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第四十三章 夫専用の棚

 皆が色々とわだかまりを持ちつつも、解決に向かって進もうと決意します。そんな話です。


 

「不敬だと言う事は重々承知で言わせて頂きます。

 私の妻はまだ十一の時に、既に教会で人身売買が行われているのではないかと言う疑問を抱いたそうです。

 教会で暮らしていた妻の親友が突然姿を消したからです。妻は教会に問いただそうとしましたが、まだ子供だったので何も出来なかったと、ずっと苦しんでいました。

 でも、後でそれを知って私はゾッとしました。よく教会の連中に捕まらなかったと。

 彼女が無事だったのは、たまたま妻の父親が保守派のライスリード家だったからでしょう。

 ライスリード伯爵は娘を育児放棄、虐待していました。しかしまさか、伯爵が娘の事になんて全く関心がないとは、教会も思わなかったでしょうからね。

 もし知られていたら、彼女も消されるか、異国へ売り飛ばされていた事でしょう。

 そして妻は学園に入学して間もなくして、教会が悪事をしている事を確信しました。

 それは、友人が高級店で購入したという刺繍入りのハンカチーフを彼女が目にしたからです。

 何とそれは、妻が教会のバザー用にと刺繍した物だったのです。

 教会はバザー用に提供された品を横流しして儲けていたんですよ。

 しかも、その売り上げ金を教会運営に回したのならともかく、自分達の贅沢や貴族への上納金に使ったのでしょうね。

 孤児達はろくな食事も与えられずに飢えに苦しみ、読み書きなどの最低限の教育も受けられなかったようですから」

 

「そんなに昔からか・・・」


「妻の友人とは私も友人で、最近になって偶然に会ったのですが、彼女は言っていました。

 母国にいる時よりも、売られて隣国へ行ってからの方が幸せだったと。

 毎日ご飯が食べられて、暖かい部屋に住めて、勉強が出来て、そして悪事の手伝いをさせられる事も、殴られる事もなかったから、と・・・」

 

 レオナルドは退院してから、ミラージュジュには内緒でノアと手紙のやり取りをしていたのだった。

 


 国王はレオナルドの言葉を聞いて、更に顔色を悪くした。 

 そしてしばらく沈黙した後で、徐に口を開いた。

  

「自分の罪は必ず償う。しかしそれはやるべき事をしてからだ。

 今更遅過ぎると言われるのはわかっているが、どうか手を貸して欲しい。私一人ではこの国を変えられない。頼む」

 

 そう陛下はおっしゃった。

 宰相閣下は苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、個人的な恨み辛みで物事を判断するような人物ではない。

 沈みかけているこの船を立て直したいというのなら、沈没してしまう直前までもがくしかない。

 それが運航を任された船長と乗務員の義務だ。

 国民と言う名の乗客を、このまま見殺して逃げ出す訳にはいかない。

 

 まず宰相閣下が鷹揚に頷き、レオナルドもそれに倣ったのだった・・・

 

 

「それで、これからどうなさるのですか?」

 

 パークスが尋ねた。

 

「まずは仲間集めだろうね。これは慎重にやらないと。裏切り者が一人でも出たら即アウトだからな。

 まあ、正妃殿下と宰相閣下がなさるだろう。陛下と違って今までコツコツと人脈作りをなさっていたからな。

 後は教会の犯罪を暴いて潰し、ヴェオリア公爵家の資金源を潰す事だな。子供達も早く救い出さなければいけないし。

 こちらはジュジュが既に証拠集めをしていたようだし、ノアにも協力してもらうつもりだ。彼女は教会の実情を全て知っているから」

 

「奥様がそのような事を……

 本当に凄い方ですね。私達もしっかりと奥様をお守りしないといけませんね。ノアの事も。いくら天才スパイと言えども油断大敵ですから。

 それにしても、第二王子殿下の事はどうなさるのですか?」

 

「取り敢えず放っておくそうだよ。彼に構っている暇はないそうだ。

 ラナキュラス嬢の事も隠しておくそうだよ」

 

「あの方の亡骸はどうなさったのですか?」

 

「僕が修道院へ手紙を書いて、真実を告げた。すると彼女を気の毒がって、引き取って下さった。

 彼女もようやく安心して休めるだろう。

 僕が彼女を連れて行ったから、あんな事件に巻き込まれたんだ。責任を感じている。

 落ち着いたらジュジュと一緒に、一度花を捧げに行きたいと思っているよ」

 

「旦那様が気に病む事はありません。悪いのは第二王子殿下と陛下、そしてヴェオリア公爵家です」

 

「ありがとう、パークス。そう言ってもらえただけで、少しだけ心が軽くなったよ」

 

 当主はやり切れなそうな顔でそう言った。

 

 

