表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/106

第三十八章 苺ジャムと手作りお菓子

 ミラージュジュが、侯爵の人々との交流を深めるきっかけになった、そんなある出来事のお話です!


 結局侍女長の口添えもあって、ミラージュジュは厨房を使わせてもらえる事になった。

 

 そして料理長、料理人、マーラ、ナラエ達が周りで見守る中で、ミラージュジュはジャム作りを始めた。

 まずは朝食で残った苺をへたのついたまま優しく水洗いをしてから水気をよく切った。

 

「へたを取ってから洗うと、水っぽくなるから駄目なのよねぇ〜」

 

 何気なく言った奥様の言葉に、料理人達が目を瞬かせた。彼らはそれを知らなかったからだ。

 

「へたを取るのを手伝ってもらえないかしら?」

 

 奥様の依頼にナラエがすぐに行動を移した。そして夫である料理人にも手伝ってと目で合図を送ると、彼も頷いた。

 

 ナラエは男爵家の出身だったが、領地もなくあまり裕福な家ではなかった。それ故に、執事以外は侍従と護衛と侍女とメイドが一人ずついるだけだった。

 故に家族全員で家の事をしていた。料理も掃除も洗濯も。

 

 だから平民の夫と結婚しても、ナラエは困る事はなかったそうだ。もちろん共働きなので、夫も家事を分担してやってくれるのだそうで、いい夫と結婚出来て幸せだナラエは言っていた。

 夫の方も同僚とはいえ、貴族の令嬢を妻に出来た事をありがたく思って大切にしていた。

 

 ミラージュジュはそれまで仲の良い夫婦というものを見た事がなかったので、彼女達に驚くとともに、とても幸せな気分になった。

 愛し合う夫婦は小説の中だけではなく、実際に存在する事を初めて知ったミラージュジュだった。

 ただしその当時は、自分と夫が両思いである事に全く気付いていなかったので、自分には無縁な世界だと思っていた。

 

 仲良さそうに作業をする二人を微笑みながら見ていたミラージュジュは、やがてその作業を終えると大鍋をコンロの上に置いた。そしてその中にへたを取った苺を入れ、その上に雪山のように白砂糖をまぶした。

 

「砂糖が溶けるまでこのまま一時間くらい置いておくのよ。

 その後は弱火で煮詰めて、また砂糖を加えて更に煮詰めて、最後にレモン汁を加えて軽く煮詰めれば出来上がり。

 そして煮沸消毒した瓶に詰めれば作業は終了。ですから、もうお付き合いをして下さらなくても結構ですよ。皆さん」

 

 ミラージュジュがこう言うとナラエが言った。

 

「それでは、私が砂糖が溶けるまでこちらで見ていますから、奥様はお休みになっていて下さい」

 

 すると、ミラージュジュはニッコリとありがとうと言った後で、彼女の夫に尋ねた。

 

「ヒースさん、あそこの袋に入っているパンはどうするの?」

 

「ああ、池に飛んで来る鳥の餌にしようと思っています」

 

「あら、そうなの?

 でも結構量があるわよね? 少しもらってもいいかしら?」

 

「もちろんです。しかし、そんなパンくずをどうなさるのですか?」

 

「まあ、くずだなんて。これで素敵なデザートが出来るのに」

 

 ミラージュジュは大きな紙袋の中からパンを次々と取り出すと、二種類に分別した。

 そしてパンの耳はスティック状になるように揃えて切り、残った部分をパンの耳以外のパンのグループへ移した。

 

「何かお手伝い出来る事はありますか?」

 

「それでは、そのスティック状のパンの耳を油で素揚げしてもらえないかしら。少し狐色になったら上げて、油をよく切って欲しいの。そして最後に砂糖を少しまぶして下さい」

 

 奥方はヒースにそう言うと、今度は料理長に玉子とミルクとレーズンとバターを用意してもらった。それとココット用の器も出してもらった。

 

 そしてその器にバターを塗ると、小さくちぎったパンとレーズンを重ねるように載せていった。それから溶いた玉子にミルクと砂糖を加えた液を流し入れた。

 

「プディングですか?」

 

「そうです。このパンは鳥の餌にするのにはもったいないですから。これをオーブンで焼いてもらえますか?」

 

