第八十章 聖職者への制裁
貴族の次に、今回は教会関係者へのお仕置きです!
王城内で粛清が行われて五日ほど経った。あれほど騒然としていた城内もようやく静寂を取り戻していた。
いや、嵐の前の静けさと言うべきか……ヴェオリア公爵との最終決戦を目前にして、みんな緊張感を持って各自すべき事を着々と進めていた。
教会関係のうち人身売買ルートの方はあっさりと解決していた。
元々北の隣国の協力でほとんど証拠が揃っていた上に、例のノーバン男爵が簡単に全てを白状したからだ。
法務局の局長は宰相から、ザクリーム侯爵の進言通りに司法取引をしろと命じられた。
とにかく今回はスピードが最重要視されたのだ。ヴェオリア公爵家一派が王都に戻って来る前に、彼らを完璧に断罪するための準備を完了させておかなければならないからだ。
ノーバン男爵は財産没収の上に一族郎党平民落ち、家族は国外追放、そして本人は公開処刑……になる筈だった。
それを、親族はお咎め無し、家族は平民落ち、本人は終身労働刑に軽減してやると言ったのである。
その上取り敢えず刑までには二年の猶予を与えると言われたノーバン男爵は、即陥落したのだった。
もっとも、肉体労働の経験のない貴族が実際に重労働をさせられたら、処刑された方がましだったと後々思うかも知れないが…
ちなみにその二年の猶予期間とは、『ノーバン男爵印』の果物のブランドから、別の名前が浸透するまでの期間だ。
実際新しい名前が浸透するかどうかは、次期領主と領民の努力次第であろう。
領主だった元男爵は処刑されても当然の極悪人だったが、ヴェオリア公爵家一派や教会の脅しで加わった経緯があったので、情状酌量されたのである。
そして家族も彼の犯罪を知らず、一切関わっていなかったので、平民落ちはしたものの、以前と変わらず果物栽培に携わって生活出来るようになった。
ノーバン男爵は教会の査察が行われたその日のうちに緊急逮捕されていた。
そしてその証言は、隣国の公安から提出された証拠や、教会の裏帳簿に書かれていた数値と合致していたため、信憑性が高いと判断された。
それ故に彼から名前が上がった関係者はその夜のうちに、王太子の勅命によって全員逮捕されたのだった。
彼らの罪状はノーバン男爵より当然もっと重いものとなるだろう。つまり・・・
そして青薔薇作りの為の聖水違法購入者の件。これは人身売買と比べればかなり罪状は軽い。
しかし、彼らが不正に聖水を入手した事で、本来聖水を受けられるべき子供達がかなりの人数になる為、これが世間に漏れれば、社会的混乱を招くだろう。寧ろこちらの方が政府のダメージは大きいかも知れない。
それにも関わらず、彼らを司法通りに裁いたからといって解決する話ではないのが厄介だった。
しかも、教会やヴェオリア公爵家一派に利用された感があるので、青薔薇愛好家だけにその咎を押し付けるような真似はさせられない。
彼らを捕縛して聖堂側に引き渡した後、近衛第二騎士団長はその点をしっかりと聖堂側に伝え、更に駄目押しをした。
青薔薇愛好家だけに罪をなすりつけ、正しく事の善悪を見極められないようなら、あなた方も教会とグルだったと見做す。
そうなれば教会どころか聖堂それ自体が不必要になるから、城内から撤退してもらうと。
そんな真似が出来る筈がない。聖堂が民衆の心を纏めているからこそ、国は保たれているのだ! と以前の聖堂ならこう言うところだろう。
そもそも自分達は本当にこの件について関与していなかったのだから。
ただ、きちんと教会の管理もせずに好き放題させていた事は事実であり、それは最大の罪である。それによって多くの信者、及び一般の民を苦しめてきたのだから。
自分達まで人身売買と聖水売買、及び洗礼誤魔化しに関与していたと見做されば、完全に民衆の心は離れてしまう。
その上、
『あなた達がいなくなってもこちらは何も困らない。この国の宗教の総本山はそもそも北の隣国だ。あちらから別の者達を派遣して頂ければ済む話だからな。
あちらの国も今回の件ではかなり怒っていらっしゃるので、すぐにでもこちらの願いを聞き届けて下さるだろう』
と、粛清が始まる直前に訪ねてきた、金髪金眼の若い男にこう言われていたのだった。
彼が北の隣国と強いパイプを持っている事は聖堂でも知られていたので、単なる脅しではない事も肌で感じとっていた。
その為に、聖堂側は唯々諾々と近衛第二騎士団長の指示に従ったのだった。
教会関係者がヴェオリア公爵領から戻って来て王都の関所を通過する際、彼らは全員その身に相応しくない白衣を脱がされ、彼らにもっとも適切な罪人服に着替えさせられる事だろう。