 翌日当主が目を覚まし、身支度を整えてリビングへ行ってみると、妻の明るく楽しそうな声がした。

 その声の方に顔を向けると、庭のベンチに男装をしたノアと満面の笑みで話をしてる妻がいた。

 

 実質的には昨日七年振りに会ったのに、ろくに話が出来なかったのだから、積もり積もった話があるだろう。

 わかる。それはわかるのだが、自分以外の人間にあんなにかわいらしい顔で、嬉しそうに笑う妻を見ているのは耐えられない。

 狭量と呼ばれようが、他の者達にかわいい自分の妻の笑顔を見せたくない。特にあのノアには・・・

 

 しかし、二人の邪魔をするのも心苦しくて、彼らから目を背けて厨房へ向かった。

 夕べの話に出てきた保存食を見てみようと思ったのだ。

 

 突然現れた当主に料理人達は驚いたが、保存食を見たいと言うと、一番若い見習いの少年が、案内をしてくれた。

 厨房の奥にある広いパントリーの中で、ひときわ可愛らしく華やいだ棚があった。

 大小様々なガラス瓶に色とりどりの紙が貼られている。

 

 側によって見てみると、妻の文字でラベリングされている。

 ☓☓☓☓年☓月☓日 苺ジャム……

 スモモジャム、ルバーブジャム……

 

「まだ三種類ですが、これから実りの季節ですから色々試してみたいと思っています。

 果物だけでなく、干し芋とか、芋柄とか、乾燥椎茸とか、干し大根とか、それに川に鮭が遡上してきたらスモークサーモンにしようと奥様とお話ししています」

 

 見習い少年はニコニコと楽しげに説明してくれた。

 妻はマーラやナラエ達と保存食や菓子作りに嵌っていると聞いたが、調理人達も手伝っているようだ。

 

「余計な仕事を増やしてしまって悪いな」

 

 当主の言葉に、見習い少年は少し驚いた顔をしてから、ニッコリした。

 

「とんでもないです、旦那様。

 奥様は私達には迷惑をかけないように気を付けて下さっています。

 こちらこそ奥様に色々教えて頂けて感謝しているんです。

 奥様は野菜や果物、魚などの食材にとても詳しくて、仕入れをする時にとても参考になると先輩方も言っています。

 なんでも食物に関する本をたくさん読んでいらっしゃるそうで。

 しかし、奥様は調理法やメニューなどには、どの料理も全て美味しいわ、と一切口を挟まれません。さすがだと思います。

 保存食作りや菓子作りも、家でも作れそうな物が多く、家族にも喜ばれているんです。だから、みんな積極的に手伝わせて頂いております」

 

「君はいくつだい?」

 

「先日十七になりました。誕生日には奥様からは手作りの焼き菓子を頂きました。ありがとうございました」

 

 嬉しそうに笑った少年に少しイラッとした。

 結婚してから自分はまだ一度も妻の手作りをもらっていないのに。いや、刺繍入りのハンカチーフならもらっているが…

 

 彼は妻とは一歳違いだ。妻に恋愛感情を持ってもおかしくない。

 妻はあんなに愛らしくてかわいいのだから。そして賢くて優しい。

 

 当主がモヤモヤしていると、見習いが一番上の棚を指差してこう言った。

 

「あそこが旦那様用の棚です」

 

「私用? それはどういう意味だね?」

 

 当主が頭を捻りながらそこへ近づいてみると、そこには他のものより大きめな瓶がいくつか置いてあった。

 赤、薄ピンク、明るい紫・・・

 カラフルな色のジャムの瓶だった。

 

 その明るくて綺麗な色をしたジャムの入った瓶には、やはり妻の手書きでラベリングがされていて、『レオナルド様用苺ジャム』と書いてあった。

 

「旦那様専用のジャムです。

 旦那様のお誕生日にはケーキを焼いて、ジャムで飾りつけたいとおっしゃっていましたよ。

 それに旦那様にお時間が取れて、ゆっくりティータイムを楽しめるようになったら、是非ともお茶と共に手作りのクッキーやスティックパンにこちらのジャムを載せてお出ししたいと……」

 

 記憶を失くして覚えていないのだが、結婚してから妻とゆっくりとティータイムの時間も持てなかったのか…… 

 いや、仮面夫婦を演じていたから、一緒にいるのを意図的に避けていたのだろうか……

 

 妻は、ミラージュジュは一体どんな気持ちでこのジャムの瓶のラベルに文字を記入したのだろう。

 自分の手作りのジャムを食べさせる事なんてないかも……と思いながら書いていたのかも知れない。

 

 本当にジュジュには可哀想な事をしてしまった。

 レオナルドは改めて妻に心の中で詫びたのだった。

 

 読んで下さってありがとうございました。


 励ましのコメントを頂いてとても嬉しいです。これからも完結目指して頑張ります!


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