第三十四章 友達になった日
ミラージュジュがレナとリアと友達になる過程のお話。
リアの心情が切ないです!
九年前のあの祭りの日、ノアはミラージュジュに助けられて、もう一人の貴族令嬢とおぼしき美少女と共に広場へ行った。
ミラージュジュは警邏隊の詰め所へ行こうと言ったが、ノアは嫌だと言った。
美人局やその他諸々の悪さがばれて、どうせ孤児院より酷い矯正施設に放り込まれるだけだとわかっていたから。
そして貴族令嬢の方もやはり嫌がった。勝手に屋敷を抜け出して来てしまったので、その事がばれてしまったら、二度と街中に出て来られなくなってしまうからと。
するとミラージュジュは、
「そうか、わかった!」
と言って、それ以上何も言わなかった。そして、せっかくのお祭りなのだから、思い切り楽しもうと笑った。
そして、夕方、別れ際にミラージュジュがこう言ったのだ。
「私は普段、昼間のうちはいつも図書館にいるの。でも、お祭りの期間は閉館になるから、今日はお祭りを見に来たの。
最初はお金がなくちゃ出店で何も買えないし、つまらないかもと思っていたわ。
でも出店や大道芸を見て回るだけでも、三人だったからとても楽しかった。
ねぇ、明日も一緒にお祭りを見て歩かない?」
「「えっ?」」
「無理かな?
そうだよね、急にお出かけするのは無理だよね…
じゃあ、せめて私とお友達になってもらえないかしら……
まだ名乗っていなかったけど、私はミラージュジュっていうの」
「ジュジュ?」
ノアが疑問形でぼそっと呟いた。
「ええ、ジュジュでいいわよ。嬉しい。人に愛称で呼ばれるのは初めてだから」
ミラージュジュは本当に嬉しそうに笑った。
なんて素敵に笑う人なんだろうとノアは思った。その時彼女はまだ、普段ミラージュジュがほとんど笑わないで暮らしている事を知らなかった。
「ねぇ? 何故私と友達になりたいだなんて言うの? 私は悪い子なんだよ。
さっき殴られていたのだって、私が悪い事をしたからなんだよ」
生まれて初めて友達になってと言われて、ノアは死ぬ程嬉しかった。
しかし、自分が彼女に相応しくないのは自分自身が一番よくわかっていた。
確かにミラージュジュは安っぽい服を着て、自分と同じ様に木靴を履いていた。
しかし、そこはかと漂う雰囲気は、彼女が淑女である事を匂わせていた。
すると、ミラージュジュはキョトンとした顔をして言った。
「貴女は悪い子じゃないわよ。さっきのだって、悪いのはあの男よ。
騙されたってあのおじさんは言っていたけれど、お金で人を買おうとした時点で駄目でしょ? しかも子供相手にいかがわしい事をしようとするなんて、それは犯罪だよ!
それに、まだ子供の貴女があんな事をしたのは、止むに止まれぬ理由があったからなんでしょ?
大体美人局だなんて子供が考えつく事じゃないもの、それを命じた奴が悪いに決まっているじゃない!
貴女はいやいや、仕方なくやったんでしょ?」
「美人局って何?」
空気を読まない貴族令嬢が質問してきたが、ミラージュジュは彼女に、貴女には一生縁が無い言葉だから知らなくていいと言い放った。それからノアの方を向き直ってこう言った。
「ほらね、普通の子供は美人局だなんて言葉知らないのよ。
えっ? 私? テーラー街を毎日往復していれば、嫌でも耳に入ってくるわよ、色々な犯罪手口が……
つまり、私が言いたい事は、貴女は好き好んでこんな事をしているわけじゃないって事よ。
そんな嫌な事をやらされているのは辛いわよね。
でも、その中で生き抜いてくれてありがとう。貴女が頑張らなかったら、私は今日貴女に会えなかったもの」
スゥーッと涙が一筋、ノアの頬を伝って行った。
今朝太った醜い男に殴られて罵られた時、ノアは何もかもが嫌になっていた。
母は極貧の中でも清廉潔白に生き抜いた。それなのに自分はなんて醜いのだろう…
いくら教会の糞神父の命令で、逆らえば半殺しの目に遭うからとはいえ、男を誘うこんな真似をして……。
私にはもう生きている価値なんてない。いいえ、最初から生まれてこなければ良かったのよ。
いっそもう死んでしまいたい……
ノアがそう思った時、彼女の前に現れたのがミラージュジュだったのだ。
そして、自分と友達になりたいと言ってくれた。頑張って生きてきて偉いと言ってくれた・・・
ノアが躊躇っていると、令嬢が先にこう言った。
「ジュジュ、私はレナよ。是非お友達になって。そして、あなたともお友達になりたいわ」
レナが右手を出すと、その手の上にジュジュが右手を重ねて、二人でノアを見た。二人とも優しく笑みを浮かべていた。
いいの?
本当に私が友達になっていいの?
ノアは恐る恐る右手を伸ばし、震えるその右手を重ねた。
「私は、私はノアよ。本当に友達になってくれるの?」
「「もちろんよ、ノア!」」
「私達三人はずっと友達よ」
ジュジュが満開の花のように笑った。
こうして三人は友達になった。そしてすぐに親友になった。しかしそれでもノアは時々不安になった。
特にミラージュジュに対しては…
彼女は何処までなら自分を許してくれるのだろうか? 嫌われるのは怖いが、いつ嫌われるのかと怯え続けるのも嫌だ。
ノアはついつい意地悪をしたり、嫌味な事を言ってはミラージュジュを試した。
しかし、彼女は決してノアを嫌う事はなかったのだった。
ノアの話を聞いたミラージュジュが目を丸くした。
「まあ、あの意地悪は態とやっていたの? 呆れるわ。
それではあの禁書の事も私を試す為にやったの?」
するとノアは違うと頭を振った。
「あれは絶対に読むべき本だと思ったから勧めたの。
本当はレナにも読んでもらいたいと思っていたくらい。
いずれこの国の中枢を担う人は読むべきだと思った。
ジュジュとは違うタイプだったけれど、彼女もただ者じゃないと踏んでたから。
まあ、禁書じゃなくても、いずれ別ルートで似たような本を読めるんじゃないかとも思ったけど……
とにかく、あれは意地悪でやったんじゃないわ。
まあ、普段が普段だったからそう思われても仕方ないけど…」
ノアはこう言ってからベネディクトの事を見た。
「これでわかったしょ? ベネディクトさん。
ジュジュの正義は上っ面だけの形だけのものじゃないのよ」
ベネディクトは今度は素直に頷いた。
「旦那様、奥様。リリアナさん、いやノアさんか…
彼女の話を聞いて、心新たにしました。まだまだ甘い考えがあるかとは思いますが、気付いた事はどんどんおっしゃって頂けると有り難いです」
「僕はいくら家臣とはいえ、年上の君にそうそう偉そうな事を言うつもりはないんだけど…
ま、僕が言わなくても君はもう気付けるだろうし、必要な事はノアが言ってくれるだろうし。ねぇ? ジュジュ?」
当主はわざとらしい笑みを浮かべて妻に向かってそう言うと、妻もニッコリ笑って頷いた。
「ええ、そうね。
でも、ノアの言葉を私のように素直に全てを真に受けては駄目よ、ベネディクトさん。半分は疑ってかからないと…」
「ジュジュ! 私は貴女に嘘なんか言ってない!」
ノアは焦った声をあげたが、当主とその妻は半目でノアを見たのだった・・・
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