第四十二章 救いのない懺悔
今まで語られてこなかった正妃の過去話が出て来ます。
第二王子妃を上回る悲惨さに、切なくなります。
いくら王子であるとは言え、アダムズには社会的な力がなかった。
筆頭公爵家令嬢に学園の卒業パーティーで婚約破棄宣言をしたような男を、たとえ王子だろうが未遂だろうが、世間は信用などはしない。
契約を結ぼうが、いつ裏切られるのかわかったものじゃないのだから。
そんな彼を助けてくれるのは、もはやヴェオリア公爵家とその一派しかなかった。
「針の筵のような結婚生活はお辛いでしょう。やはり、貴方は真実の愛を貫くべきだったのです。
しかし、王族として今更離縁も出来ないでしょうし、あのご令嬢を今更愛妾として召し上げるのも無理でございましょう。
しかし、外で関係を持たれる事は可能です。いいえ、心配は御無用です。私達がご協力させて頂きますよ。
幼き頃より貴方のお世話をさせて頂いているのですから」
言葉巧みに誘導され、第二王子はかつての恋人との甘い学園生活を思い出し、久しぶりに胸をときめかせた。
そしてあの頃の幸せを取り戻したいと、ヴェオリア公爵の言われるままに動いてしまった。
国からの寄付金を無くすと脅して、修道院から無理矢理にラナキュラスを連れ出し、近くの宿で久しぶりに彼女と関係を持った。
気分が最高潮に高まった。しかし、この時に気付けば良かったのだ。
彼が脅さなければ彼女が修道院を出なかった事実を。
彼女が自分の前で手を組みながら涙していた理由を。
そして妻に対して申し訳ないと一瞬思った自分の気持ちを。
後ろめたい気持ちが更に頑なに引き戻せない状態へと駆り立てた。
ヴェオリア公爵の指示通りにザクリーム侯爵と契約を結んだ。
それが彼の悪事を容認するものだと、その契約内容を読めばわかる事なのに、彼は王家に忠誠を尽くす忠義者なのだと、無理矢理に思い込んだ。
冷静に考えれば、現侯爵はともかく、次期侯爵が跡目を継げば、清廉潔白(実はそこそこ腹黒だが…)なあの先輩が、その契約を引き継ぐ事などあり得ないのに。
ザクリーム侯爵家令息には婚約者がいる事を知っていたのに。
ラナキュラスはヴェオリア公爵の手の者の差配で隣国の我が国の大使館に勤め始めた。
貴族令嬢である彼女が侍女の真似事をするのは可哀想だ。
早く我が国に呼び出してやりたくて、外務大臣にレオナルド卿の帰国を要請したが、彼は将来の外務大臣候補であり、経験を積む為に帰国させられないと拒否された。
ヴェオリア公爵に依頼したが彼も拒否されたという。
しかし実際は自分が関与している事が天敵スチュワート公爵の耳にでも入ったらまずい。
それ故になんら対処をせず、ザクリーム侯爵に何とかしろと命じただけであった。
えせ改革派のヴェオリア公爵家と保守派のザクリーム侯爵家は同じ穴のムジナだったのだ。
しかし、ザクリーム侯爵とて息子の出世がかかっているのだ。外務大臣に無理な要望などする筈が無かった。
とうとう業を煮やした第二王子は、ラリーナことラナキュラスをレオナルドではなく、父親のザクリーム侯爵の愛人にしろ、と言い出した。
どうせこの国に呼び戻すための形式的な関係なのだから。
第二王子は今度こそヴェオリア公爵に命じた。ラリーナの帰国に合わせて彼女付のメイドと護衛をつけろと。これはそもそもお前が提案したのだろうと。
目の据わった王子にさすがの公爵も誤魔化しきれず、教会の神父に自分達の命令に従う人物を大使館へ潜入させるようにと命じた。
そう、隣国の闇の組織と繋がっている、ノアを隣国へ売ったあの教会である。
元々その教会は大枚の仕事料を支払って、闇の組織にラナキュラスの密入国を手伝わせていた。
そして今度は、さらには彼女付の侍女と護衛を送り込ませたのだった。
しかし、ヴェオリア公爵は知らなかった。
闇の組織が隣国の公安だった事。
その公安が、正妃と繋がっている隣国の王城の近衛部隊だった事。