そして罪名が書かれたいくつものプラカードに先導され、鎖で繋がれた状態で中央広場へと連行される事になるだろう。
人身売買、幼児虐待、婦女暴行、恐喝、詐欺、バザーの売り上げ金や寄付金の横流し及び着服、ヴェオリア公爵への賄賂・・・
教会長はヴェオリア公爵と手を組んで、この国を滅ぼそうとした悪い魔術師である。
教会の聖職者達は、自分達が修行不足だった為にまんまと悪魔の手の内で踊らされた愚か者だった、という烙印を大衆の中で押される事になるだろう。
まあ全くもって事実に反するのだが、同じ石を投げられるにしても、自ら進んで私利私欲の為に極道の限りを尽くしてきたと思われるよりは、幾分彼らもましだろうから、それを訂正するような真似はしないだろう。
教会長は当然否定するだろうが、彼とヴェオリア公爵との契約書は、ノアによって教会で発見され、差し押さえられてあるので、言い逃れが出来る筈もない。
本来なら、彼らを正しく断罪したいのは山々だが、それをしてしまうと、真っ当な聖職者達までも信用されなくなってしまう。
それでは彼らにとって不本意だろうし、民衆の不安が広がり、国としても困る事になってしまうのだ。
これは聖堂主導で立てられ計画ではあったが、国の関係者は誰一人として、聖堂側が思いついた案だとは思っていなかった。
特に王太子と宰相とカールトン伯爵は、ザクリーム侯爵とノア=リンドン子爵令息の二人が立案した事に気付いていた。
「悪いな、あいつらを正式な裁判で処罰出来なくて……悔しいだろうが、我慢してくれ…」
侯爵家の執務室でレオナルドはノアに頭を下げた。
「謝る必要なんてないですよ。あいつらの口封じ案を提案したのは私ですしね。
元々信徒達の不安を増大させるのは不本意だったんです。
宗教は貧しい者にとって、実際心のよりどころになっていますからね」
こう言ってから、ノアはニヤッと笑った。
「それに、青薔薇愛好家にもそれなりの罰を与えてくれるのですよね? 旦那様」
「二人きりの時はその喋り方はよしてくれっていつも言ってるだろう?」
レオナルドは眉間に皺を寄せて苦々しそうにこう言った後で、青薔薇愛好家に与える罰について、ノアにこう説明した。
ベネディクトに青薔薇について調べさせてみると、聖水によって育った青薔薇には、僅かながらに加護の力が備わっている事が判明した。
それは風邪をひきにくくするとか、疲れを取りやすくするとか、気分を向上しやすくするとか、そんな細やか力ではあった。
しかしそれは本来生まれてすぐに授かる洗礼の時の聖水と似たような作用なのだ。
ベネディクトからその報告を受けた時、レオナルドは思ったのだ。
子供達から洗礼の聖水を授かる機会を奪った青薔薇愛好家の方々には、同じご加護をお返しする事で、罪を償って貰おうと。
青薔薇愛好家の皆さんのほとんどは、青薔薇研究に嵌まる前はプリザーブドフラワー作りを競い合っていたらしい。
このプリザーブドフラワーというのは新鮮な花を特殊溶液に浸した後で乾燥させたもので、見た目は生花のように新鮮でありながら、その美しさを長い間保ってくれるのだそうだ。
その特殊溶液というのがなかな手に入りにくい物らしく、この高価なプリザーブドフラワーを男性側が贈るのは、当然本命の女性に限られているらしい。
女心に疎いレオナルドでも、ドライフラワーよりもそれを貰った方が嬉しいだろうなと思った。
この時レオナルドは閃いたのだ。
美しさを長く保つプリザーブドフラワー、しかもそれがご加護付きだったら、若い独身女性だけでなく、子供がもらっても嬉しいのではないかと。
もちろん、加工された青薔薇でも、ご加護の力はそのままだという事は確認済みだ。
聖水が洗礼に使われなくなったのは、今から四年ほど前からだ。その正式な洗礼を受けられなかった子供達に、ご加護付きの青薔薇のプリザーブドフラワーを贈るのだ。
理由はこうだ。
教会の査察を行った結果、ここ四年、教会から湧き出ていた聖水には、ご加護の量がやや少なかったことが判明した。
そこで、その間に洗礼を受けた子供には、その不足した分の加護を補うためにご加護付きの青薔薇を贈ると・・・
もちろんその青薔薇のプリザーブドフラワーは、青薔薇愛好家の方々が自費で製作するのだ。
当然青薔薇の数は不足するだろう。だから、国中の教会から聖水を分けてもらって青薔薇作りも並行してやりながら作業をするのだ。
各教会にも聖堂から通達を出させ、連帯責任で協力してもらおう。
不満を言う奴らが出たら、君達の罪状をバラすと言えば黙るだろう。あの悪い魔術師の仲間だと知られたら、民衆からどんな目に遭わされるのかわからないのだから……
読んで下さってありがとうございました!




