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第三十六章 国王夫妻の事情

 わかりづらかったと思うのですが、この章で王城の人間関係が少しわかってもらえると思います。 

 ただし、ドロドロな人間関係はまた改めてになります。


 スパイの養成学園に強制編入をさせられたノアは、最初のうちはかなり落ち込んだ。

 しかし、そんな時彼女は親友の言葉を思い出した。

 

「貴女が悪いんじゃないわ。そうするしか生きる道がなかったんだもの仕方がないわ。

 それに、貴女は人の命を奪った訳じゃないし、強欲な人達からだけお金を騙したんでしょ。

 貧しい人々を騙したのなら許せないけど」

 

 ミラージュジュに言わせると、社会的に身分の高い人や金持ちは、生まれながらの特権で良い暮らしが出来ている。

 だから、本来自分の事だけでなく社会にも目を向けて貢献すべきなんだと。

 それをしないでおいて、貧しい者が生きる為に犯してしまった犯罪を咎める資格はないって。


 驚きの考え方だ。

 しかし、確かに金や力のある者達がまず動かないと、社会は変わらないのだ。

 犯罪が少なくて、治安のよい住みやすい社会や国に住みたいのならば、まず、金や力のある者が行動すべきなのだ。

 貧しい者は、その日その日を生き抜く事だけで精一杯なのだから。

 

 そしてそれをすべき筈の上層の者達が動かないのならば、誰かがその代わりに、彼らを利用してでも動かなければならない。

 そうするしかない。詐欺でも脅しでも何をしてでも。綺麗事だけでは何も変わりはしない。

 

 

 公の施設がスパイを養成してくれるというのなら、これほど有り難い話はない。せいぜい利用させてもらおう。

 

 ノアは気持ちを切り替えると、スパイ養成学園に入学した。

 もっともそこは公務員養成学園という看板を掲げていた。当然スパイ養成学園などと表だって公表出来る訳がないのだから。

 

 そしてそれはあながち嘘でもなかった。ありとあらゆる教科の座学の他に、武道や剣術や追跡や張り込み、そして変装などの実技も習うので、外交官や公安警察や麻取捜査員になる者が多いのだ。


 しかし、ノアのような他国からの移民や逃亡者は、当然ながら一般的な公の仕事にはなかなか就けない。

 唯一仕事に就きやすいのがスパイになる事だ。もちろん表面上は違う職名になるのだろうが…

 

 そしてこの国を裏切ればどうなるのかは、言わずもがなだ。

 

 つまりノアはそれを知りながらも隣国を裏切り、レオナルドに寝返ったのだ。

 

 ノアの話を聞いて、ミラージュジュは瞳を大きく見開いて、滂沱の涙を流した。

 

「私のために、私のせいで、大切なノアをそんな危険な状況に陥れてしまったわ……

 どうしたらいいの。私怖いわ」

 

 夫のレオナルドが妻をしっかりと抱き締めた。そして優しく言った。

 

「君がノアを心配する気持ちはわかるよ。だけど、それは余計な心配だし、彼女を侮辱しているのと同じだよ」

 

「えっ?」

 

「彼女は超エリートなんだよ。普通彼女の年ではまだスパイになんてなれやしない。いいとこ見習いだ。

 君は一体いつ学園を卒業したんだい、ノア?」

 

 当主の質問にノアは何でもないようにこう答えた。

 

「専門学園を十五で卒業して、一年見習いをした後で一人立ちしました」

 

「それ、普通じゃないよね? 

 スパイって、普通、専門学園の更に上の上級専門学園に通わないとなれないよね?」

 

「さすが旦那様、よくご存知ですね。三年ほど飛び級しました」

 

「わかっただろう? いわゆるノアは天才だよ。それに大体教師より実体験が多いんじゃないか? 奴らにノアは捕まえられないよ。

 それに・・・」

 

「レオナルド様は隣国の敵ではありません。ですからリリアナさん、いやノアさんが旦那様側に付いたって、彼女を捕まえたりしません」

 

 ベネディクトが言った。

 

「本当に記憶がなくて申し訳ないのだが、隣国の我が国に対するスタンスって、どんなものなんだろう?」

 

 レオナルドがベネディクトとノアに尋ねた。  

 

「友好関係を保ちたいのか、無視したいのか、滅ぼしたいのか・・・」

 

「本音を言えるのならば無視したいんじゃないですか? この国と仲良くしてもメリットがあまりないですから。

 でも、放って置くと迷惑を被るので、仕方なくその場しのぎの対処をしているって感じでしょうか…」

 

 ノアが答えた。

 するとミラージュジュが言った。

 

「このまま、いえこれ以上人身売買や密輸、そして逃亡者が増えたら、さすがに隣国も重い腰を上げるのではないですか? 

