第四十一章 重すぎる謝罪
とにかく重い話です。
どんなに後悔しても償う事の出来ない過去話です!
残っている王族・・・
つまり国王陛下という事?
あまりにも恐れ多くて、ミラージュジュはとてもじゃないがその名を口に出せなかった。それはそこにいた全員が同じだった。
確かに消去法でいくと、その人物しか残らない。しかし、やはりそれでもどうしても疑問が残るのだ。
国王陛下はとても子煩悩な方だと聞いている。姫様方を溺愛し、王太子様や第二王子様も大変かわいがっていた事は有名だ。
その証拠に、あの婚約破棄騒動の時だって、廃嫡を要望した正妃様に激怒され、甘い処分を下したのだから。
しかしレオナルドはこう言った。
「あの事件の時、陛下は正妃殿下に腹を立てられたが、二年後にご自分の方が間違っていた事にようやく気付かれたようだよ」
第二王子を辺境騎士団へ送ってから、国王はまめに息子へ手紙を送った。
それは励ましの言葉や、頑張りを認める言葉と共に、息子の王子としての立場を滾々と諭し、これから王族としていかにあるべきか、その心構えを伝えていった。今更感はあるが。
第二王子が騎士団で良い成績を残した事で、国王はほっと胸を撫で下ろした。
そして息子と共にマリアとスチュワート公爵に改めて謝罪し、二度このような過ちは犯さないと誓い、結婚式を挙げさせたのだ。
国王としての威厳もかなぐり捨てて、息子の為に臣下に頭を下げたのだ。
それなのに、結婚して半年も経たずに、息子は自分が撒いた厳しい現状に立ち向かう事なく逃げ、そもそもの諸悪の根源である恋人とのよりを戻そうと画策し始めた。
しかもそれに手を貸したのは側妃側のヴェオリア公爵一派だった。
もしかしたら唆したのも彼らかも知れない。
王太子妃は結婚して三年が経つが子供が出来なかった。
王太子妃はヴェオリア公爵の嫡男の娘で、王太子とは従兄妹の関係にあった。血が濃すぎたせいではないかと陰では噂をされていた。
元々二人の結婚には反対の声が多くあったのだが、その当時、家格と年齢の釣り合う家が他になく、ヴェオリア公爵のゴリ押しがまかり通ってしまった。
もっともスチュワート公爵家のマリアとは五才違いで、大人になれば大した年の差ではないのに、ヴェオリア公爵は自分の家の血筋にスチュワート公爵家の血を絶対に混ぜたくなかったのだ。
しかし本来ならこれは王家の血筋の話であって、ヴェオリア公爵家には関係がない話なのだ。
つまりもうこの辺で、王家を自分の一族だと思い込み、傀儡政権を目論でいたのであろう。
その権力志向は衰えを知らず、六十を超えても公爵位を息子に譲らなかった。
その為にヴェオリア公爵一派は、王太子よりも第二王子の方に先に子供が出来る事を恐れていたのだ。
愛人の子供なら構わないが、正妻に子供が出来てはまずいと。
マリアが産んだ子には男女どちらでも王位継承権を与えると、結婚の際に国王が誓約書を作成していたからだ。
しかし、彼らは大きな過ちを犯した。第二王子が実際に元愛人のラナキュラスと関係を持つ前に、正妻のマリアは既に妊娠していたのだから。
正妃の助言によって、マリアの妊娠は安定期、いや隠せるギリギリまで内密にしておく事になっていた。
それはヴェオリア公爵一派からマリアとお腹の子を守るためだった。
国王は第二王子の裏切りに、息子の妻であるマリアや、彼の母親である正妃よりも激しい怒りを表した。
妻と仲違いになろうと息子を庇い、家臣にまで頭を下げたというのに、王族としての立場を忘れ、夫として、人としても最低な事をした。
妻は王族として冷静に息子を見極めていたのに、自分は王としての立場ではなく、ただの愚かな親として息子を甘やかしてしまった。
息子を妻の言う通りに廃嫡させ、好きな女性と結婚させておけば、マリアを苦しませずに済んだのだ。
王子ではなくなっても、ただの息子として愛し続けられたのだ。
そして、スチュワート公爵や宰相達からの信用、忠臣を失わずに済んだのだ。
国王は息子の第二王子と、彼を唆したヴェオリア公爵、そして長年の妻の訴えを無視して、第二王子を側妃に面倒見させてきた己を許せなかった。
国王は有能な統治者とは言えないかも知れないが、国を愛する気持ちは強く、国王の義務を全うしようと思っていた。
だから、政略結婚も素直に受け入れたし、国のために側妃も迎えたのだ。そして生まれてきた子供達にも皆等しく愛情を注いできたつもりだった。
それなのに気付けばヴェオリア公爵家の掌の上でまんまと踊らされていただけだった・・・
国王の怒りは頂点に達した。
国王は己自身で決着をつける決心をしたのだ。
「旦那様、それは本当に旦那様の想像なのですか? あまりにも生々しくてリアルなお話だったのですが・・・」
妻の問いに夫は笑った。
「さあ? どうだろうね。
ともかく、ずっと君達が知りたがっていた王宮の人間関係は大体わかってもらえたかな?
