第四十章 革新派は誰なのか
この章はシリアスに戻ります。
人間関係が複雑になります。
パークスとマーラという意外な組み合わせによる脱線から、再び派閥問題へと切り替えたのは、これも意外な人物だった。
「つまり、この国は主要産業が農業であるために、保守的な人間が多いという事ですよね?
そして、国王陛下や、改革派と呼ばれる者達の方に、むしろ保守的な考えの持ち主が多いのですよね?
では誰が本当の改革派や中立派なのか? という話でしたよね?」
皆に同意を求めるようにこう言ったのはベネディクトだった。
彼だけはミラージュジュの手作りに一切関わりがない人物だったので、冷静に皆の事を見ていたのである。
「そうですね。すみません、年甲斐もなく少々ムキになってしまって申し訳ありませんでした。
旦那様、続きをよろしくお願いします」
パークスが謝罪した。
国王と側妃の父ヴェオリア公爵一派は、若者からの支持を得たいがために、形式上改革派を名乗っているらしい。
しかしその考え方はかなり保守的だ。
第二王子妃のマリアの父スチュワート公爵家は、かつては保守伝統派の実質頂点に立っていた。
だからミラージュジュは、第二王子アダムスはただのお飾りで、公爵が保守派のトップだと思っていたのだった。
ところが現在のスチュワート公爵家当主は実は親類の宰相と同様に中立派だ。
正妃は考え的には当然改革派だが、急激な改革は結局破綻を期す事を十分に理解しているので、派手な動きは一切していない。
故にほぼ中立派と言ってもよいポジションだという。
それでは誰が改革派なのかと言えば、後ろ盾のない下位貴族や、裕福な商人などと繋がっている新興貴族達である。
この改革派は市政との繋がりを持つ者が多く、国の中枢にいる者達よりも、よっぽど社会情勢を把握していた。
隣国の現状をよく知っていて、このままいったら、隣国は自国で食料を賄えるようになり、農作物を買ってはもらえなくなるのではないか、と心配する者も出てきていた。
この国の輸出品と言えば豊かな農産物しかないのに… 多分主食の小麦粉は売れるだろう。しかしその他の野菜は? そして畜産はどうなるだろう?
彼らは似たような仲間同士で互いに協力し合い、独自に調査し、対策を練っていた。しかし、大貴族には伝手がなく、なかなか協力を得られないでいた。
というより、以前に失敗した経験があるので、積極的に高位貴族に頼るのをやめていた。
そう、かつて理想に燃えて彼らを支援しようとした若者が、国家転覆罪と言うでっち上げの罪で有罪判決になったのだ。
家は断絶、父親は自殺、母親と妹達は実家に戻って肩身の狭い暮らしをしているらしい。
そして弟も姿をくらましたまま、どこにいるのかさえわからない。
レオナルドがここまで話すと、皆が一斉にベネディクトを見た。
そこで、今度は彼が主の話の後を続けた。
今、この国に正論を言っても、危機感をどんなに訴えても、今しか見えない連中には何を言っても無駄だ。
国という名の大船が難破し、穴が開いて船底から浸水して船が傾く・・・実際にそういう状況に陥らないと彼らにはわからないようだ。
しかし自分達はそれに付き合うつもりなどない。自分達は無駄な事のためにこれ以上犠牲者を出したくない。
大船に装備されている小船に必要なものを準備して、大船が沈没する前に大海原に漕ぎ出そう。
チャールズ=カイン=ローマンシェード(ベネディクトの兄)が国家反逆罪で有罪になり、ローマンシェード伯爵家が取り潰しになった時、革新派はこの国に見切りをつけたのだ。
彼奴等に何を言っても無駄だ。自分達は地下に潜って、その日の為に各自備えようと。
「改革派はいくつかのグループに分かれていて、一つに纏まっていた訳ではないんです。ただ兄だけがそれを把握していたようです。
しかし彼らの方がやはり兄より世間の厳しさというか裏を読んでいて、兄には本当の身分を明かしていなかったようです。
