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第七十三章 青薔薇愛好家


「青薔薇ですか? ええと、青い薔薇って本当にあるんですか? 私見た事がないんですが」

 

 ミラージュジュが頭を傾げた。

 するとノアとジャックスとアンクルトも同じ仕草をした。

 するとパークスは苦笑いをした。

 

「知らなくて当然でしょう。

 我がザクリーム侯爵家も奥様のライスリード伯爵家も質実剛健で、奢侈文弱というか豪奢な事を嫌う家風ですからね。

 実は先月、ハッサン伯爵邸の夜会に私も旦那様のお供をして参加させて頂いたのですが、そこで偶然に青薔薇を拝見させて頂いたのですよ。

 それはそれは鮮やかな青い色をした神秘的で美しい薔薇でした。当主様はそれはそれは鼻高々でしたね。

 恐らくあの青薔薇を皆様に自慢したくて夜会を開かれたのでしょう。招待客の皆様にとってあの青薔薇は垂涎物だったようですから」

 

「ああ、道理であの夜会の後、旦那様は不機嫌だったのですね」

 

 ジャックスが納得したように頷いたので、若輩の侍従のアンクルトが不思議そうな顔をした。

 

「つまりその夜会は中立派の見聞を広げる集まりだと称していましたが、単に趣味の同好会というか、情報交換の場というか、ご当主の自慢の場だったのでしょう。

 ところが旦那様はとにかくコレクターの仲間内の品評会の類は大嫌いですからね」

 

 ジャックスの説明に、黄金コレクターによってレオナルドが誘拐監禁された事を知らないアンクルト以外の者は皆納得した。

  

「ですが旦那様、奥様をお喜ばせる機会を一つ無くされて残念でしたね」

 

 パークスが少し揶揄するようにこう言うと、主は苦虫を噛み潰すような顔をした。

 

「今度自分で青薔薇を買ってプレゼントするから残念でもなんでもない」

 

「そうはおっしゃっても、まだ流通していませんからいつ手に入るか分かりませんよ」

 

「ううっ、、、」

 

「どういう事ですか?」

 

 ノアが尋ねてもレオナルドは唇を真横にキュッと引いて答えないので、パークスが答えた。

 

「ハッサン伯爵が旦那様に青薔薇の鉢植えを下さるとおっしゃって下さったんですよ。

 ザクリーム侯爵の奥様は大変お美しい方だと伺っておりますので、この青薔薇を御髪にでも飾られましたら、さぞお似合いでしょうと。

 そうしましたら旦那様は礼をおっしゃったその直後に、そんな高価な花は受け取れないとお断りになったのです。その上、こうおっしゃったのですよ。

『この青薔薇は大変美しいですが、あいにく私の妻の髪には、うちの薔薇園の真紅の薔薇の方が似合うんです』

 って。

 薔薇くらいで張り合おうとなさる旦那様に、正直呆れました」

 

 妻はパークスの説明にあっけに取られた顔をしたが、やがてニッコリ微笑んだ。

 

「確かに青薔薇は見て見たかったですが、お返しに困るような高価なものは頂けませんわよね、旦那様。

 でもそれは旦那様にも言える事ですわ。ムキになって青薔薇をお買いにならないでくださいね。財政を圧迫しますし、私がお返しに困りますから。

 私は我が家の薔薇だけでもう十分ですわ。ただ、一つお願いを聞いていただけるのでしたら、私は髪にかざるのなら真紅よりも、ピンク色の薔薇にして頂けると更に嬉しいですわ」

 

「・・・・・・・・・」

 

「旦那様は昔からジュジュ、いや奥様に真紅の薔薇を持って来られていましたよね。あれはてっきりご自宅の庭には真紅の薔薇しか無いからだと思っていたのですが、違いますよね。

 このお屋敷の薔薇園、それは色とりどりの薔薇が咲いていますから。単に旦那様の好みだったんですね。

 でも、奥様は子供の頃からピンク色の薔薇が好きだったんですよ」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

