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第四十六章 夫の賭け

 この話のタイトルに関する話題が再び登場します!

 お楽しみに!



 第一王子ローバートは学園を卒業と同時に王太子になった。そして従妹であるローズメリーと婚約した。

 ローズメリーはヴェオリア公爵の嫡男の娘で、ローバートとは幼馴染みだった。

 その婚約者はとても美人で気立ての優しい娘で、ローバートは彼女の事を嫌いではなかった。しかし恋愛の対象にはなり得なかった。

 何故なら彼女には己というものがなかったからである。ただ祖父に言われるがまま、父親の命じるままに動く人形のような女性であった。

 

 例えば祖父や父親に夫の酒に薬を混ぜろと命じられたら、その薬が何なのかを確認もせずに、言われるがままに従うような女だ。

 そんな女が正妃に相応しい訳がない。

 

 正妃にするなら義母である正妃のような女性がいいと王太子は思っていた。

 しっかりと自分というものがありつつも、国のため、国民のために尽くせる人。俯瞰的に物が見えて、遠い先を見据えて行動出来る人。そして愛情深い人・・・

 

 間違ってもローズメリーではない。しかし、彼女を拒絶しては祖父であるヴェオリア公爵がどんな暴走をするかわからない。

 この国が危機的状況に陥る前にあの男を破滅させなければならないが、上手くやらないと、やけになったあの男が何をしでかすかわったものではない。

 

 あの男はもっと早く引退させるべきだったのだ。

 しかし、前国王が急遽亡くなり、現国王には当時頼るべき年長者があの者しかなかった。そして頼られてあの男はいい気になった。

 

 人は例えどんなに立派な功績を残した者でも、年をとると権力を手放したくなくなるものだ。

 そしてその強欲さが、素晴らしい過去の栄光までも汚してしまう。

 だからこそ本当はそうなる前に次世代に譲るべきだったのだ。

 しかしそれをアドバイスする者はなく、彼は醜い欲の塊の怪物に成り下がってしまった。

 

 なるべく早く、王族側の勢力を伸ばしながら、徐々に祖父の手足をもぎ取っていかなければならない。

 王太子が婚約者と結婚したのは、その時が来る前に騒ぎを起こしたくなかったからだ。

 そして彼の思い人はまだ幼すぎて、結婚の相手としては考えてはいなかったからだ。

 とは言え、後になって考えてみれば、彼女の事を放置せずにきちんと調べておけば良かったのだ。

 

 王太子妃に子供が出来ず、祖父であるヴェオリア公爵に側妃の打診をされた時、王太子の頭にはいつかの少女が浮かんだ。すると、もう彼女の事しか考えられなくなってしまったのだ。

 しかし少女がどこの誰だかわからなかった。

 あの時の護衛達が優秀だったならば、主が親しく話しかけた相手の事は調査していただろうに。

 

 舞踏会に出席する度に王太子は少女を探していたが、彼女を見つける事は出来なかった。

 少女は伯爵家の令嬢だったが、偏屈な両親のせいで舞踏会には参加させて貰えなかったのだから当然である。

 

 この国では社交シーズンが始まる直前に、国王がデビュタントのためのパーティーを主催する。そこに参加出来る令嬢の年齢は十五歳から二十歳前である。

 王太子は彼女がそろそろ参加してもおかしくないと思われる頃から、自らそのパーティーに参加して探したが、それでも彼女を見つけられなかった。

 

 一応彼女は昨年のデビュタントには参加していた。

 しかし、ホールに入る前に兄からエスコートを放棄されてしまったために、ダンスを踊る事もなく、隅っこでモクモクと普段食べられない食事を摂っていた。その為に王太子は彼女を見つけられなかったのだ。

 

 やはり彼女は貴族ではなく平民だったのかもしれない……やがて王太子はそう思うようになった。

 もちろん、だからと言って今更諦めるつもりはなかったが。

 

 王家の力を使うとヴェオリア公爵に気付かれる恐れがある。それ故に彼は宰相に相談したのだ。彼女を探してはもらえないかと。

 

 

