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第四十七章 若き侯爵の地雷

 レオナルドがミラージュジュと何故離れなければならなくなったのか、この章から説明していきます。

 ミラージュジュも辛かったのですが、レオナルドも色々大変でした……


「閣下、私の妻はご存知だと思いますが、ライスリード伯爵家の娘です。

 しかし、両親から育児放棄されていました。食事をまともに与えられず、家庭教師もつけてもらえませんでした」

 

 レオナルドの話に宰相閣下は眉を寄せ、嫌悪感を表した。

 

「しかし君の細君は今年一番の成績を修めて学園を卒業したと聞いているが?」

 

「はい、その通りです。

 妻は運良く、行儀見習いでやって来た方に、嫁ぐまでの三年間、学習や手芸やマナーなどの必要最低限の事を学ぶ事が出来ました。

 基礎を作って頂いたおかげで、妻はその後は毎日のように図書館へ通って勉強をし、独学で学園に特待生として入学する事が出来たのです」

 

「毎日図書館・・・」

 

 なるほどと宰相閣下が頷いた。

 

「妻は治安のあまり良くない王都でも一人で動き回る事が出来るように、その家庭教師でもあった恩人のアンジェラ=フォールズ=ノートン女史に、直々に護身術まで教えて頂いていました。

 そのため、彼女は屋敷と図書館を往復している間、毎日のように本人無自覚で人助けばかりしていました。

 恥ずかしながら私も、子供の頃に勝手に街に遊び出かけて酔っぱらいに絡まれて、彼女に助けてもらった事があります。

 しかしまさか王太子殿下まで助けられていたとは思いませんでした」


 レオナルドは深いため息をついた。自分もノアも王太子殿下も、ミラージュジュに助けられて彼女を好きになった。

 一体妻はどれくらいの人に好かれているのか見当も付かない。益々油断できないと再認識させられたのだった。

 

「フォールズ流の? しかも女性用護身術を生み出したアンジェラ女史が、君の細君の恩師だったのか?」

 

 アンジェラ=フォールズ=ノートンはそれはもう有名な教育者であり、女性のための護衛術の生みの親である。

 一部の男性達から恨みを買って何度も襲撃されつつも、その度にその者達を撃退、いやそいつらを確保して警邏隊に突き出していた。

 

 本来ならば王都を守る警邏隊や、騎士団がやるべき事を女性自身でそうせざるを得ないような国にしてしまった事を、宰相は心から申し訳なく思っていた。

 以前から治安維持のために騎士団及び警邏隊の改革をしようとしていたが、それらの上に立つ者の多くが典型的な保守派で、頑として改めようとしなかったのだ。

 

 しかし、最近少し明るい兆しが見えてきた。それがフォールズ一族の教えを受けたフォールズ流派の面々が、このところめきめきと頭角を現してきた事だった。

 次の建国記念の祝いの日には、武功をあげた者達を表彰し、それに見合う役職を授与するつもりだ。

 恐らくフォールズ流派の者達と保守派が総入れ替えになる事だろう。

 抵抗する者達もいるだろうが、今まで家柄重視の依怙贔屓ばかりして真の実力者達から恨みを買っているので、どうせ所属の隊員からの援護射撃は受けられないだろう。

 

 まあそれでも文句を言ってきたら、自らの力を証明出来るように剣術の試合の場くらいは提供してやるつもりだが。

 

 そしてアンジェラ女史にも、女性初の武功の勲章を授与するつもりでいるのだ。

 

「妻が女史から教えを請うたのは、女史が学園を卒業してすぐだったそうですから、女史が今のように活躍されるようになったのは、恐らく妻の事がきっかけだったのでしょうね。

 

 ライスリード伯爵家はとにかく男尊女卑が激しい家で、妻は過酷な状況に置かれていました。

 女史はそんな妻を助けるために、子供や女性が一人でも生きて行けるようにと、色々と試行錯誤しながら指導して下さったそうですから。

 多分その経験からノウハウが出来たのだと思います」

 

 なるほど、と宰相は頷いた。

 

「それにしても、君の細君は大分苦労してきたんだね」

 

「はい。ですから、私は自分の手で彼女を幸せにしたいとずっと思って精進してきました。

 ですから、絶対に他の者から手出しをされたくはないのです。

 例え相手が誰であろうと……」

 

 初めて見る若者の激しい眼光に、宰相は彼の思いの強さを感じた。

 王太子の想いもずっと以前から知っていた。しかし、この若き侯爵の想いがその比ではない事は明らかだった。

 

「妻と婚約してからは、色々な伝手を使って彼女の様子は見守ってきたんです。

 でもまさか、私が彼女に会えなくなった直後に殿下に接触されていたとは思いもしませんでした」

 

