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第八章 踏み込めない西側


 王宮のパーティーの後、いくつかお茶会や夜会の招待を受けたが、それらは穏健な中立派の家からのものだった。そして王子妃から招待状が届くことはなくホッとした。

 ただ用心のために、相変わらず義姉のお下がりのドレスを着て出かけた。もちろん、ナラエのデザインでリメイクしてもらったドレスで。

 それらは上品さは残したまま古臭さがなくなり、寧ろ新鮮さを感じさせ、派手ではないが評判が良かった。

 ドレス代に頭を悩ます下位貴族の家のご婦人からは、こっそりとリメイクの相談を受け、ナラエの懇意の手直し店を紹介したのだった。

 

 

 結婚をしてから三か月経ったが、ミラージュジュは思っていたより穏やかにのんびりと過ごしていた。

 しかしまだ一度も例の真の奥様にも彼女の侍女達にも顔を合わせていない事には疑問というか、心配になってきた。

 

「ねぇナラエ、アノ方の体調はいかがなのかしら? お元気で過ごしていらっしゃるのかしら?」

 

 女主の質問に専属侍女ナラエは首を傾げた。

 

「元気とはどういう意味でしょう?」

 

「だって、朝食以外ずっと部屋から出てこられないのよ。体に良くないでしょう? 病人でもないのにじっとして体を動かさないでいると、筋力が衰えてしまうわ」

 

 するとナラエは呆れた顔を隠さなかった。

 

「どこまで奥様はお人が良いのですか? どこの世界に愛人を本気で心配する正妻がいるのです?」

 

 確かにそうかも知れないが、あの方は自分が愛する夫が真に愛している大切な相手なのだ。その人に何かあったら、この家を仮にも任せられている自分の責任ではないのか、そう言うと、今度はため息をつかれた。

 

「奥様、屋敷の左端の部屋にはベランダがついていまして、西側の薔薇園へ出られるようになっております。そしてその薔薇園にはガゼボやヴィラ(離れ)がございますから、そこで自由になさっているのです。ですからそのような心配は必要ありません」

 

 屋敷の西側には近づいてはいけないと執事から言われていたが、そういう事だったのかと今更ながらに妻は思った。

 

「あちらの使用人の方とも会った事がないのですが、もしかしてそのヴィラの方にいるのかしら?」

 

「その通りでこざいます。中には屋敷とは別に厨房も態々造られてあって、専属の調理人もおりますよ。侯爵家とはいえ、あそこまで愛人様の為になさる余裕があるのでしょうか・・・

 もしあるのなら、その幾分かでも奥様に使ってくださればいいのに」

 

 最近ではすっかり気心が知れて、主従の関係を超えて、二人はまるで、親しい姉妹のような関係になっている。

 感情が豊かで妹のために怒る優しい姉を、まぁまぁとなだめる冷静な妹のような…

 最初会った時は同じくらいの年齢かと思っていたら、彼女はミラージュジュよりも五つも年上で、しかも結婚をしていた。彼女の旦那様はなんと侯爵家のコックの一人だった。

 

 ナラエは旦那様がドレスを新調して下さらない事を根に持っている。

 でも、それはケチっている訳でも、嫌がらせでもなく、寧ろ妻の為にしてくれた事だ。

 だがそれを人には話せない。それを妻は歯痒く思っていた。

 旦那様はとても優しい方なのにと。

 大体ドレスは新調してもらってはいないが、アクセサリー類は買入してもらっている。それにまめに花やら香水やかわいい小物などを贈られている。

 ナラエに言わせればそんなのは夫として当然だと一刀両断していたが。

 そしてそれでは罪滅ぼしにならないと切り捨てた。

 

 でもね、ナラエ。世の中に当たり前なんてないのよ。

 家族の誕生日にプレゼントをするどころか、そもそもその日を覚えていなかったり、贈り物代わりに殴ったりする人もいるのよ。

 こちらが贈り物をしても礼を言うどころか、それを足で踏みつけるような人も。

 

 だけど、旦那様はちゃん私の事を考えた贈り物をしてくれるのよ。本が好きだから栞を…

 花は好きだけど、枯れてしまうのが悲しいと言ったら、花をデザインした髪飾りやブローチを…

 そして私が刺した刺繍入りのハンカチーフを毎日身に着けて下さるのよ。こんな嬉しい事はないわ。

 順番なんてどうでもいいの。旦那様から大切にされていると思うだけで幸せなの。

 

 そう妻は心の中で呟いていたのだった。

 