 仕事の終わっている料理人に仕事をさせるのは申し訳ないとも思ったが、ただ立って見ているだけなのも退屈だろうと思って、奥方は作業を依頼した。

 別に付き合ってくれなくても一向に構わなかったのにと思いながらも。

 まあ出来上がったら、家族にお土産として持って帰ってもらおう。

 

「奥様、パンスティックが出来上がりました」

 

 ナラエの声に振り向くと、調理台の上には、程よくこんがり揚がったパンスティックが、大皿に盛られてあった。さすがは侯爵家の料理人だ。

 素人が適当に揚げた品とは全く違う。廃棄処分される筈だったパンの耳が高級感溢れるおやつに見える。

 

「アツアツのうちが一番美味しいですから、皆さん、味見をしてみて下さいな。ただ砂糖とパンかすがこぼれるので、小皿をあてて召し上がってね。ちょっと品がないけれど」

 

 奥方の言葉にその場にいた者達がその揚げパンスティックをおずおずと口にした。そして驚きの表情をした。

 

 『美味い!』

 

 使用人全員がそう心の中で思ったが、なんと侍女長のマーラが口に出してこう呟いた。

 

「美味しいですわ。ラスクによく似ていますが、私はこちらの方が好きですわ」

 

 他の者達も頷いた。するとミラージュジュは満面の笑みを浮かべてこう言った。

 

「そうでしょう?

 これにジャムやチョコレートを付けても美味しいのよ。甘いのが苦手な人には、砂糖じゃなくて粗塩をまぶしてもいいと思うわ」

 

「確かにそれも美味しそうですね。

 簡単なのにこんなに美味しいとは。

 奥様はこの作り方をどなたに教わったのですか?」


 料理長が尋ねた。

 すると奥方は屈託のない笑顔を浮かべてこう答えた。


「子供の頃夕食が摂れなくて、夜中にお腹が空いて、食べ物を厨房中を探し回った事があるの。

 だけど、見つかったのは廃棄用の袋に入っていた硬いパンだけだったわ。齧ろうと思ったけど、歯が欠けそうで怖くなって。

 その時街で売っているフライドポテトを思い出して、油で揚げたら柔らかくなるんじゃないかしら? と思って試してみたのよ。

『必要は発明の母』という諺は本当よね」

 

「「「・・・・・」」」

 

 使用人達はなんとも言えないような顔をしていた。

 奥方が実家で辛い思いをしていた事を薄々気付いてはいたが、食べ物にそこまで不自由していたとは思わなかったのだ。

 

 そして最終的にミラージュジュは、残り物と廃棄処分だった筈の材料で苺ジャムと、揚げパンスティック、それからパンプディングを作り上げた。そしてそれらは、厨房にはいなかった使用人達にも配られて、皆に大好評だった。

 

「こんな美味しいパンプディングと苺ジャムを食べるのは初めてです」

 

 メイドの一人がそう言って涙を浮かべたので、

 

「レーズンだけじゃなくて旬の果物や違うジャムを入れたら、もっと美味しくなると思うわ」

 

 そう奥方がアドバイスをすると、一番若手の料理人がパンの袋を持ち上げて、メイドにニカッ!と笑った。

 

「これからいくらでも作ってやるよ。材料ならここにたくさんあるからな!」

 

 どうやら今後は鳥の餌がなくなりそうだ。鳥さんごめんなさい、とミラージュジュは心の中で謝った。

 

 そしてミラージュジュはジャムの入った小瓶を使用人全員にプレゼントした。

 もちろん、夫と執事のパークスの分を残して。

 

 いつも優しくしてくれている屋敷の者達に、お礼がしたいとずっと思っていた。

 しかし、どうやってお礼をすれば良いのか、彼女には全く見当がつかなかった。

 

 子供の頃、彼女はやはり同じように揚げパンスティックや、スウィートポテトを作ってレナやノア、そしてテーラー街の子供達に配って喜ばれてはいた。しかし・・・

 

 まさか残り物の苺や廃棄予定だったパンで作った菓子が、侯爵家の使用人達にこんなにも喜んでもらえるとは思いもよらなかった。

 

 この苺ジャムの事があってから、誰も奥方が厨房に入るのを止めなくなった。

 それどころか、侍女長マーラやナラエ、そしてその他の侍女やメイド達も、厨房が空いている時間に、ジャムやお菓子作りに嵌まるようになった。

 なんと、マーラは甘い物に目がなかったのである。

 

読んで下さってありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