「確かに図書館で調査してみると、その少女の存在は確認されたんだよ。彼女は六、七歳の頃から二、三年前まで毎日のように通っていたようなんだ。

 当時図書館の利用者の中では彼女を知らぬ者がいないくらい有名で、『小さな図書館長』と言うあだ名がつけられていたそうだ。 

 ところが、その割に彼女の素性を知る者は誰もいなかったんだよ。

 『ミージュ』と呼ばれていたそうだが、本名なのかどうかもわからないらしい。そしてどこの家の娘なのかも。

 彼女は朝から夕方までずっと本を読み、あまり人とは関わらなかったらしい。

 時折庭に出て運動なんかもしていたらしいが、その際も人とは話をしなかったようだ」

 

 宰相の話を聞いていたレオナルドは動悸が止まらなかった。

 自分が姿を消した後で王太子殿下がミラージュジュと出会っていたとは……

 もし、その時彼女の身元が判明していたら、今頃どうなっていたかわからない。

 

 殿下が本気でミラージュジュを探し始めた時、彼女は既に自分の婚約者だった。

 しかし、あのヴェオリア公爵がしゃしゃり出てきたら、どんな手を使おうともミラージュジュを王太子の側室にしようとしただろう。

 彼女の家はヴェオリア公爵一派と陰では繋がっていて、両家にとって都合が良かった筈だから。

 

 レオナルドは大きくブルッと震えた。恐らくは一年以上前の自分も同じ恐怖を覚えたのだろう。

 だからミラージュジュとの結婚をあんなにも急いだのだ。

 王太子に見つけられる前に、王太子に奪われないように早く早く自分だけのものにしてしまおうと……

 

 そして妻を守るためには別宅では不安で、屋敷で暮らす事にしたに違いない。屋敷の方が断然警備をしやすいし、使用人達もしっかりしているから。

 

 そうか…

 姉や侍女達に大不評だった、例の古いデザインの()()()()()()()()を妻に着せたのも、ザクリーム侯爵夫人があの『ミージュ』だとわからないようにする為だったのか。

 ミラージュジュには、第二王子の保守派パーティーに呼ばれないように、エセ改革派と接触しないようにと説明していたらしいが、これが一番の目的だったのか・・・

 

 質素で飾り気がない格好をしていたが、とても愛らしかったミラージュジュ……

 その彼女が一世代前のいかめしい服とヘアスタイルで現れたら、例え目の前で挨拶したとしても、()()()()()()()()()()』とは気付かないだろうと。

 まあ、一種の賭けに出たのだろう。半年前の自分によく頑張ったと褒めてやりたい気持ちだった。

 

「そんな少女にも以前は仲の良い友人が二人いたそうなんだが、同じような時期に急に二人とも図書館に現れなくなったらしいよ。

 その二人というのがそれはもう天使のように美しい、かなり目立つ少女達だったので、人攫いに遭ったのではないかと噂になったらしいよ。

 もっとも彼女達の身元も全くわからなかったから、それが本当に起こった事なのかどうかは定かじゃないがね。

 これって不思議だよね。かなりの作為を感じるよ。

 彼女達三人は意識的に身元を隠していたと考えるのが妥当だよね。

 私は王太子とは違う観点で彼女達に興味があるよ。君はどうかね?」

 

 宰相閣下は探るような目で若い部下を見た。

 普段とは違う彼の様子に何かを感じたのだろう。

 レオナルドは大きな呼吸を一つすると、宰相閣下の目をしっかりと見つめてこう言った。

 

「宰相閣下、私はその『ミージュ』と名乗っていた少女の見当がついています。

 恐らく閣下も彼女に会った事がありますよ」

 

「えっ?」

 

 宰相閣下が目を剥いた。長年探していた少女と自分に面識があったなんて。

 

「その少女の本当の名前はミラージュジュ…… 私の妻だと思います……」

 

 宰相閣下は瞠目した。

 

 

 以前のレオナルドは自分一人だけで妻を守ろうとして、人に助けを求めなかった。

 それは他人を一切信用していなかったと言うより、親しい人達に迷惑をかけたくないと思っていたのだろう。

 そして妻は自分が守るのだと意固地になっていたのだと思う。

 

 しかし同じ過ちは犯さない。もう独りよがりな行動をして、却ってみんなに迷惑をかけたりするような真似はしない。

 そしてもう二度と愛する人を苦しめ、悲しませたりはしない。

 

 助けてもらえるものならば素直に頼ろう。協力をお願いしよう。

 レオナルドはこう決意すると、宰相に妻の話をしたのだった。


読んで下さってありがとうございました!

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