ですから兄を捕まえて、たとえ拷問しようが、自白剤を使おうが、ほとんどの革新派は捕まる事はなかったのです。
ノアさんの言う通り、兄は世間知らずの甘ちゃんでした。そして俺も。
兄を利用して一人で矢面に立たせておきながら、自分達は偽名を使っていたなんて、と腹を立てていたんです。
でも、違うんですよね。大きな事を成そうとするなら、もっと慎重に相手の裏をかいて行動をしなければならなかったんですよね。
兄のせいで、革新派は地下に身を潜め、この国を見捨ててしまった。誰だって自分達の事しか考えない国よりも、自分の家族の方が大切だ」
「つまり、この国の中枢にはもう革新派はいないって事なんですね?」
奥方がこう問いかけると、意外にも夫は頭を振った。
「それがいるんだよ。と言っても本人はそんな素振りも見せていないがね」
「旦那様の推測ですか?」
「ああ」
「もしかして、それは王太子様ですか?」
妻の言葉に夫は目を丸くした。
「何故そう思うんだい?」
「だって、先程、正妃様の教えを素直に受け入れたのは、お姫様方と王太子様だけだったと、ベネディクトさんがおっしゃっていたじゃないですか」
「・・・・・・・」
「正妃様は俯瞰的に物事を見られる冷静で理知的で立派な方でいらっしゃるんですよね?
ですから、革新的な考えをお持ちになっていても、早急に事を進めようとはなさってはいない。
でもだからと言って、ただじっと手をこまねいていた訳ではないと思ったのです。
案外誰も気付かないうちに計画的にどこかでジワジワとお考えを進行させていらっしゃるのではないかと。
それでは、そんなに時間をかけて助け合い、信用し合える人物は誰か?と考えてみると、王太子殿下しかいらっしゃいませんよね?
ご自分の息子では駄目だとわかりきっているのですから。
それに王太子殿下なら実質保守派の頭であるヴェオリア公爵からすれば孫なのですから、油断というか、疑いもしないですよね。
それこそ『灯台下暗し』なのではないですか?」
夫は正直心の中で舌を巻いていた。
妻が人間関係に鈍感で、貴族社会について興味がない事は子供の頃から知っている。
しかしそれと同時に、頭の回転が速く、社会を見る目を持っている事、理解力や読解力に優れている事はわかっていた。
そうとは言え、王宮にはたった一度しか行った事がないのに、人から話を聞いただけで、これほど内容を理解し、推測が出来るとは・・・
夫は何も答えなかったが、自分の答えは正解だと言わんばかりに、妻はこう続けた。
「王太子殿下が正妃殿下側だとすると、一体誰が第二王子を暗殺しようとしたのか、ますますわからなくなりました。
ヴェオリア公爵や側妃殿下は第二王子を手懐けている訳だから、別に排除する必要はないですよね?
だって、王太子妃殿下にはお子様がお生まれになっていません。
そうなると、もしもの場合、第二王子がいなくなったら、王位継承権は王太子殿下の次に、マリア様がお生みになった第二王子殿下のお子様、つまりライバルのスチュワート公爵家のお孫様になってしまうのですよ。
第二王子殿下なら傀儡政権に出来るでしょうが、マリア様のお子様なら絶対に無理です。
もし第二王子殿下を排除するにしても、それは王太子殿下にお子様が出来てからでしょう?
旦那様、推理の答えが出ていらっしゃるなら、早く誰なのか教えて下さいませ」
「「そこまでわかっているなら、もう答えが出ているのも同然じゃないか(ないですか)」」
レオナルドとノアがほとんど同時に呟いた。
「えっ?」
ミラージュジュが首を捻ると、夫は苦笑いした。
「消去法だよ、ジュジュ。
王族で、しかも『黒い二本線』を自由に扱える者の中から、さっき君が犯人じゃないだろうと予想した人物を除くと、後に誰が残るんだい?」
夫の言葉に妻は瞠目し、信じられないと言う顔をしたのだった。
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