第八十一章 義兄の悔恨
王城での大騒動の別視点からの話です!
国王が王妃や第二王子妃達と共に離宮へ行った直後、王太子は次代の側近候補を召集し、各自に指令を出していた。
彼らが至急かつ重要として与えられた任務は、ヴェオリア公爵領と王城間の連絡網と人員の配置作りだった。
もちろんそれはヴェオリア公爵家の動きを把握、監視し、それを王城へ報告するためだ。
あともう一つは、王都を起点として各地方へと伸びている、全街道に設置されている関所へ緊急事態を宣言し、その対応を指導する事だった。
国王陛下から全権を委任された王太子殿下が、いよいよヴェオリア公爵を表舞台から引きずり降ろして国を改革しようとしているのだ。
その為にこちらの情報が、ヴェオリア公爵家一派に知られる訳にはいかない。そこで関所における出入りする人の身元確認の厳重化と、騎士隊の増員を図ろうとしたのだ。
しかし彼らが出来るのは計画案だけであって、そこへ割く人員がいないのでは、そんなものはただの絵に描いた餅になってしまう。
どうすればいいのかと彼らが焦りを覚え始めていたある朝、いつものように登城してみると、上を下への大騒ぎになっていた。
何事かと思えば、昨夜、当直当番だった公爵が、王太子殿下がお帰りにならなかったのをいい事に、王太子妃殿下の元へ夜這いに行き、それを王太子殿下の侍従に見つかってしまったというのだ。
これだけでも大事なのに、その直後、王太子殿下の命に逆らって王太子妃を庇おうとした侍女や侍従、一部の近衛第三近衛騎士まで捕縛され、地下牢獄へ投獄されたと言うのだ。
その上、夜中に王太子殿下が緊急命令をお出しになっていたので、早朝から近衛第二騎士団の面々が次々と罪人を引っ立てて登城し、その者達を地下牢獄へ放り込んで行ったらしい。
これら一連の話を聞いて、王太子の側近候補達はようやく気が付いた。自分達は殿下に選ばれし人間だと今まで自惚れていたが、それが勘違いだったという事に。
王太子の改革計画はとうの昔から進められていて、水面下では既に着々と実行されていたのだ。
それを知らさられていなかったという事は、自分達は王太子のブレインなどではなかったという事の証明だった。
しかし思い返してみればそれは当然だったのかも知れない。周りを見渡してみても、どの顔もどっちつかずな日和見主義な連中ばかりだ。そう、自分を含めて……
あの時王太子殿下に召集されたから、なんとなく王太子側に付いただけだ。
もし声をかけてもらえていなかったら、自分達も何も深い事を考えずに王太子妃側について、今頃は地下牢獄の中だったかも知れない。
これは温情だ。王太子殿下の幼馴染みや同級生だったから……
これからははっきりと王太子殿下に忠誠を誓うという意思表示をして誠心誠意尽くさねばならない。
彼らはようやく自分達の立ち位置を悟ったのだった。
そしてそんな彼らの中でも、もっとも自分の情けない立場を思い知らされたのはザクリーム侯爵の義兄の侯爵だった。
彼が大混乱している城内で、ただ呆然と傍観していた中、妻の弟であるザクリーム侯爵は、テキパキと騎士団や事務方に指示を出していた。
そして驚く事にその指示を受けていた方も、それに従うのがさも当然であるかのように、素直にそれを受け入れて動いていた。
つまり、義弟はこの王城では既に王太子や宰相のブレインだと皆に認知されていたのだ。
もちろん彼が非常に優秀で、宰相からスカウトされて城勤めをするようになった事は知っていた。
「宰相閣下って本当にしつこかったのよ。レオに自分の後継者になれなれって。レオがまだ十二、三歳の頃からよ。
そのうち外務大臣閣下まで参戦してきたのよ。レオの顔だけで一騎当千の活躍が出来るって。冗談にしてもふざけ過ぎてるわ。
そのうち側妃殿下が侍従にしたいと言ってきた時には、本当に姉と一緒に絞め殺してやろうと思ったわ。思惑が見え見えじゃないの。破廉恥過ぎるでしょ!
