第五十七章 親友の正体
ついについに、その日が来てしまいました。
お楽しみに!
「僕の『ノア』という名前は貴方が付けて下さったのですよね?」
「ああ。貴方の母上に頼まれてね。
『ノア』とは私の母国語では『月』を意味しているんだ。まあ、貴方もあの国で暮らしていたから知っているだろうが。
貴方の銀髪が月のように光り輝いていたから、そう名付けたんだ。
貴方の顔立ちはエメランダ様によく似てたが、母親のような金髪に青い瞳ではなく、王家特有の銀髪に緑色の瞳だった。
いつか貴方がこの髪と瞳の色を疎ましく思うのではないかと私は危惧した。
何故なら、それを隠し続けないとこの国では生きては行けないだろうからね。
しかしそれでも私は貴方にはあるがままの自分を愛し、自分に誇りを持って生きて欲しかった。
月は太陽の陰のように思う者が多いだろうが、太陽と月はそもそも似て非なるものだ。
太陽は太陽の、月は月の役割があって、どちらも大切なのだ。
貴方には王族とは違う視点、役割でこの国にとって役に立つ人間になって欲しいと思ったんだ・・・」
貴方には負担になるかもとは思ったのだが……と最後に小さく呟いたトーマスに、ノアは首を大きく振った。
「母は自分の死期を悟った時、僕に真実を聞かせてくれました。
しかし母は息を引き取る最期の時まで、僕の父親は王妃殿下の護衛騎士であるトーマス=カートン様だと言っていました。
トムさんが命がけで守って下さったからこそ僕は生まれてこれたのだと。
そしてトムさんが本当の愛情を注いでくださったからこそ、こうやって親子二人で幸せに暮らせたのだと…
トムさんを好きになれて良かったと。
母が亡くなって孤児になり、暗黒社会に身を落としてからも、僕が最低限の矜持を保っていられたのは、貴方が付けてくれたこの名前と、僕の存在を認めてくれた友人達のおかげなんです」
そしてノアに続いてレオナルドがこう言った。
「ノアは貴方の望んだような立派な人間になりましたよ。
彼は幼い頃から鋭い洞察力があり、人とは違う大局的な視点で物事を見ていました。もちろん今も……
過酷な状況下でも横道に逸れる事なく、力強く生きてきました。彼はとても尊敬出来る、私の大切な友人です」
それを聞いたノアがエメラルドの瞳を大きく見開いて友人であり、主である男の顔を見上げた。
すると、もう一人の友人がこう呟いた。
「彼? 僕・・・・?」
レオナルドとノアの顔が焦ったような顔をした。
「まさか、ノアは男の子なの?」
ミラージュジュの問いにトーマスが不思議そうにこう言った。
「ノアさまは生まれた時から立派な男の子でしたよ。
お母様にそっくりのそれはそれは美しい顔立ちをなさってはいましたが、立派なモノがちゃんとついておりましたからね」
「✕□☆▶○✕★⬛◁・・・・!」
ノアを抱き締めていたミラージュジュは、彼からパッと体を離して後方にのけ反った。
✩ ✩ ✩ ✩ ✩ ✩ ✩
「ジュジュ・・・・・」
切なそうにノアがミラージュジュに呼びかけると、彼女の肩が大きく跳ねた。
レオナルドが彼女に近寄ると、彼女は夫に抱き付いて震えた。
夫は無言でパニックを起こしている妻を優しく抱き締め、背中をさすった。
しかし彼の胸中も複雑だった。自分もノア同様に嘘をついていたのだから。
しかも自分の場合は、ノアのように自分の身の安全のために仕方なくついていた嘘ではない。
ただ単にノアに対する嫉妬と対抗心、そして見合い話を断った事を知られて嫌われたくなかったから、と言う理由でついた嘘なのだ。
嘘の重みが違う。
いっそ自分もこの場でミラージュジュに謝罪してしまいたい。そんな思いが溢れて来たが、妻の今の状態を慮ればそれも出来なかった。
そんな重苦しい空気が流れていた時、突然パークスがこう言った。
「ノアの女装があまりにも板に付いていたので、もしかしたらあっちのけがあるのでは?と疑っていたのですが、命を守るために幼い頃から女装していたからあんなに自然だったんですね。
仕方なくしていた事なんですね。納得しました。
それにしてもよくあちらの方へ進まなかったものですね? 誘惑も多かったでしょうに。
とは言え、昨日本来の男装姿を見た時、やっぱり本来の姿の方が様になっていて安心しましたよ」
「パークスさんはノアが男だって気付いていたのですか?」
ミラージュジュが驚いてそう執事に尋ねると、彼は大袈裟にキョトンとした顔をした。
「何か訳ありだと思って黙認していましたが、彼がラナキュラス嬢の侍女として我が屋敷に来た時からわかっていましたよ。この屋敷の者は全員……」
「「エーッ!」」
ミラージュジュのみならず、ノアも驚きの声をあげた。
ノアは超一流と呼ばれるスパイだ。今まで変装でバレた事は一度もなかった。
『しかし、そう言えば、昨日この屋敷の中にすんなりと入れてもらえたな… あれはベネディクトの下手な変装のせいかと思っていたのだが、自分もバレていたのか? しかも、とうの昔に……』
『そう言えば、この屋敷の皆さんは鋭い洞察力を持っていたわ。それに旦那様は子供の頃から気付いていたみたいだし。
つまり、私だけが気付いていなかったという事なの?
