第五十五章 ノアの母親
ようやく話の核に近付いています!
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「何故ノアにそんな事を尋ねるのですか?」
「ノアさまが私の知っている女性によく似ていらっしゃるからです」
ミラージュジュの問いにトーマスはこう答えた。
「ノアにさま付けで呼ぶのは、その方が高貴な方だからですか?」
「ええ、ある意味ではそうですね」
ある意味……?
含みのある物言いにミラージュジュは眉を顰めた。
「ノア、貴女のお母様のお名前はなんていうの? 教えてもらえるかしら?」
「・・・・・」
「ノア?」
「すみません。物心がついた時には母は既に亡くなっていたので、母の名前は覚えていません」
「そうですか……
それは失礼しました……」
トムは簡単に引き下がった。
スパイ教育を受けているノアは顔色一つ変えなかったが、却ってそこに不自然さを感じたミラージュジュだった。
もし本当に母親の事を覚えていないのなら、むしろこの話に関心を持つのが普通だろう。
自分に似た女性を知ってると聞いたら、母親の事かもしれないと思ってその人の身元を知りたくなるのが人情だろう。
それなのにそれをしないという事は、ノアは人に尋ねなくても自分の母親の事を知っているという証だ。
大体ノアは母親から文字の読み書きや計算を習っていたと言っていたのだから、母親の名前がわからない訳がないのだ。
ノアは明らかに嘘をついている。恐らくトムの知り合いの女性というのはノアの母親に違いない。
子供の頃から思っていたのだ。
ノアは美しくて気品があって頭が良い。きっと元々は良い家の子なのだろうと。それなのに身寄りがないなんて、何か事情があるのだろうと。
今もこうして身元を隠そうとするのは、もしかして面倒な貴族の血筋なのかもしれない……
ミラージュジュが夫の顔を見ると、彼もノア同様平然とした顔でジャックスから足枷の鍵を受け取っていた。
そして片膝を突いて自らトムの足枷を外した。
「今日から屋敷の客室の方へ移って下さい、トーマス卿」
「侯爵様、とんでもありません。私はここで結構です。足枷をとって頂けて感謝します」
「何を言う。王妃殿下の大切なご臣下とわかって、いつまでもこんな所に居て頂く訳にはいかないでしょう?
それにトーマス卿はカートン伯爵家のご当主ですよね?」
「「「エーッ!!!」」」
その場にいた者が驚きの声を上げた。道理で上品で育ちが良さそうだった訳だ。
「伯爵家当主といっても元々国にいた頃は子爵家の三男坊だったんですから、大した者ではありません」
「自ら成果をあげて伯爵位を授かったのなら、尚更ご立派ですよ」
「侯爵様は元々私の事をご存知だったのですか?」
「なんとなくそうかなとは思っていましたよ。私は貴族名簿一覧を一応全部覚えていますので。
しかし名簿には容姿の詳細まで書いてなかったので、正式なお名前を聞くまでは確証は持てませんでしたが……」
トーマスは湯浴みをしてこざっぱりとした服に着換えると、屋敷内の客室へ移動した。
そこへ主のレオナルドと共にやってきた執事のパークスがこう言った。
「お屋敷の方へはご連絡しておきました。
いつもの事だからと気にも留めていらっしゃらないようでしたが、一応王妃殿下のご命令で我が屋敷に滞在されていた旨をお伝えしました」
「お手数をおかけして申し訳ありません」
「午後は洋装店の者が正装用の既製服を持って来る手筈になっています。
申し訳ないのですが仕立てる時間がございませんので」
「服は我が屋敷から持ってこさせますのでお気遣いなく…」
「とんでもない。トーマス卿に失礼な振る舞いをしたお詫びですので、受け取って頂けないとこちらが困ります」
酷く恐縮するトーマスにパークスはこう言った。そして頭を下げようとする彼を手で制止してから、レオナルドがこう尋ねた。
「カートン伯爵、さっきのノアの事ですが、詳しいお話をして頂けますか?」
トーマスは頷いた。そして前置き無しにズバリとこう言った。
「おそらくはあの方はエメランダ様のお子様だと思われます。
ノアさまのお顔立ちがエメランダ様に生き写しですから。多分間違いないだろうと思います」
それを聞いたレオナルドの眉間がピクリと動いた。
そして普段は表情筋が退化しているのでは?と思えるほど無表情なパークスの顔がパッと華やいだ。
「『至高の百合』と呼ばれたあの方ですか?」
「ええ、そうです。王妃殿下が『至高の赤い薔薇』と呼ばれていらっしゃいましたので、それに対抗して陛下が名付けられたのです。ご本人は死ぬほど嫌がっておられましたが…」
「なるほど。それはそれはお綺麗な方だったのでしょうね。あのノアに瓜二つだというのなら……
つまりノアは陛下のお子様という事ですか?」
「はい、十中八九……」
パークスとトーマスの会話にレオナルドは内心仰天していた。
あの輝くほどの銀髪にあの美貌……子供の頃は気付きもしなかったが、成長して王族と触れ合う機会が増えた。するとそれに伴って、王族の醜聞が耳に入ってくるようになっていった。
そしてまさか……という憶測が頭に浮かんでは消えていた。
その推測が当たっていたのか? ノアが国王陛下の隠し子?
