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第七章 夫の策略 

いよいよお古のドレスに関するお話です!


「君が嫌なら無理に付き合う必要はないよ」

 

「えっ?」

 

「さっきのやり取りを見ていただろう? 私も今、父親のしがらみを徐々に断ち切っているところなんだよ」

 

 レオナルドとミラージュジュは優雅にダンスを踊りながら、実際は七面倒臭い社交について話し合っていた。

 

 夫は今、色々と大変なようだ。それならば自分の事は自分で解決するべきだろう。

 しかし、王子妃にどう対処したらいいのかさっぱりわからなかった。下手に断って睨まれたら侯爵家にまで累が及ぶかも知れない・・・

 そう妻が悩み始めた時、夫が言った。

 

「そう心配する事はない。君の方から接触しなければ、あちらから無理に誘ってくる事はないだろう」

 

「そうだったら良いのですが・・・」

 

 まだ不安そうな妻に夫は珍しくクスリと笑った。驚いて夫の顔を見ると、まるでいたずらが成功して喜んでいる子供のようだった。

 


 帰りの馬車の中で夫がこう質問してきた。

 

「ねぇ、今日の夜会、自己採点すると君自身は何点だったと思う?」

 

 妻は真っ青になった。こんな事を聞いてくるなんて、よっぽど自分は酷い振る舞いをしてしまったに違いない。

 しかし社交場に出たのは初めてのようなものだったので、どこが悪かったのかそれさえわからなかった。

 

「すみません」

 

 下を向いてそう謝る事しか出来なかった。

 

「謝る必要はないよ。初めてにしては堂々としていて、大したものだったよ。侯爵夫人としての評は六十五点くらいかな」

 

「六十五点?」

 

 微妙な点数に戸惑ったが、夫が不満げではないようだったので一応安心しかけた。しかし、

 

「僕の知人からの評価はかなり高いと思うよ。王族からもそう悪くないだろう。しかし、ご婦人達、特に若いご令嬢からはマイナス評価だったろうね」

 

 その後に続いた言葉に妻はガックリと肩を落とした。マイナス……

 わかっていた。耳のいいミラージュジュには騒々しい広間の中でも、自分に対する罵詈雑言はしっかり聞こえていた。

 

…将来有望な美貌の貴公子の妻がアレなの? ガッカリだわ。


…政略結婚だったとしてもアレはないわ。平凡どころかマイナスよね。

あんな古臭いドレスを着てくるなんて、どんな美意識なのかしら…


…今まで社交場に奥様を連れてこなかったわけがわかったわ。アレじゃ表舞台に出すのは恥ずかしいわよね。

 侯爵様がお気の毒だわ。


…でも今回は王家主催の夜会だから同伴させるしかなかったのでしょうね。


…それなのに男性の方々に囲まれていい気になっているわ。

 勘違いも甚だしいわね。皆様侯爵様に気を遣っているだけなのに。

 

 

 金色のサラサラヘアーに金色の大きな瞳、通った鼻筋、形のいい薄い唇・・・

 夫はとにかく美しかった。

 そして細身だが鍛え上げられた体躯をしていて、ただそこに佇んでいるだけでも、人の目を引いた。

 その上優れた頭脳の持ち主だ。

 

 不釣り合い……言われなくてもそんな事は自分が一番わかっている。

 平凡な薄茶色の髪にこれまた平凡な薄茶色の瞳、一応胸と括れはあるものも痩せ気味で貧弱な体。

 こんな自分は夫に相応しくない。足手まといでただ迷惑をかけるだけだと。

 

 ミラージュジュは泣きたくなったが、それでもマーラの言葉を思い出して背筋を伸ばして、涙を必死に堪えて、顔に笑顔を浮かべていたのだ。

 しかし、それさえ嘲笑の対象になっていた。

 

「身の程知らずほど怖いものはないわね。あんなに偉そうにふんぞり返っていられるなんて」

 

 大広間で言われた言葉を思い出して、また涙が出そうになり、慌てて目を瞬いていると、妻は夫からハンカチを手渡された。

 それは先日自分が贈ったポケットチーフだった。

 

 既婚男性が胸ポケットに挿すハンカチは妻の刺した刺繍入りと決まっていた。

 それ故に、一応刺繍を刺してハンカチを手渡していた。夫がそれを使うかどうかわからなかったが。

 ミラージュジュは刺繍が得意だった。

 家にいた頃は教会のバザー用にいつも刺していたし、学生時代は友人に頼まれて小遣い稼ぎでよく刺していたので、かなりの腕前だった。

 しかし、夫は真の奥様からのハンカチを身につけていると思ったので意外だった。

 

「彼女達の言葉を真に受けては駄目だよ。あれは君へのやっかみがほとんどだからね。

 君のマナーは教本通りだったし、姿勢や身のこなしは堂々としていた。それに君はとても気品に溢れて美しかったよ。

 君自身をあからさまには批判出来ないから、ドレスを集中的にけなしていたんだ。ファッションセンスとともにね」

 

「えっ?」

 

 夫が言った言葉の意味がすぐには理解が出来ず、妻はポカンとした。

 

 やっかみ? 誰を?

 美しい? 誰が?