私ってそんなに鈍いの?』
ミラージュジュはノアが男だったという事実よりも、自分の鈍さに衝撃を受けた。そしてその時、ふと頭に思い浮かんだ疑問をよく考えずに口にした。
「私、子供の頃に旦那様と出会った記憶がありません。
でも、旦那様のように美しいお顔の男の子に出会っていたら、いくらなんでも忘れるわけがないと思うのです。
まさか旦那様もノアのように、子供の頃に女装していたという訳ではありませんよね?」
すると、夫の顔が真っ青になった。
『えっ? まさか……
私はノアやレナと友達だった。とても仲が良かった。
そしてノアは私やレナ、そして旦那様とも仲が良かったようだ。
でも何故私がそれを覚えていないの? 私は旦那様を助けた事があったみたいなのに。
大体、あんな眩くように光り輝く、黄金の薔薇のような綺麗なレナを、こんなに探し続けても見つからないなんて事あるのかしら? あり得ないわよね?
二人は確かに瞳の色は違う……だけど……』
ミラージュジュは、自分を抱き締めている黄金色の美しい夫の顔を見上げた。
そして自問自答した結果得られたその答えの衝撃に、ミラージュジュは夫の腕の中で気を失ったのだった。
✩ ✩ ✩ ✩ ✩ ✩ ✩
「ジュジュちゃんに貴方がレナだってバレたんですって?」
客室で、上の姉のスージーにこう尋ねられたレオナルドは多分……と答えた。
「それで彼女は気を失ったと……」
「・・・・・」
「で、そこにいる子は誰なの? 護衛の服着てるけど、ジュジュちゃんの護衛?」
下の姉のカレンの問いに弟は下を向いたまま頷いた。
「そう。ずいぶん綺麗な子ね。よくこんな子をジュジュちゃんの側に付けようと思ったわね」
「彼はノアだ……」
「「まあ!!」」
二人は瞠目し、それからノアの頭の天辺から足の爪先まで眺め回した後で、ようやく納得したような顔をした。
「つまり、親友のノアちゃんが男の子だった…という事がまずばれて、その流れでレナも男の子、しかもそれは自分の夫だったと彼女に気付かれてしまった、というわけね?」
「それで二人で打ちひしがれていると…」
僅かな情報でほとんど状況を把握してしまった婦人達に、ノアは舌を巻いた。
まさに一を聞いて十を知る。王妃殿下と宰相閣下が王太子妃と望まれた方々だけの事はあるなと。
「貴方にしてはずいぶんと下手を打ったわね。何があったの?」
スージーの疑問に、今朝からのトムことトーマスとの諸々のやり取りを、レオナルドは要約して手短に語った。
姉達はそれをまるで観劇でも楽しむかのように、顔を紅潮させ、瞳を輝かせながら聞いていた。
姉達は弟達の事を楽しんでいるようみえますが、本当は違います。本気で心配していました。
そして、彼女達も辛い立場にある事が後でわかります。
ここまで読んで下さってありがとうございました!