 他国の失政のせいで余計な税金をかけたり、治安が悪くなったら国民の不満も高まってくるでしょうから」

 

「ええそうです。とは言っても他国の政に口を挟むのは内政干渉ですし、争い事が起きるのも困ります。

 この国がもっと乱れたら、それこそ多くの難民が近隣諸国に押し寄せてきますからね」

 

 と、ベネディクト。

 つまり隣国がどうしようとしているのかと言うと、国王陛下の末の妹である我が国の王妃を陰で援助して、我が国の自浄作用を促そうとしていたのだろう。

 

 しかし・・・

 

「この国の国王は一見すると理想主義を掲げる改革者で、若い貴族や一部の国民からは人気です。

 しかし実際は上辺だけの理想を掲げるただの馬鹿ですからね。

 あの第二王子は愚かな父親にそっくりです。残念な事に」

 

「「「・・・・・」」」

 

 ノアのあまりにも辛辣な言葉に、皆が驚愕した。

 みんなもそう思ってはいたが、さすがにそれを口に出して言う勇気は誰も持っていなかったのだ。

 

 しかしその中で意外にもベネディクトがいち早く復活すると、ノアに続いた。

 

「国王陛下と正妃殿下は勿論政略結婚です。

 隣国は我が国より文化水準が高く、軍の力も上です。

 しかし、気候的な問題で農産物の輸入を我が国に()()()()()所があり、友好関係が重要だったからです。

 

 この国でも国際結婚は過去にもいくつも例があり、特別珍しい事ではありません。

 しかし、高位貴族の中には、娘を正妃に出来ないと不満に思う輩もいます。

 ですから正妃殿下はずいぶんと嫌がらせを受けたそうです。特に二人目の姫殿下がお生まれになってからは、風当たりが一層強くなったそうです・・・」

 

『女腹と陰口を叩くものが現れ、それによって、正妃殿下は王子を産まなければとお心を痛めております。

 是非とも側妃をお迎えになって、正妃様の負担を軽くなさった方がよろしいのでは?』

 

 いかにも忠臣面をした側近に丸め込まれた国王は、ヴェオリア公爵家の令嬢シシリアを側妃に迎えた。

 そして一年後に第一王子ローバートが産まれたのだった。

 

 ところが、実際のところ、正妃は王子を産めない事に心など痛めてはいなかった。

 彼女の母国は王女にも王位継承権があったからだ。もし、姫しか生まれなくても国の法を変えればよいと考えていたくらいである。

 夫も先進国である妻の母国に憧れを持っていて、見習いたいものだと常々話をしていたからだ。

 

 しかし所詮国王は、隣国の表面的な華やかで洗練された文化や暮らしに憧れていただけで、国の本質や制度、精神文化を学ぶつもりはなかったのだ。

 何が革新派だ。

 

 正妃は夫である国王に落胆し、子供達の教育に力を注いだ。

 ところが皮肉な事に、姫二人と側妃が産んだ義息子は正妃の教えを素直に受け入れたのに対し、彼女が産んだ第二王子の方は、厳しい実母より甘やかしてくれる側妃寄りの人間に懐いてしまった。

 

 これが側妃側が意図的にした事なのか、偶然だったのかはわからない。

 しかし能天気な国王もさすがこれはまずい事になってしまったと思った。

 法典で定まっていたわけではないのだが、王位継承権の通常第一位は正妃が産んだ王子である。

 しかも、隣国の姫の産んだ王子を差し置いて側妃の産んだ王子を後継者にしては、友好関係にひびが入る恐れがある。

 

 それなのに側妃の産んだ第一王子の方が第二王子よりも頭も性格も良く、周りからの評判が高かった。

 その上第一王子の後ろ盾は祖父であるヴェオリア公爵家であるのに対して、母親が隣国出身の第二王子には後ろ盾がいない。

 そこで国王は、ヴェオリア公爵家とは双璧を成すスチュワート公爵家に頭を下げて、令嬢のマリアに第二王子の婚約者になってもらったのである。

 

「スチュワート公爵は本当に立派な方なんだ。本当は大切なマリア嬢をあんな王家に嫁がせたくはなかったと思うよ。

 しかし、第一王子側の勢力が大きくなる事は、国にとってあまり良くないと考えられたのだろう。

 確かに第一王子、今の王太子殿下は優秀だし、人柄は悪くないが周りが悪すぎる。

 奴らが私利私欲でこの国を食い潰さないようにするために、貴族達の勢力バランスを保たなければならない。

 そのためにスチュワート公爵は愛娘を人身御供にせざるをえなかったんだ。

 多分、国王陛下だけでなく、宰相閣下に懇願されて断われなかったんだろうな」

 

 夫の説明に妻は驚いた。夫もその事を知っていたのかと。

 

 読んで下さってありがとうございました!


 そろそろ書き貯めておいた分がなくなってきたので、毎日更新するのは難しくなってきました。

 しかし、同じ時間に投稿するつもりですので、続けて読んで頂けると嬉しいです!


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