第四十四章 蘇った不安
記憶を失くしてしまった事で、レオナルドは自分が何故そんな行動をしたのか、その訳がわからず色々と苦労しています。
この章ではその疑問の一つについて語られます。
次章以降、驚きの真実がわかります!
朝食を終えた後、主は妻と執事、護衛三人を連れて屋敷の西側にあるヴィラへ向かった。
しかしそこへ行くためにはあの薔薇園を通らなければならない。
妻は平気だと言っていたが、夫の方は胸が痛くて堪らない。
妻ミラージュジュと顔合わせをした時は春薔薇が咲き乱れていた。
妻はその薔薇よりも可憐で愛らしくて、やっと会って話せる事になって舞い上がっていた。
まだ幼かった彼女には心ならずも悲しい思いをさせてしまった。彼女が辛い時に側に居てやれなかった。自分もまだ子供で力がなかったから。
しかし彼女の側に居られるように死に物狂いで努力し研鑽を積んだ。
これからは側にずっと居て、彼女を支えたいと思っていた。
きっと彼女となら、この悲しい思い出ばかりの薔薇園も、楽しい思い出へと変えて行けるだろうと思った。
ところが婚約してすぐに彼は外交官として隣国に赴任する事になり、彼女とは手紙のやり取りしか出来なくなってしまった。
その上あの愛人偽装の話が持ち上がったのだ。
その時の記憶はないが、当時の彼は相当絶望し腹を立てていた事だろう。第二王子や両親やヴェオリア公爵に。
ミラージュジュと幸せな結婚生活を送りたい。そのたった一つの彼の希望、夢を打ち砕いたのだから。
そして、二年間の記憶を失くしたレオナルドは、王都の屋敷に戻ってからずっと疑問に思っている事があった。
それは、何故そんなにミラージュジュとの結婚式を急いだのか、と言う事だ。
確かに彼女が学園を卒業したらすぐに結婚する事にはなっていた。
彼は婚約者と出来るだけ早く結婚したかったし、彼女の方も実家へ一旦戻る事を嫌がっていたので。
しかしニセとは言え、愛人と称される女性のいる家で、大切な妻と新婚生活を送ろうとするか? 普通…… あり得ない。
派閥問題でライスリード家と対立する前に結婚したかったからと思えない事もないが、それにしたって同じ屋敷に住まわすなんて。
カモフラージュの為にラナキュラスを王都の屋敷に住まわせなくてはならないのなら、ミラージュジュの方を両親とは別の領地の屋敷に住まわす事も出来ただろう。
そして妻のためなら、多少遠くなろうとも、その屋敷から自分は王城へ通った筈だ。
それなのに何故それをしなかった?
何故無理矢理結婚式を挙げ、ミラージュジュをあの屋敷に住まわせた?
恐らく、どうしても妻をあの屋敷に住まわせなければならない理由があったに違いない。
妻に辛い思いをさせようと、使用人の信頼を無くそうと、自分自身を傷付けようとも・・・
そしてその理由がわかったのは、自宅療養後に登城して間もなくだった。
レオナルドが宰相に呼ばれて彼の執務室へ行ってみると、自分が隣国へ赴任してから宰相宛に送った手紙の束を見せられた。
その手紙には隣国で気付いた母国についての問題点がいくつも書き綴られてあった。
そして隣国と本国との間にある二つのルートで、密貿易や亡命、そして人身売買がなされている、という情報も記されていた。
しかもそれに関与している両国の関係者及び関係施設についてもいくつか記載されていた。
しかしさすがに、自分の親が第二王子と結んだ契約については知らせてはいなかったようだった。
それ故に、レオナルドが宰相にあの馬車の落石事件(事故として処理されていた…)についての真相を話した時、宰相はあまりの事に頭を抱えてしまった。
宰相も犯人が誰なのか、見当が付いたのだろう。
そして宰相閣下は若い部下というか自分の後継者(外務大臣と奪い合っている!)と考えているレオナルドに心から同情した。
「それにしても、何故ヴェオリア公爵はアダムズ殿下とラナキュラス嬢の仲をとりもとうとしたのでしょうか?
そのメリットが何か、いくら考えてもわからないのですが・・・」
「マリア王子妃に子供を産ませないためだろう。
妃殿下のお産みになったお子は、性別に関係なく王位継承権を与えられるという誓約が成されているからね」
宰相の言葉にレオナルドは頷きながらも更にこう尋ねた。
「それはわかりますが、マリア王子妃殿下に子供を作らせないように画策する前に、王太子殿下に側妃を持って頂き、早く後継者をお作りになって頂いた方が良いのではないですか。
ヴェオリア公爵はご自分の孫娘でなくても、親族や息のかかっている仲間内の令嬢と縁を結ばせれば良かったのではないですか?
王太子妃殿下が反対されたのですか?」
「いや、王太子妃殿下は祖父や父親、そして義母で実の叔母である側妃殿下の言いなりだ。
王太子殿下を慕うお気持ちは確かにあるだろうが、寧ろお子が出来ない事を気に病んでいらっしゃる。
自分の以外の誰であろうと、お子が出来ればホッとなさるだろう」
「それでは何故ヴェオリア公爵やご子息は何もしないのですか? それとも水面下では動いていると言う事なのですか?」
「いや、王太子殿下がそれを、ヴェオリア公爵家からのご令嬢の紹介を全て拒否されているようなんだよ」
「妃殿下一筋と言う事ですか? 妃殿下以外に女性との関係を持つのがお嫌だと?」
あの真面目そうな王太子殿下ならあり得ない話でもないなとレオナルドは思った。
彼自身も妻以外の女性と関係を持つつもりは全くなかったので。
ところが、宰相閣下は首を振った。
「確かに王太子殿下は妃殿下を大切に思っていらっしゃるだろう。元々従兄妹同士で幼馴染みの関係だったからね。
ただ、恋愛感情と言うものではないらしい」
「では何故殿下はそれ程側妃を迎えるのを拒否されているのでしょうか?」
レオナルドがそう尋ねると、何故か宰相閣下はフッと微笑んだ。
「ここまでの話は、一年近く前に君が一時帰国した際にも話題に上がったのだよ。君は忘れているだろうが。
王太子殿下にはね、妃殿下と婚約する以前からお好きな方がいらしたんだよ。
当時私も殿下に相談されていたので、もちろんその事は知っていた。
まさか今でもその少女を思っていらしたとは思わなかったが…」
「私は一時帰国していたのですか?」
レオナルドは驚いた。家の者からそんな話は聞いていなかったので。
「お忍びで帰ってきてもらったんだ。
密貿易や人身売買のこちらの関係者について、調査するための話し合いに」
「そうでしたか…」
「そう言えば、王太子殿下の初恋話を聞いた時、君の様子が少し、いや大分おかしかったんだが、あれはなんだったんだろうね。
普段冷静沈着で感情を表す事のない君が、何かに驚いて、酷く焦っていたんだよ」
宰相閣下は急に思い出したようにこう言った。
「私がですか?
王太子殿下の初恋の話に何故私が反応したのでしょうか?
そのお相手が私の知り合いだったのでしょうか?」
レオナルドの疑問にそれはないだろうと宰相閣下は笑った。
何故なら、王太子殿下の初恋の相手は、王都の平民街の中にある図書館に、お供も付けずに通っているような少女だったのだからと。
しかもかなり年下の少女らしい。
しかし、それを聞いたレオナルドは笑えなかった。
もしかしたら……? という不安が彼の頭をよぎったのだった。
読んで下さってありがとうございました!