「でも、そんなにはっきりと区分されてしまうと、侍女同士の交流もなかなか持てなそうで寂しいですね」

 

「寂しい? 元々面識などない方々ですからそんな事思った事ありません」

 

 ナラエの言葉に女主は驚いた。

 

「アノ方がこの屋敷にいらした時に、態々新しく侍女を雇い入れたんですか?」

 

 こう尋ねられ、ナラエは逡巡していた。どこまで話してもよいのか悩んでいるようだった。

 女主が今まで愛人について聞いてくる事がなかったので、彼女はつい油断していたのだ。

 

「心配しないで。私はただ女主として屋敷内の事を把握しておきたいだけなの。もしもの時に対策がとれるように。

 知ったからといって、何かをしたい訳ではないの。問題を起こす気はないし、迷惑は絶対にかけないわ」

 

 結婚当初はいつ聞いてくるんだろうと思っていた。だから、今更の質問である。

 ただ奥様のお人柄を知って、余計にアチラ様に対する負の感情が増してしまっているのだ。

 しかし、本来の侍女としてあるべき姿に戻り、冷静沈着にただ事実だけを述べよう、そうナラエは決心して徐に口を開いた。

 

 現在の主であるレオナルドが赴任先の隣国から戻ってきたのは結婚式の十か月ほど前だった。先代当主が突然脳梗塞で倒れたからだった。

 どうにか一命は取り留めたが、左半身の自由を失い、言語も不明瞭となったため、息子に爵位を譲って、妻と共に領地に引っ込むことになった。

 

 すると、両親がいなくなった途端、新当主は赴任先でメイドをしていた女性を屋敷に連れ込んだ。

 そして屋敷の一階西側の端の部屋に住まわせるようになった。

 しかも隣国で雇っていた他の使用人まで連れてきたので、屋敷の使用人達は皆蔑ろにされたと腹立たしく思った。

 主人は使用人達のいざこざを避けるため、彼らを呼び寄せる前に西側の庭にヴィラを増築し、愛人関係者をそちらに押しこめていた。

 そして屋敷の者とは接触をもたないように隔離してしまった。

 屋敷の使用人は皆があ然とした。

 

 皆は執事に文句を言ったが、主の決めた事には口を挟めない。

 そして愛人の方の事に関しては箝口令が敷かれた。

 もし外へ漏らしたら解雇どころか、家族全員秘密裏に処罰されると聞かされ、みんな震え上がった。

 

 それ以後、使用人は西側に関してはスルーする事にしたのだという。

 それにこの事に関しては隠居された前当主夫妻も黙認しているので、どうしようもなかった。

 

 ただし、その後二人の姉君様が怒り捲って怒鳴り込んで来たが、向こうの侍女達に追い返されたらしく、更にヒートアップしていた。

 しかし、仕事が忙しくて休日でも戻らない弟とは会えずに、いつの間にかなあなあになってしまったのだという。

 

 こんなに愛人様を溺愛して大切にしているのだから、裏から手を回し、結婚にまで持ち込むのではないかとみんな思っていた。

 ところが婚約者とそのまま予定通りに結婚式を挙げると聞いて、姉君達や使用人全員、驚き呆れて開いた口が塞がらなかったという。

 

「最初はレオナルド様がご両親に反抗してこんな事をしたのかと思っていたんですよ。

 前当主ご夫妻はとにかく抑圧的で、押し付けの厳しい方でしたから。

 ですから愛人の方の事も当て付けじゃないかと… でも違ったんです。

 いつも冷静沈着でもっと淡白な方だと思っていたので正直意外でした。

 でも、親の面子を保つために婚約者とは結婚してやる。だから、愛人くらい認めろ! そう言っていらっしゃるようで、屋敷の者達は奥様をお迎えるするのが本当に心苦しかったんです」

 

 ナラエの話にミラージュジュは、何故あんなにもみんなから優しく迎えられたのかを改めて知って、その心遣いを心から嬉しく思ったのだ。

 だから今まで心の中だけで呟いていた言葉を口にした。

 

「私の事を気にかけてくれて本当にありがとう。皆さんに優しくしてもらって、私は本当に幸せです。

 ですからもう、旦那様と西の方の事は気にしないで下さい。

 旦那様はちゃんと私にも注意を払って優しくして下さっているので、私は旦那様には何の不満もありません。

 ですから皆さんも旦那様の真実の愛を優しく見守ってあげて下さい」

 

 と。

 

読んで下さってありがうございます!

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