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第四十五章 王太子の初恋

 新たなテンプレ話です。

 ヒロインはたくさんの人々に思われていますが、本人は全く無自覚です!

 婚約者だったレオナルドはずっと苦労していましたが、今回は相手がちょっと・・・だったので、大変でした!


 王太子殿下がまだ第一王子で、学園に通っていた学生の頃、彼は庶民の生活の様子を知る為に、時折変装をしてお忍びで市井に出かけていた。

 

 ある日第一王子は、うっかりとテーラー街に入り込んでしまった。

 そして歩いている時、突然ドンと背中に誰かがぶつかった。

 

「ごめんなさい、上着の背中にソースをつけてしまったわ。

 今すぐハンカチで取りますからじっとしていて下さい」

 

 振り向くと彼と同じくらいの年頃の金髪碧眼の美しい少女が、手にコロッケパン(王子はその食べ物を知らなかったが…)を持って立っていた。

 食べ歩きをしていたのだろう。

 

 食べ歩きなどという行為そのものを知らなかった王子は、ただ呆然と少女を見ていたが、その直後にその少女が石畳にうつ伏せに倒れた。

 王子が驚いてその少女を抱き起こそうとした時、グイッと腕を掴まれて引っ張られた。

 

「何してるの! 鞄を盗まれるわよ!」

 

 その声に振り向くと、二十代半ばと思われる髭面の男が、王子が足元に置いた鞄に手をかけていた。

 王子が慌てて鞄を取り返すと、後方で控えていた護衛達が数人がかりでそのスリの男を捕まえた。

 

 すると、王子の腕を掴んでいた少女がその手を離してから大声で叫んだ。

 

「おじさん達何をやっているの? そこに倒れた振りをしたお姉さんも捕まえなさいよ。二人はグルよ!」

 

 その声に慌てて起き上がって逃げようとした若い女性は、捕まえようとした護衛に抵抗して暴れた。

 その様子を、呆気にとられて見ていた王子に向かって、まだ十歳そこそこに見える少女がこう言った。

 

「お兄さん、あの護衛のおじさん達クビにした方がいいわよ。

 こんな危険なテーラー街に主が足を踏み込んでも止めないし、スリの小芝居は見抜けないし。

 あれじゃ主を守れないでしょ!」

 

 確かに何度か市井を訪れてはいたが、護衛の騎士達に頼りなさを覚えていた。

 彼らはあまり王都に精通していないと薄々と感じていたのだ。

 彼らは高い家柄の次男三男がほとんどで、今まで家と騎士の訓練所しか往復していなかったのだろう。

 確かに剣の腕は立つし、真面目だ。しかし……

 騎士達の護衛としての能力を咄嗟に見極めて、クビにしろと言ったその少女に王子は驚いた。

 

 王子は礼がしたいと申し出たが、自分は特別に何もしていなからいらないと少女は答えた。

 王子はそれにまた驚いた。

 それまで彼の周りの者達は皆、人の為に何かをすれば、その見返りを貰えるのが当然だと思っているような連中ばかりだったから……


「それじゃ、気を付けてね、お兄さん。

 ここを少し行けば十字路があるから、そこを右に曲がれば安全な大通りに出られるよ」

 

 少女はそう言うと、コツコツと木靴を鳴らしながら歩き出した。

 王子は慌てて彼女の後を追った。

 

「これからどこへ行くんだい? 用が済むまで待っているから、食事をご馳走させて欲しい」

 

 少女の背中から声をかけると、少女は振り向く事なく歩きながら言った。

 

「お礼なんかいりません。

 お兄さんも用があるんでしょ? 私なんかに構わずに行ってください」

 

「僕の用事はそれ程急ぎじゃないんだ。ただ図書館へ行ってみようと思っていただけだから」

 

 王子がこう言うと、少女は足を止めて振り向いた。

 

「図書館へ行くのですか? それなら私と一緒です」

 

 少女は笑った。

 明るい茶色の長い髪を後ろで編み、やはり明るい茶色の瞳をしていたその少女は、派手な顔つきではなかったが、とても愛らしかった。

 

 その少女は図書館へ向かう道すがら、先程のスリの手口について説明をしてくれた。

 

 あれは『ソース・スリ』という手法だという。

 それは別にソースに限ったものではなく、ケチャップやマヨネーズなど、簡単には落ちなそうな調味料や食べ物をまず狙った相手の衣類に付ける。

 そしてそれを拭う振りをして、ターゲットの関心を自分に向けさせているうちに、相棒がターゲットから財布や金目の物をすったり、置き引きをするらしい。

 

「このスリは見目麗しい男女がペアを組んでやる事が多いんです。

 食べ物を付ける方は自分に関心を持たせるのが役目ですから、ターゲットが男性の場合は見目麗しい女性の方がやります。

 そしてターゲットが女性の場合はもちろんイケメンの男性がやります。

 お兄さんもあのお姉さんに見惚れていましたよね」

 