そしてその二つの組織を結びつけたのがレオナルド=ザクリームだった事を・・・
もっともその事を本人は忘れてしまっていたが。国王が差し向けた『黒い二本線』のせいで……
しかも、ラナキュラスの侍女についたノアは、レオナルドと彼の妻の友人で、第二王子の行為に激しい怒りを持っていた事。
護衛のベネディクトは、ニセ改革派のヴェオリア公爵一派によって家族を破滅させられていた事を・・・
人を利用し、陰で暗躍して、王族さえ凌ぐ勢力を付けつつあったヴェオリア公爵は、本人達に綻びが出来ている事にまだ気付いていなかった。
というより、獅子身中の虫である王太子の存在を全く気にもしていなかったのだ。
致命的な失敗だ。
アダムズ第二王子の愚行に気付いた国王は、はらわたが煮え繰り返った。彼はすぐ様国王だけが動かせる暗部に指示し、息子とヴェオリア公爵一派の動向を徹底的に調べ上げた。
すると、ヴェオリア公爵一派の悪事が出てくるわ、出てくるわ。
いや暗部は元々知っていた。彼らは王族及び王族に連なる者全員に付いていたのだから。
しかし彼らは、それらの情報を国王に求められなければ決して口にはしない。
それは当たり前の事だ。彼らは対象者の全てを見ている。しかし、彼らが対象者の行為の善悪の判断をしてはいけない。
暗部自身が情報の取捨選択をする資格を持たない以上、国王に求められていないのに、勝手に情報を上げる訳がないのである。
教会が子供を売買して得た利益の一部が、ヴェオリア公爵一派の政治資金になっていると知った時、国王は激怒のあまりに執務机の上に置いてあった水差しを持ち上げて、思わず床に叩き付けた。
そして、国王の愛した若いメイドを苛め抜き、殺害まで計画していたのは側妃の方で、彼女を必死に庇い続けたのが正妃だったという事実を知った時、国王は一瞬呼吸が止まり、目の前が真っ白になった。
その上正妃はメイドの娘の命を守るために、彼女を市井へ逃し、その後も彼女を援助し続けたと言う。
しかし、メイドの方がこれ以上正妃に迷惑をかけられないと、自ら身を隠したのだという。
正妃を糾弾したあの日、いつも淡々として表情を崩さない妻が、大粒の涙を溢しながら、
「私はそんな残忍な事は致しません。母親がたとえ誰でも陛下のお子は私の子供です。
私を信じては下さらないのですか?」
そう言って縋って来たのに、自分は彼女を邪険に払い除けたのだ。
妻は側妃の産んだ第一王子の事も実の子同様に愛情深く育ててくれていたのにも関わらずだ。
何故彼女の言う事を信じなかったのだろう?
自分の愚かさ残酷さに、国王は吐き気がした。
「つまり、陛下が少し本気で調べてみたら、それだけの事実が簡単に出てきたというわけですね?
何故今までそれをされなかったのですか?
何故暗部にお尋ねにならなかったのですか?
チャールズ゠カインが逮捕された時も、正妃殿下やスチュワート公爵、そして私が彼には謀反の心などはない、国を思って改革の狼煙を上げただけだと訴えました。
しかし陛下は我らの言葉には一切耳を傾けず、ヴェオリア公爵一派の言葉だけを鵜呑みにし、奴らが彼を断罪するのを止めなかった。
その結果、我が国はもっとも忠誠心の強かった家の一つである、ローマンシェード伯爵家を潰してしまった・・・」
いつも淡々としている宰相がメラメラと怒りの炎を燃え滾らせて国王を見据えた。
「すまん。本当に申し訳なかった。私には何も見えていなかった」
「誰に対して何を謝っていらっしゃるのですか?
信用に値しない私に今更何を言うおつもりなんですか?」
「・・・・・・・・・」
読んで下さってありがとうございました!
誤字脱字が本当に多くてすみません。スマホの文字入力が本当に苦手です! 涙!
皆様の誤字脱字報告に大変感謝しています。
ただ、意図的にひらがなにしているところもあって、無理に漢字変換していませんので、誤字以外はそのままでお願いします!