王妃殿下が守って下さらなかったら、どうなっていたかわからないわ」
以前妻のカレンが鼻息荒くこう言っていた。しかし、夫はそれを真剣には受け取ってはいなかった。
妻とその姉スージーは弟を溺愛していたので、単なる身贔屓だと思っていたのだ。
妻と義姉はやたらと自分達夫を弟と交流させたがっていた。しかし、自分達はそれを無視していた。
年の離れた義弟と触れ合うよりも、今現在高い地位に就いている権力者と繋がりをもった方が得策だと思っていたからだ。
そうこうするうちに、妻達は夫と弟との仲を取り持とうする事はなくなり、結局義弟との仲はよそよそしいまま現在に至っている。
義弟が城勤めを始めると、彼が宰相の秘蔵っ子だという噂が耳に入ってきた。
そして義弟は経験値を上げるためだといって、若くして外交官として北の隣国への赴任を命じられた。
するとほんの僅かな期間で大きな業績を上げ、隣国からも感謝の意が王城に届けられていた。
身内にあんな出世頭がいて羨ましいよと、周りから言われるようになって、初めて彼は自分の失敗に気が付いた。
妻は自分の為に義弟との仲を取り持とうしていたのに、自分はそれを無下にしてしまったのだ。
最近では妻は自分の前で弟の話をしないし、妻の実家に誘う事もない。義弟が事故に遭った時も、お見舞いに行こうとして断られたくらいだ。
それ故に周囲から義弟君の具合はどうかね?と尋ねられても適当に答えるしかなかった。
そして一番困ったのは義弟であるザクリーム侯爵を紹介して欲しい、仲を取り持って欲しいと依頼される事だった。
ほとんど話もした事がないのに紹介など出来る筈がない。こちらが仲を取り持って欲しいくらいだった。しかし、そんな事を言えば自分の評価を下げるだけだったので言えなかった。
だから断る時には、自分が妻に言われている言葉をそのまま返していた。
「申し訳ありません。義弟は大変多忙にしておりますので、時間を取る事が出来ません」と……
妻の義兄である公爵と、妻の義妹の父親と兄が投獄されたと聞いた時、侯爵は身体の震えが止まらなかった。
義弟であるザクリーム侯爵は自分の愛する者、大切な者、信頼出来る者に対しては何を犠牲にしてでも守ろうとする愛情深い人間だという。
しかし、その愛する者達を裏切ったり、傷付けたり、粗末に扱う者に対しては容赦しない……いつか妻がそう言った時、侯爵は鼻で笑っていた。
ところがそれは事実だったのだ。義兄の公爵は長い間義姉を裏切り続けていた。義妹の家族は彼女を虐待していたと聞く。
つまり自分が今こうしてこの場に立っていられるのは、とりあえず妻を蔑ろにしたり、浮気をしたりしなかったからなのだろう、と侯爵は悟った。
しかし、既に自分は義弟には見限られているのだろう。妻が私に弟との接触を望まなくなった時点で……
侯爵は悔恨の念に襲われた。
『私は愚かにも妻にずっと嫉妬していたんだ。それは彼女が容姿から頭脳から性格まで、家柄以外全て私を上回っていたからだ。
しかし、彼女はいつも夫である私を立てて、決して見下したり、無下に扱った事はなかった。
そう、私が彼女の弟をぞんざいに扱うようになるまでは……
彼女は溺愛する弟を軽んじたからという訳ではなく、人を見る目の無い自分に見切りをつけたのであろう。
もしかしたらもう挽回は出来ないのかも知れない。しかし、今後貴族社会で、王都で生きて行くためには、絶対に妻に捨てられないようにしなければならない。
そう、自分は妻に見捨てられない為に、これからは仕事にいっそう邁進し、ザクリーム侯爵や王太子殿下の少しでも役立たてる人間にならなければならない』
侯爵は混乱の中でこんな三段論法を導き出した。そしてその時、不意に声をかけられた。
声の方に顔を向けると、そこに自分の頭の中に先ほどまで居た話題の人物の顔があったので、彼は思わず小さな悲鳴を上げた。
するとその絶世の美男が不審な者を見るかのように眉を少し上げた。しかしすぐにいつもの無表情な顔に戻してこう言った。
「侯爵、緊急対策本部の執務室にて、街道の連絡網及び人員配置図の試案を確認させて頂きたいのですがよろしいですか?
宰相閣下から、人員が確保されたので割り振りをするようにと命じられたのですが……」
「えっ? この状態で人員が確保されたのですか?」
義弟であり、五つも年下で、正式な役職があってないような若造に、緊急対策本部副部長の侯爵が丁寧な言葉で聞き返した。
妻と結婚して間もない頃は『義兄上』と呼んでくれていた義弟も、自分が塩対応をしたせいで、その後はただ『侯爵』と爵位で呼び、全く他人行儀になっていた。
しかも、この義弟は間違いなく近い将来の宰相様であり、自分の上司になる事は確定的だ。丁寧に対応すべきだと、無意識に頭の中が判断していた……
「私は下っ端なので我が屋敷には連絡がなかったのですが、やはり宰相閣下の元には城から緊急連絡が行ったんだそうですよ。
それで登城されたらこの有様でしょう? これでは人手不足で大変な事になってしまうと、その場にいらしたフォールズ師匠に、教え子を召喚して欲しいと依頼されたのだそうです。
すると昨夜のうちに教え子に声をかけて下さって、まだ半日も経っていないのに、協力者が大分名乗りを上げて下さっているんですよ。
王都にいる方々でこんなにいらっしゃるのだから、地方の皆さんも含めたらとんでもない数になるんじゃないですかね?」
昨夜と言えば、この城内外で大騒ぎが起こっていた真最中にそんな事が同時進行していたのか……
しかも、王太子殿下も義弟のザクリーム侯爵も城には居なかったというのに……
そういえば、まだ何の証拠もなく、ただ王太子の命に従わなかったという理由だけで、普通、近衛第三騎士団の副隊長のライスリード伯爵まで投獄するだろうか?
しかも貴重なブレインの義理の父親や兄を?
もしかしたら最初からフォールズ男爵の支援を受けやすくする為に、邪魔なライスリード伯爵の身柄を拘束するつもりだったのか知れない。元々義弟にとって義父と義兄は憎むべき相手で報復対象者だったろうし……
ヒヤリ・・・
冷たい汗が侯爵の背中を流れ落ちて行った。
「それと、関所の方のリーダーも決まったので、既に昼前から配置に就いて、指揮を執ってもらっています。
早朝で申し訳なかったのですが、私の友人に連絡を取って依頼したら、有り難い事に皆さんその場で即断即決して下さったんですよ」
義弟は妻に似た美しい笑みを浮かべながら侯爵にこう言うと、義兄を先導するかのように、足早に緊急対策本部の執務室へと向かったのだった。
義兄、義弟、義姉、義妹と、わかりにくいかも知れませんが、文の前後で判断して下さるとたすかります。
そろそろヴェオリア公爵との対決になると思います!
読んで下さってありがとうございました!