 ここぞとばかりにノアがマウントをとってきたので、この三人の関係に気付いている者達は、必死に顔の表情筋の動きを止め、主の顔を見つめた。

 普段冷酷無比を装っている主の素が見えるのは珍しい。そのほとんどが奥方に関する事なので、彼らはその滅多にない機会を楽しみに、いや大切にしていたのだ。

 

 しかし主のその貴重な素顔にも彼の妻は気付く事なく、話を元に戻した。まさに天然というか空気が読めない奥方だ。

 

「それでその青薔薇と教会にはどんな関係があるのですか?」

 

 それに答えたのはベネディクトだった。

 

「薔薇は古来より多くの花の中でももっとも人気がありますから、植物学者や園芸家が昔からずっと品種改良を続けてきて、今では多種多様な色や形や匂いの薔薇が生み出されています。

 しかし、どうしても青薔薇だけは長い間作れなかったんですよ」

 

「それではハッサン伯爵がその青薔薇を生み出したのですか?」

 

「いいえ、彼はより精度の高い生育法を生み出しただけです。

 最初の発見者は別の人物です。その人物は普通の白薔薇にあるモノを与え続ければ、青い色の薔薇が咲くという事を発見しました……

 もちろん、ただそれを与えればいいと言う訳じゃなく、与えるタイミングとか量によってその青さに違いが出てくるので、愛好家達はそれを研究して皆で競い合っている訳です」

 

 ベネディクトの解説に皆目が点になった。

 彼がワイルド系な見かけによらず知的で文化系だと言う事はわかっていたが、まさかこんなにも薔薇に詳しいだなんて思ってもいなかったからだ。

 

「あるモノとは何なんですか?」

 

 ノアが尋ねた。するとベネディクトはノアをじっと見つめてこう言った。

 

「君もよく知っているだろう?

 教会の地下の井戸水だよ。いわゆる聖水? あれだよ」

 

「聖水? あれは生まれてきた子供達に洗礼を与える時に使うものだ。決まった量しか湧き出てこないから、非常に貴重なものだ。それをたかが薔薇の為に分け与える訳がない!」

 

「貴重だからこそ高値で売れるんでしょうね。子供を売り飛ばすような悪魔の所業を平気で行う輩ですよ。聖水を売るなんて、何とも思っちゃいないんですよ、きっと……」

 

 ベネディクトの冷めた物言いに全員が黙り込んだが、ノアとミラージュジュは怒りにガクガクと震えていた。

 

「一定量の水しか湧かないのにそれを売っていたという事は、本来の目的には使われなかったという事ではないのですか?」

 

 ミラージュジュが呟いた。

 

「今洗礼の為に使われている聖水はただの水だっていうことですか?」

 

 と、アンクルト。

 

「という事は多くの赤ん坊や子供達が聖水を受けていないという事じゃないですか!」

 

 ノアがこう叫ぶとレオナルドは苦々しい顔をした。

 

「これが公になったら大変な騒ぎになって大問題になる。この国の根幹に関わる事だからな。

 この国の国民は同じ神を崇拝する事で一つにまとまり、教会と共にこの国を支えているのだ。

 それなのにいつからなのかはまだはっきりとはしないが、恐らくは十年以上前から王都の赤ん坊は正しい洗礼を受けていないだろう。この事が世間に知られたら、民の怒りは爆発するぞ。

 しかも洗礼を受けていなくても、別段なんの差し支えがなかったと民が感じたら、もう教会も国も信じなくなるかも知れない・・・」

 

「でも、そもそも何故君が聖水と青薔薇の関係を知っていたんだね?」

 

「生前の父親の趣味が薔薇の品種改良だったんです。それで、ご多分に漏れず青薔薇を作りたいって言い出した事があったんです。

 青薔薇なんか作れる訳がないだろうと兄が笑ったんですが、父親が青い薔薇を見たと言い出したんです。しかも教会で・・・」

 

 トーマスに事の経緯を尋ねられ、ベネディクトは青薔薇の誕生秘話について話し始めた。

 

 読んで下さってありがとうございました!


 次章でベネディクトの辛い過去が改めて語られます!


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