それと、あの落石事故の黒幕は誰なのか……」
皆が首肯した。
ノアとベネディクトは疑問がハッキリして清々した顔をしていたが、ザクリーム侯爵家の面々は知りたいとあんなに思っていたのに、今は聞かなければ良かったと思っていた。
そして最後に当主はこう言ってお開きにした。
「ノアとベネディクトがやっと来てくれた事だし、明日からはトムとやらを聴取しよう。今までとは違う角度で質問出来ると思うしね」
マーラはノアを、そしてジャックスはベネディクトを部屋に案内するために出て行った。
その後入浴の準備が整ったと、ナラエがミラージュジュを呼びに来た。
ダイニングにはレオナルドとパークスが残った。
「旦那様、先程の話は旦那様の推測などではなく真実なのでしょう?」
「ああ。陛下から直接にお聞きしたんだよ」
「陛下からですか?」
「前にも言ったと思うが、登城してから王族の方々がやたら近寄って来たんだ。その多くが挙動不審だったのだが、その極め付きが陛下だった。
そして昨日、ついに陛下に目通りする事になって、宰相と共にさっきの話をお聞きしたんだよ」
「そうだったのですか……」
「陛下にすまなかったと謝罪されて、恐れ多くてそっちの方に困ったよ」
「陛下が宰相閣下もいらっしゃる場で頭を下げられたのですか?」
パークスは信じられない!という顔をした。
自分の主は確かに名門侯爵家の当主だ。しかし、陛下の子供と同年代の若輩者なのだ。そのような臣下の者に謝罪するとは……
陛下は本当にレオナルドを巻き込むつもりはなかったようだ。もちろんラナンキュラス嬢の事も。
それは嘘ではないだろうとレオナルドは思った。
彼は第二王子の地方への視察を偶然知って、急遽あの地に向かったのだから、いくら『黒い二本線』だって自分達には気付けなかっただろう。
「この国の将来を担うであろう君を失うところだった。そして新婚の奥方から夫を奪うところだったよ。君が無事で本当に良かった」
「彼は無事ではありませんよ。貴重な彼の二年間の知識と情報が消えました。
これで我が国の進歩が二年間遅れます」
宰相の言葉に国王は項垂れた。そう言えば、宰相は国王陛下の元側近の幼馴染みだったな、とレオナルドは思い出した。かなり信頼し合っているんだな。
そうでなければこんな丸秘情報を漏らさないだろう、そう思った瞬間に宰相がこう言った。
「どういうおつもりで、この場に私までお呼びになったのですか?」
「君にもずっと謝りたいと思っていた。本当に悪かった。ずっと君の忠告を聞かなかった事。
おかげで罰が当たったよ。自分の手で息子を手にかけねばならなくなるとはね」
「今更何なんです? 自分の子供を殺そうとしたのは二度目でしょう?」
宰相のこの言葉にレオナルドは驚いた。気心は知れているのだろうが、今現在仲がいいようには思えない口調だった。
それに二度目とはどういう事だ。殺そうとしたのは今回が初めてではないのか?
「無事に生まれていれば、君の細君と同じ年の子供がいた筈なんだ。
私が唯一愛した女性との間に出来た子供だった。
しかし平民のメイドだったので城内で苛めに遭い、その上殺されかけて城から逃げ出し、その後貧しい生活の中で子供を産めずに亡くなってしまった。
彼女が逃げたのは正妃である妻が嫉妬をして苛めたからだ、そう側妃に言われてそれを鵜呑みにして、それから私は正妃の意見を聞かなくなった。
宰相からは何度もそれは誤解だと言われたにも関わらずだ。全く愚かだったよ。二人の仲を怪しんだりもしたのだから……」
それが今から八か月くらい前、二十年近く経ってようやく、国王は偶然に正妃である妻が冤罪だった事を知った。
それはアダムズ(第二王子)が修道院からラナキュラス嬢を攫ったと知り、暗部の者にそれに関して調べさせた時だった。
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