 侯爵が苦々しそうにこう言ったので、宰相はふと疑問に思った事を尋ねたが、それは彼の地雷だった……

 

「そう言えば、それ程その少女を大切にしていたのに、何故君は彼女から離れたんだね?」

  

「ええと、ちょっと身体的な問題で……」

 

 侯爵は急に口籠った。

 

「体調が悪くなったのかい?」

 

「最初はまあそんな感じだったので、症状が治まり次第すぐに会いに行こうと思っていたのです。しかしその後、()()()()()()()()()()になって、それが不可能になりまして・・・」

 

「のっぴきならない状況? ああ、あれか!」

 

 宰相はすぐにビンときた。

 

 そう。目の前の若者は稀代の秀才として名高いが、それ以外にも飛び抜けた美貌でも評判だった。

 ただでさえ人並み以上に目鼻立ちが整っているのに、それをいっそう際立たせるように輝く金色の髪に金色の瞳、そして透き通るような白い肌、燃えるような唇・・・

 

 二十歳を過ぎた今でも女装をして座っていれば、男性だとは気付かれないのではと思うほどの美人だ。

 まあ、これ程高身長な女性はそういないだろうから、立ち上がればすぐにばれてしまうだろうが。

 

 彼は武芸にも秀でていて、近衛騎士部隊からの勧誘も凄かったらしい。当然そんなことは政府側で阻止したが。

 そもそも彼は自分の身を守るため、そして今思えば想い人を守るために武芸を身に付けようとしていたのだろう。

 案の定彼は、近衛騎士の話には全く関心を示さなかった。

 

 彼はその美貌故に男女、いや老若男女に好かれる。それ故に彼は面倒事に巻き込まれる事が多い。そして散々な目にも遭っている。

 成人した今現在もこれ程大変なのだから、もっと若かった、いや幼かった頃はさぞ大変だったろう、と宰相は思った。

 そして実際にそうだった事実を宰相は知っていた。

 

 

 家にいる時以外は欲望の目に晒さられて、彼には心休まる所が無かったのではないかと宰相は推測した。

 しかし実際のところ、レオナルドにとって自分の家でさえ、あの毒親のせいで安住の地ではなかった。

 

 ミラージュジュに出会うまで、彼に安らぎを与えてくれた人物は二人の姉だけで、ホッと出来る場所は薔薇園だけだったのだから…

 

 今ではまるで家族同様、いやそれ以上に信頼している執事のパークスや侍女長のマーラは、以前は侯爵家でもっとも大きな領地の管理を任されていて、王都にはいなかったのだ。

 

 

 

 金色は太陽の象徴だ。

 そして農業国であるこの国において太陽はもっとも貴重なモノの代名詞だ。

 

 つまり金色は豊かな実り、つまり富の色で裕福の象徴。

 裕福とは勝利の象徴。

 そして勝利とは、成功者や権力者へと導く道標だ。


 どの国においても黄金は貴重であり、誰もが手に入れたい品であろう。

 しかし、この国では他国よりもその思いが強かった。その証拠に実際に金髪や金色の瞳を持つ子供が生まれると、縁起がいいとその家の者達は大喜びをしたし、良い縁談話が持ち込まれるというのが現実である。

 

 そのため、高位貴族になればなるほど金髪や金色の瞳の人間の比率が高かった。

 とは言え、さすがに金髪金色の瞳の持ち主は滅多にはいない。しかもその上容姿まで整った人間となると・・・

 

 高位貴族や裕福な商人の中には地位や金を使って、金髪金眼の子供を手に入れようとする不埒な者達がいるのだ。

 そんな彼ら彼女らにとって、レオナルド少年はどんな手を使っても手に入れたい垂涎もののお宝だった。

 ところが、このお宝はいかに地位や金を使おうとも手には入れられない国宝だった。

 彼は大金持ちの侯爵家の嫡男で、例え王家だろうが彼を好き勝手に出来る訳が無かったからである。

 

 ところが、黄金コレクターと呼ばれる者達の中にはイカれた輩が少なくない。

 魔物にでも取り憑かれたかのように、その地位や身分、人としての矜持を捨て、例え破滅しようとも、己の欲求のままに行動する連中がいるのだ。

 

 ザクリーム侯爵家も、三人の子供達が幼い頃から何度も危険な目に遭っていたので、普段から子供達の身辺には気を遣っていた。

 しかし、絶世の美少女と名高い二人の娘に比べると、息子の事は男の子だという事で少しばかり油断をしていた。

 送迎には護衛を複数人付けていたが、訪問先にまでは護衛を付けてはいなかったのだ。

 

 それが災いしてしまった・・・

 

 読んで下さってありがとうございます。


 続けて読んで下さると嬉しいです!

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