嫡男夫妻とその息子夫妻が乗っていた馬車が、王都に入ろうとした途端に急停止した。

 

「何事だ?」

 

 ヴェオリア公爵の嫡男アーチーが御者に尋ねると、

 

「税関です」

 

 と返事が返ってきたので、アーチーは腹立たしくなって声を荒らげた。

 

「構わん。止まらずに行け。ヴェオリア公爵家の紋章が見えるだろう」

 

 しかし、馬車は動き出さない。いつもはヴェオリア家の馬車は税関で検閲など受けないので、止まる事なく通過しているというのに。

 何をしているのだ! アーチーと息子が再び御者と執事に声をかけたが、今度は返事もなかった。しかしその代わりにやたらと外が騒がしくなった。

 

「一体何なんだ?」

 

 アーチーが窓を開けると、彼らの乗った馬車と、その前後に止まっている馬車や幌馬車、そして護衛の乗った馬まで全て、王家の紋章の旗印を掲げた騎士団にぐるりと囲まれていた。

 しかも荷台は騎士達によって検閲されていた。

 

 

「誰の許しを得て我がヴェオリア公爵家の荷を調べておるのだ!」

 

 アーチー=ヴェオリアが窓から顔を出して叫ぶと、直ぐ側に立っていた騎士が言った。

 

「十日前に税関を通る人や荷物を全て検閲をするようにと、陛下から全権を委任されている王太子殿下からお達しが出ている。

 たとえ王侯貴族であろうと一切免除するなとのご命令だ」

 

 その声の持ち主は、アーチーもよく見知っている近衛第三騎士団団長だった。

 

「ローバートが何故そんな事を。陛下はいかがしたのだ?」

 

「王太子殿下を呼び捨てにするとは何と不敬な!」

 

「私はローバートの叔父だぞ!」

 

「そんな事は関係ない! 無礼者! こやつを引きずり下ろせ!」

 

 団長の命令で二人の近衛兵が馬車の中に入って行って、アーチーの両腕を掴んで外へと引きずり下ろし、彼を後ろ手に縛った。

 

「何をする!」

 

 アーチーの息子が馬車から慌てて下りた時、後方から別の騎士の大きな声が上がった。

 

「団長! 幌馬車の荷の中から違法麻薬の『ケッシシィー』を見つけました!」

 

「まことか?」

 

「小麦粉の袋の中に小分けされて隠されていました。色、形、匂い、間違いありません」

 

 騎士のこの言葉にアーチーの息子が叫んだ!

 

「麻薬などは知らぬ! その小麦は縁者より贈られたものだ」

 

「ほう、その縁者とは誰だ?」

 

 団長の問いに息子は黙った。親類の一族を裏切るようで躊躇ったのだ。しかし、

 

「名が言えないという事は、本当は貴様の領地において麻薬になる植物を栽培し、製造しているのだろう? この犯罪者どもを城の地下牢獄へ連行しろ!」

 

 という団長の言葉に驚いて慌てふためいたアーチーが叫んだ。

 

「我が領地では絶対に違法な植物など栽培していない。その小麦は王都まで運んでくれと、ココット伯爵から依頼されただけだ」

 

「何故公爵様が伯爵家の小麦粉なんか依頼されて運ぶんだ? おかしいだろう。

 ヴェオリア公爵家の荷物は関所を素通り出来るからって、王都への持ち込みの手伝いを頼まれたんだろう? その謝礼は金か?薬か?それとも悪事の下働きか?」

 

「違う! そんな事はしていない。教会で神に誓う!」

 

「教会だと? 人身売買、幼児虐待、婦女暴行、恐喝、詐欺、賄賂、寄付金の横流し及び着服・・・数々の犯罪を犯した教会に誓って何になるのだ!

 そもそも貴様らは、その犯罪者の共犯者、いや親玉であろう?」

 

「「違う・・・!!」」

 

 彼らは叫んだが、彼らの言葉を聞こうとする者などいなかった。

 結局馬車に乗っていた夫人二人も外に出されると、息子も含めて後ろ手に縛られ、紐で繋がれて城へと歩かされた。

 しかも彼らの先頭を歩かされた御者と執事はプラカードを持たされていた。

 そこには『王太子殿下を呼び捨てにした不敬罪』と『違法麻薬の保持及び王都への持ち込み』という現行犯で申し開きの出来ない罪名が記されていた。

 これから調べ上げられたら、何枚のプラカードが必要になるのかわからないに違いない・・・

 

 

 やがて彼らは王城に着くと、すぐに地下牢獄へ連れて行かれた。

 基本牢獄は独房だ。しかしアーチーとその妻は独房に二人一緒に入れられた。息子達は別々の独房に収監されたようだが。

 

 そしてアーチー夫妻は向かいの独房にも二人の人間がいる事に気が付いた。しかも、それは見知った顔だった。

 

「ローズメリーじゃないか! 何故お前までこんな所にいるんだ?」

 

「お父様、お母様まで何故ここへ?

 まさか私のせいでお父様達まで投獄されたのですか? そんな酷い……」

 

「お前のせいとは何だ? お前は一体何をやらかしたのだ?」

 

「・・・・・・・」

 

 父親の問いに娘は答える事が出来なかった。しかし彼の左隣の独房から声が聞こえてきた。

 

「何をやったかだって?

