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第四十八章 事の始まり

 この章は少し長めです。



 いつも誤字脱字報告ありがとうございます。



 


 約七年前、レオナルドは朝目を覚まして、喉に違和感を感じた。このところ喉の調子が悪いなと感じていたのだが……

 

 今日もミラージュジュに会いに行くつもりだったが、彼女にうつしてしまったらいけないと自重する事にした。

 そして数日様子を見ていたが改善しなかった。と言うよりこれは()()()に入ったのだろう、と彼は理解した。

 年齢的にそろそろ来るとは思っていたし。もうそろそろ潮時だ。

 その時レオナルドはそれ程深刻には考えてはいなかった。ところが、その後事態は思いもよらない方向へ向かってしまった。

 

 ✳ ✳ ✳ ✳ ✳ ✳ ✳

 

 美しいソプラノの声が真逆のテノールどころかバスのような低い声になった事に、二人の姉達は彼が何かを話す度に爆笑していた。

 声が激変しても見かけが突然変わる訳ではないのだから、そのアンバランスさは半端ではなかった。

 天使のような美少女がイケメンのような低音ボイスを発しているのだから。

 

「で、どうするつもりなの?

 驚くわよ、きっと…」

 

「驚くでしょうねぇ。 多分…」

 

「騙したわねって、きっと怒るわよ。嫌われるかもよ」

 

「そうですよね。でも、元々は姉上達のせいですよね? こうなったのは… 呑気な事言わないでもらえますか?」

 

 レオナルドが胡乱な目で姉達を見ると、下の姉カレンが突然良い事を思いついたかのようにこう言った。

 

「これからは私が貴方と入れ替わればいいのよ! そうよ、それがいいわ!」

 

「「はぁ?」」

 

 上の姉スージーと共に弟は素っ頓狂な声を上げた。

 

「ほら、私と貴方はよく似てるじゃないの。化粧を落とせば瓜二つだわ。

 私は()()()()()()でしょ。貴方が東国で作られた()()()で変えている姿と同じでしょ。

 確かに今は私の方がまだ貴方より少し背が高いけど、少し間を空けて会いに行けば、背が伸びたって誤魔化せるでしょ」

 

「なるほど! そうね、それはいいアイディアかも…」

 

 上の姉のスージーまでそれに同調してきたので、レオナルドは頭を抱えた。

 いくら天然気味なミラージュジュだって、二年も付き合った友人が入れ替われば即ばれるだろう。

 

「それがいいわって。なんでそんな事しなければならないんですか?

 本当の事を正直に話して謝りますよ」

 

「許してくれると思っているの?

 貴方はあの子との縁談を断ったのよ。顔も見ないうちに。

 あの子は親に虐待されているのでしょ? きっと縁談を断わられた事で理不尽に責められたに違いないわ。

 そんな酷い仕打ちをしておきながら、今度は他人の振りして近づいてきた貴方を許すと思う?」

 

「自分を馬鹿にしてるのか、からかっているのかって、そう思うに決まっているわ。

 貴方の事を恨むわよ。きっと…」

 

 姉達の言葉にレオナルドは唇を噛んだ。そう。彼はミラージュジュを騙していたのだ。

 彼女は本名を名乗ったのに、自分はその場で思いついた『レナ』と言う名前を名乗ったのだ。助けてもらったのに。

 

 男のくせに年下の女の子に助けられた事が恥ずかしくて、本当の名前を伝えられなかったのだ。しかもその時は、姉達の命令で女装をしていたし……

 

 まあ思春期の男の子なら、自分の矜持を守るためにそれくらいの嘘をついたとしても仕方がない事だっただろう。

 それに、そもそもミラージュジュに遭ったのは偶然で、意図的ではなかったし、彼女がライスリード家の娘とは知らなかったのだから。

 

 しかし、祭りの最終日には本当の名前を告げるべきだったのだ。

 自分はザクリーム侯爵家の息子レオナルドだと。

 三日一緒にいる内に、彼女がライスリード家の娘だと気付いていたのだから。

 

 レオナルドは親に勝手に決められた婚約を嫌がっただけで、彼女の事を嫌って断ったのではないのだと謝罪するべきだったのだ。

 

 

 それなのにレオナルドはミラージュジュに本当の事は言えなかった。何故ならたった三日で、彼は彼女に恋をしていたから。

 これからも彼女と一緒にいたいと思ってしまった。だから、本当の事を言って彼女に嫌われたくなかった……

 

 ミラージュジュは自分とノアを大切な友人だと言った。しかし自分の嘘がわかったら、彼女の気持ちは全部別のもう一人の友人だけに向けられてしまうのではないか、それが怖くて言い出せなかった……

 

 ノアも彼女を特別だと思っている。その事をレオナルドはわかっていた。しかも、ノアも自分同様に()()()()()()()()()()事にも気付いていた。

 確かに嘘をついてる点では一緒だ。しかし、自分には結婚話を蹴ったというもう一つペナルティがあるのだ。

 

 もちろん彼だって、いつまでもこの関係を続けられるとは思っていなかった。

 いずれは声変わりをするだろうし、髭だって生えてくるだろう。

 その時は素直に謝って、許しを請うつもりだった。そしてどんなに時間がかかっても、もう一度関係を再構築しようと思っていた。

 だからレオナルドは姉達にこう言った。

 