 少女はクスクスと笑った。

 第一王子は少女の話にそんな犯罪があるのかと驚いたが、自分があのスリの女に見惚れていたと思われるのは心外だった。そこで訂正を要求した。

 

「騙されたのは事実だが、僕はあの女性に見惚れていたわけではないよ。若い女性が街中で食べ歩きをしていた事に驚いていただけだ」

 

 すると、少女は隣を歩く若者の身なりを眺め回した後、一人頷いていた。

 確かに地味な服装をしているが、かなり質が良くて高価そうだ。多分平民の裕福な商人の息子当たりの設定をしたつもりなのだろうが、恐らく高位な貴族の令息だろう。

 彼は女性が食べ歩きをするなんて想像した事もなかったのだろう。それは驚いたに違いない。

 それに美人には見慣れていて、先程のスリの女性くらいじゃ確かに見惚れないだろうと。

 

「君は何故そんな犯罪を知っているんだい?」

 

「テーラー街ではあんな犯罪は年がら年中、日常茶飯事なんですよ。知ってて当たり前です。

 色々な犯罪が起こるから、ポケラとして歩いていたら、すぐに身ぐるみ剥がされます」

 

 少女の言葉に第一王子はあ然とした。ポケラって……

 そして王都の中にそんな危険な無法地帯があるとは……

 

「お兄さん、ずいぶんと驚いていますが、この辺はそれでもまだましな地区なんですよ。

 スリやかっぱらい、美人局や詐欺くらいで済んでいますからね。

 強盗や殺人が当たり前の地区もあるんですよ」

 

 そう続けられた説明に、第一王子は瞠目した。王城のお膝元の王都の治安がそれ程悪いとは思ってもみなかったのだ。

 いや、彼だけではなく、王宮の者達は誰もこの事を知らないのだろう。

 もしそうでなければ、自分を市井に出す訳がないのだから。しかもあの危機感のない護衛を付けて……

 

 王宮及び王城の危機管理能力や現状把握の無さに王子は絶句した。

 

 しかし、第一王子がこの話を宰相にしたのは一月後の事だった。

 何故なら、王都の治安の悪さを教えてしまったら、彼が王城から出られなくなってしまうからだ。

 

 王子は助けてもらった少女と会うために図書館へ通いたかったのだ。

 彼女から聞く王都の話はとても役に立ったし、彼女が本から得た知識もとても子供のものとは思えない程豊かなものだったから。

 

「君の将来の夢は何?」

 

「夢ですか?」

 

 王子の質問に少女は黙り込んだ。そして、暫く熟考してからこう答えた。

 

「手に職を付けて独立して、家を出る事です。そして友人を探す事です。

 でも、無理でしょうね」

 

 少女が顔を曇らせた。

 

 最初は平民の娘だと思っていたのだが、彼女が毎日のように図書館に通っているのを知って不思議に思っていた。

 少女は学校へ通っている訳でも働きに出ている訳でもなさそうだったのだ。

 服は質素だし砕けた喋り方をしているが、仕草は優雅でマナーもしっかりしている。

 

 貧しい家の子供なら働きに出ている年頃の筈だし、裕福な家や貴族の子供ならば、こんな治安の悪い街中を護衛や侍女を付けずに行動している訳がない。

 

 そして家を出たいというのだから、今の環境は居心地が良くないのだろう。

 彼女の能力や性格ならば、働き口くらい容易に見つけられそうだが、それが難しいというのは、やはり貴族だからだろうか?

 彼女は自分の家の事は一切話さなかった。

 

 いや、家どころか彼女は最後まで自分の名前さえ教えてくれなかった。

 

「ミージュ、何故君の本当の名前を教えてくれないんだい?」

 

「マックス様、貴方も本当の名前を隠しているでしょう? 理由は私も同じです」

 

 彼女の言う通りだった。第一王子の名前はローバートだったが、それを名乗る訳にはいかなかった。

 ああ、彼女も訳あり貴族の娘なんだね、と第一王子は思った。

 

 彼の父親は平民の娘と許されぬ恋に墜ちた。自分も父親と同じかと思ったら胸が切なくなっていた。しかしもしそうではないのなら、こんなに嬉しい事はない。

 可能性がゼロではない事が嬉しい、と思ったその瞬間、王子はあ然とした。

 

 彼女は十一歳だという。自分よりも七歳も年下の少女にそんな事を考えるなんてどうかしている。

 王子は激しく頭を振った。馬鹿馬鹿しい考えを振り払うかのように。

 

 別れの日に王子は自分のお気に入りの万年筆を彼女に贈った。

 出会った日に助けてもらった事と、その後、王都の事や面白い本を教えてもらったらお礼だと言って。

 

 最初は恐縮して断った少女に、彼はお古だから気にする事はないよと、半ば強引に手渡した。

 

 そして少女はその万年筆をずっと大切にした。

 しかし、王子はその万年筆が、少女と婚約者との仲を深める文通に使われると思いもしなかった。 

 

 読んで下さってありがとうございました!

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