普通孤児の場合、女の子の方が何かと生きづらい。それなのに何故女の子の振りをしていたのか……と疑問に思ってはいた。
しかしそれは美人局や詐欺やかっぱらいをする時には、女の子の方がやりやすいからだと思っていた。
それに以前、女の子の恰好をしていて、教会の奴らに襲われる心配はないのかと尋ねた時、教会の連中は寧ろ男色家が多いから、こっちの方が安全だと言っていたし。
しかし、ノアにとっては男である事は貞操の危機どころか命の危険があったのだ。
いくら庶子とはいえ国王の息子だ。政争の具として利用されるだけでなく、いつ側妃に命を狙われるかわからなかったのだから。
そう言えば、陛下はご自分のお子を殺してしまったと先日告白されていたが、それはノアの事を指していたのだろうか?
では、あの殺したという言葉は比喩だったのか? それとも本当に死んでいると思い込んでいるのだろうか?
その後、トーマスは淡々と事の経緯を語った。
❋ ❋ ❋ ❋ ❋ ❋ ❋
エメランダという女性は、とにかくこの世のものとは思えないほど美しく可憐な美少女だったらしい。
その上、賢く、優しく、明るく、誰からも愛されていたという。
しかも早くに母親を亡くした彼女は、幼い頃から家の中の事を切り盛りしながら基礎学院へ通うというしっかり者だった。
そして一番で学院を卒業した彼女は、奨学金を得て更にその上の学園へ入学した。
彼女は商売をしている父親の手伝いがしたいと商業科で学んだ。相変わらずの努力家で、成績も常にトップクラスだった。
しかも稀に見る美貌の持ち主だったので、彼女は男女関係なく人気があった。
それ故に平民に限らず貴族の子息達からも交際を申し込まれたが、生真面目な彼女は誰にも靡かず勉強に励んでいた。
ところが、運が悪く王弟である王子に目をつけられてしまった。
王族の権力を盾に交際を申し込んできた。普通なら逆らえずに言う事をきくところだろうが、彼女ははっきりと断った。
そしてさらにしつこく迫る王子にこう言った。
「婚約者がいらっしゃるのに、何故そのように誘ってこられるのか意味がわかりません。デートなさりたいなら婚約者様となさって下さい。
これ以上何かおっしゃってこられるようでしたら、学園長と婚約者である侯爵令嬢様に訴えますが、よろしいですか?」
学園の中では建前上王族も貴族も平民もなく平等なのだ。
王族の身分を使って交際を強要するなんて以ての外だ。しかも婚約者持ちの身で。
彼は前国王の王子といっても三男で、婿養子に行くしか生きる術はないのだ。
それなのに平民と遊ぶ程度は大目に見られると勘違いしているのか?そんな訳ないではないか!
平民である自分でもわかる事が、何故王子ともあろう者が、自分の立場を理解していないのだろうか?
そうエメランダは思ったが、どうやら側近達は多少まともだったらしく、彼女の手を掴んでいた王子を止めてくれた。
まあ王子自身も、エメランダの気の強さに引いてしまったようだったが・・・
エメランダはホッとした。
しかし、事はそれで終わらなかった。
何故なら、不思議な事にエメランダはこの件で、王子の婚約者である侯爵令嬢に気に入られてしまったからだ。
しかも学園の卒業後は自分の侍女として仕えて欲しいと言い出した。王子と結婚するまででいいからと。
エメランダは父親の商売の手伝いがあるので…と断りを入れた。しかし、侯爵家の侍女として二、三年働けば箔がつくし、貴族とのコネも出来るから商売にも役に立つと説得をされた。
しかも父親も大乗り気だった。
このまま娘が商売の手伝いをするようになったら、またよからぬ相手が金や権力を使って強引な結婚話を持ってくるかもしれない。
だから、侯爵様の後ろ盾が出来れば安心だと父親は考えたのだ。
そう。かわいい娘の為に良かれと思って彼はそうしたのだ。
それなのにその結末は、……父親の意に反して大変悲惨な結果となってしまったのだった。
次章はテンプレの悲劇的な話になります!
読んで下さってありがとうございました!