 

「君は今日、ファッションセンスが無いと社交界の女性からは認識されたんだよ。

 そんな君をあの王子妃殿下がパーティーに招待すると思うかい?」

 

「あっ!」

 

 ここで妻は何故夫がこのドレスを自分に着せたのか、その真意に気付いた。

 

 以前侍女のナラエが言っていたように、レオナルドの姉二人は『二輪の薔薇』と呼ばれる社交界の華である。

 それは彼女達の容姿がずば抜けて美しく華やかだっただけではなく、いつも流行の先端の素晴らしいドレスやアクセサリーを身に着けていたからである。

 

 彼女達が何故そんなファッションリーダーになったのかと言えば、両親、特に母親に対する反抗心のせいであった。

 母親があまりにも保守的で、娘達に幼い頃から似合いもしないオーソドックスな服ばかりを強制したその反動だろう。

 

 母親は自分自身がルールブックだと豪語する程の毒母で、なんでもかんでも子供達を自分の思い通りに動かしたいと考える人間だった。

 自分が一番子供達を愛しているし、わかってやれる。自分に従ってさえいれば幸せになれのだと。

 

 一人だったら言いなりになっていたかもしれない。しかし娘二人は年子でそう年が違わない。しかも性格がまるで違う。それを同じように命令して同じように従わせるなんて所詮無理無理な話だった。

 母親の言っている事はおかしいと、姉妹は早いうちに自覚するようになった。

 故に二人は手を取り合って母親に抵抗したのだ。

 いくら気の強い母親でも、気の強い娘二人には勝てなかった。

 しかも娘達は父親の前では猫を被っていたので、夫は当然勝ち気な妻より愛らしい娘側についた。

 その結果、娘二人は母親を無視し、いや、徹底的に反抗し、母親が望むその反対の事を進んでやるようになったのだ。

 

 そしてその結果、二人は全てにおいて流行の最先端を追っかけるようになった。

 しかも彼女達が身に着けた物はすぐに流行してその商品が売れた。

 そこでこれは宣伝になるという事で、各店からそれらの品々を提供されたのでお金がかからなかった。

 その為に余計母親に口を挟ませなかった。

 

 そしてそんな人気者である彼女達を自分達の陣営へ引き入れようと、高位貴族達は躍起になった。

 それは彼女達が結婚してからも変わらない。

 寧ろ彼女達のプロデュースで二人の夫のステータスが上がったので、教えを乞いたい年配のご婦人からのお誘いも増えた。

 

 つまり、自分のサロンに優秀な仲間を増やしたいのなら、レオナルドの姉達のようなファッションリーダーをいかに呼び込めるか、それが大きな鍵となる。

 そしてそれは同時に、見栄えのよくない淑女はサロンの評判を下げてしまうので、なるべく呼ばないという事になるのだ。

 

 いくら保守派の王子妃だとしても、オーソドックスな事ばかりに拘っていたら人を呼べないし集まらない。

 だから、まるで礼服のような古風なデザインのお古のドレスを着る女性を、態々自分のパーティーやサロンなどに招待するわけがないのだ。

 それこそ自分達のセンスも疑われてしまうのだから。

 

 睨まれる事なく王子妃、及び保守派から距離を取るのは難しい。

 それを簡単にやり遂げてしまったレオナルドにミラージュジュは只々感嘆した。

 噂には聞いていたけれど、なんて頭の切れる人なんだろう。

 そしてなんて思いやりのある人なんだろうと。

 

 

 夫は自分に関心がないからドレスを新調してくれないのだと思っていたのだが、そうではなかった。

 要らぬ招待を断る事に妻が頭を悩まさずにすむように、態と彼女にお古を着せたのだ。

 その証拠に、アクセサリーは立派なお下がりがたくさんあったのに、態々新しく買ってくれたではないか。

 ミラージュジュは改めて自分の首元の立派な真珠のネックレスに目をやった。

 

「せっかくのお披露目パーティーだったのに、お古なんて着せて申し訳なかったね。

 本当は君に似合うドレスを新調してあげたかったんだけど。完全に保守派から抜けるまで、後少し辛抱して欲しい」

 

 レオナルドの真摯な告白にミラージュジュは満面の笑みを浮かべて言った。

 

「そのお気持ちだけで嬉しいです。色々と配慮して頂いて感謝します」

 

 

 その夜、妻はなかなか寝付けなかった。それは初めての夜会で興奮したからというわけではない。

 

 夫には真に愛する妻がいる。自分はお飾りだ。それでも夫を慕っていると感じてしまった。そう、やっぱりずっと彼を愛していたのだと自覚してしまったのだ。

 夫から愛されてはいないし、これからも愛される事はないだろう。

 しかし嫌われてはいない事がはっきりとした。それだけで十分幸せだと妻は思った。いや、思い込もうとした。

 

 そして夫の方もその夜はなかなか眠れなかった。

 最近仕事に追われてあまり睡眠時間が取れていないし、今日の夜会でも無駄な神経を使って、心身ともに疲れ切っていた。

 それなのに、初めて見た妻の満面の笑みに衝撃を受けて、胸の鼓動が未だに収まらなかったのだった。

 

 

 

読んだ下さってありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] タイトルが割とブラフでは…と思いつつ、続きがとても楽しみです!!
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