 お前の破廉恥な阿婆擦れ娘は、王太子殿下がお仕事でお留守をしているのをいい事に、浮気相手の公爵様を夫婦の寝室に連れ込んで楽しい事をしてたんだよ!」

 

 その声には聞き覚えがあった。アーチーの学生時代からの友人で、近衛第三騎士団の筆頭騎士だった。

 腕が立ち、情に厚い男だ。正義感にあふれた真面目な彼が何故こんな所に? 

 しかも、王太子妃である我が娘を阿婆擦れだなんて、なんて事を言うのだろうか? 

 

 ショックのあまりにアーチーが何も言えないでいると、友人はこう続けた。

 

「俺は友人である貴様の娘だからこそ、思わず守ってやろうと飛び出したんだ。その結果王太子殿下に対する裏切り行為だと言われて投獄されたんだぞ!

 真っ裸でいたんだから男としていたんだと当然気付くべきだったんだ。しかし、貴様の娘がそんな真似をするとは思いもしなかったし、部屋に押し込んできた不審者に無理矢理に手籠めにされたのだと思ったのだ! 

 それなのに、侍女達に見張らせて情事をしていたというではないか!

 くっ……

 お前の娘のせいで俺は不忠義者になってしまった。騎士として俺はもうおしまいだ!」

 

 友人の咆哮のような嘆きの声が地下牢の中に響き渡った。するとそれに呼応するかのように、彼の娘だけでなくアーチーを非難する罵詈雑言の嵐が沸き起こり、その多くの声が耳をつんざくように地下牢の中で響き渡った。

 そしてそれらの声が振動して彼の頭の中を直撃し、やがて彼は気を失ってしまった。

 

 アーチーが我に返ると、辺りには静寂が戻っていた。そして彼の直ぐ側で妻が、石壁にもたれてボーッと天を仰いでいた。

 

「大丈夫か? 正気か?」

 

 妻の様子に不安を覚えてアーチーがこう声をかけた。すると焦点が合っていないと思っていた妻が、キッとした顔を夫に向けた。

 

「正気かですって? ええ、ええ、ようやく正気になりましたよ。貴方と結婚してからおかしくなっていましたが、お陰様でちゃんと正気に戻りましたよ」

 

「何を言ってるんだ?」

 

「貴方って昔から観察力が足りなかったわよね。ただ父親の言いなりだったから、自分の目で見ようとしなかったし、父親の言葉以外人の意見も聞こうとはしなかったわよね」

 

「何を言っているんだ、さっきから」

 

「前の独房にいる自分の娘の姿を見てみなさいよ。毛布を被っているけど、服を着ていないわ。側にいる男もね。

 あの男を知ってる? あの男は娘の幼馴染みで初恋の相手で、ずっとずっと思い合っていた男よ。

 そう、貴方が無理矢理二人を引き裂いたからこうなったのよ。子供が出来た時に一緒にさせてやっていればこんな事にならなかったのよ。

 子供を下ろさせたからあの子は、もう二度と子供が産めない身体になったのよ。そして王宮で皆に蔑まれ、哀れな女だと見下され、辛い思いをしてきたのよ。

 だから救いを求めてまたあの男と関係を持つようになったんだわ!

 みんな貴方のせいよ!

 私も娘もあれほど王家に嫁ぐのをやめさせて欲しいと言ったのに…」

  

「それは父上の命令だったのだ、仕方がなかったではないか?」

 

「父親の命令だから仕方ないですって? 貴方は立派な成人だったんですよ。あの男の子供である前に、子供達の父親であるべきだったでしょ!

 あの子は貴方の姉とは違って、野心や野望なんて持っていなかったし、いくらお義父様に命令されたって、お義姉様のように夫を操れるはずがなかったのよ。

 王太子殿下は大人しくてお義父様に逆らわない振りをしていたけれど、陛下と違って頭が良くて強い意志を持つ方だったわ。

 あの方が策士家だという事は、よく観察していればわかった事でしょうに。貴方は本当に何も見えてないのね!」

 

 妻は今まで見せた事のない冷たく嫌悪に溢れた顔で、夫を睨みつけた。そして伸ばしてきた手を叩き落としたのだった。

 

 そんな夫婦の姿を、そして会話をじっと観察している者がいる事を地下牢に入っている者達は誰一人として気付かなかった。

 

 これだけ多く投獄された人物達を調査するのは、時間も人件費もかかり過ぎる。それ故に彼らの様子を細かに観察して記録するように王太子から命じられた者達がいた。

 それは現国王の元では報告も必要とされず、虚無感に襲われながらも任務を遂行してきた『影』達だった。

 今度の新しい主はきちんと我々の報告を聞いて役に立ててくれる事だろう、と彼らはそう信じて任務を遂行していた。そしてその期待は裏切られる事はなかったのだ。

 

 ヴェオリア公爵家の中で唯一まともだったのは、嫡男の嫁でした。

 ヴェオリア公爵の親戚筋の娘で、もちろん政略結婚でした。才色兼備で優しい女性でしたが、夫が父親に言いなりだったので、結局一人では戦えずに埋没してしまいました。


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