「心配してくれてありがとう。でも正直に話すよ。だって、僕は彼女と一生付き合いたいと思っているから。

 例え、一旦嫌われても、またやり直したいと思う……」


 すると姉達は複雑な顔をして笑った。

 

『嫌われても諦めないって、それってストーカーじゃない? 却って余計に嫌われないかしら?』

 

『でも、元々は私達が面白がって女装させて買い物へ行かせたのがいけなかったのよね、責任感じるわ……』

 

『しかも、それがお見合いをぶち壊す手伝いをする見返りだったわけだしね。ああ、罪悪感が……』

 

『綿菓子や林檎飴が食べたいなんて言わなきゃ良かったわ……』

 

 そもそも学園の平民の友人から露店の食べ物が美味しいと聞いた姉達が、レオナルドに買って来て欲しいと依頼したのが事の発端だった。

 

 王都で三日間開かれる祭りはこの国最大で、平民達にとってはもっとも大切な祭りだ。

 しかし、貴族達は平民の祭りだと馬鹿にして参加するのを避けていた。いやむしろ治安が悪くなるからと子弟を屋敷から出さないようにしていた。

 

 故に侯爵家の超美少女姉妹が祭りを見に行くなんてとんでもない事だった。もちろん使用人にも頼めない。

 だから弟に頼む事にしたのだ。弟なら幼い頃から武術を習っていたから。

 とは言え、自分達以上に美しく目立つ弟をそのままで行かせるのはまずいと変装させる事にした。

 貴族は悪党に狙われそうだから、平民の格好をさせ、珍しい金色の瞳を東国で作られた秘道具で変えるのだ。

 しかし、その時この屋敷で用意出来たのが平民の女の子用の服だけだった。そのために女装する羽目になったと言う訳だ。

 

 

 

 ザクリーム侯爵家はこの国の筆頭侯爵家である。

 先祖は国を興した指導者のうちの一人で、自らはトップには立たず仲間の補佐に徹した。それを感謝した王家によって侯爵の地位を与えられたのである。

 その後もザクリーム侯爵家はトップを望む事なく補佐の職に徹したので、更に王家の信頼を得て、その地位を確固なものにしていった。

 それ故に王家の親族が新たに興した公爵家などよりもよほど歴史が古い名家であり、王家も一目置く家だった。

 

 ザクリーム侯爵夫妻は典型的な保守的な考えの持ち主で、伝統や格式を重んじ、子供達にもそれを強要したが、そういった歴史的背景があった。

 

 このザクリーム家の家風は子供達にとってはいい迷惑だったが、唯一恩恵があったと言えば、王家と縁を結ばなくて済んだ事くらいであろうか。

 

 王家の補佐に徹する事をモットーにしているため、王家と親戚関係になる事を歴代の当主達が頑なに拒否してきたために、今ではそれが貴族社会の当然の決まり事になっている。

 それ故に王家や王族の血を引く公爵家からの縁談を拒否しても、不敬罪に問われる事はないのだ。

 

 社交界のツートップと評価の高かったレオナルドの二人の姉達が、王太子ローバートの婚約者候補にならずに済んだのは、そういう事情があった。

 そうでなければ、平々凡々で取り立てて優れたところのないヴェオリア公爵の孫娘が王太子妃などになれる訳が無かったのだ。

 貴族の多くは、ザクリーム侯爵家の令嬢のどちらかが王太子妃になってくれたら、王宮も改善されたであろうと残念がっていた。

 

 因みにローバート殿下の同母妹はレオナルドとは同い年の幼馴染みで、幼い頃から彼の事を慕っていたが、その不文律を知っていた為に、その思いを誰にも告げる事なく他国へ嫁いで行った。

 

 ザクリーム侯爵がライスリード伯爵家との縁を結ぼうとしたのも、伯爵家が侯爵家同様にバリバリの保守派で王族一筋に忠誠を尽くすのをモットーにする同志だったからである。

 

 本来貴族は王族ではなく国民を向いて政策を施すべきである。元々この国を興したリーダー達は争い事から人々を救うために建国したのだから。

 それなのに過ちを犯す王族を戒めるどころか、それを見逃し、あまつさえ不正に手を貸すなど、むしろ不忠な行いだ。それを両当主はわかっていなかった。

 

 レオナルドは幼い頃からとても利発だった。それに姉達からも色々と情報を得ていたので、両親達の価値観や政治的姿勢に反発を覚えていた。

 だからこの両家を結ぶ婚約話をどうしても失くしてしまいたかったのだ。

 しかし自分達姉弟が両親とは違う考えを持っているように、相手の少女だって両親とは違うかも知れない……まだ十二歳だった少年はその事に思い至らなかった。

 

 そして、もし自分達の願いを叶えてくれたのなら、破談に協力するわと言う姉達の申し出に応じてしまったのだった……

 読んで下さってありがとうございました!

 

 話が一応ある程度区切りの良いところまで来ました。

 

 続きの話は暫く間を置いて、ある程度書きためてから投稿するつもりです。

 その際は完結させるつもりですので、また読んで下さると嬉しいです。

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