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第三十三章 理想と現実の間

 少々女性蔑視のような内容が出てきます。生々しくはありませんが・・・

 現代でもある犯罪で、話の構成上必要なのですが、嫌いな方はお避け下さい。


 当主が着替えてダイニングルームへ行くと、そこには妻と見知らぬ青年が二人、既に着席していた。

 

 今晩の夕食は皆で無礼講で話をしながらの会食形式らしい。

 妻がそれを望んだのなら別に構わない。

 

「出迎えもせずに申し訳ありませんでした、旦那様!」

 

 奥方が慌てて立ち上がろうとしたので、それを手で制したが、見覚えのない二人がすくっと立ち上がって頭を下げた。

 

「ノアです。これからはミラージュジュ様の護衛をさせて頂きます。

 男装している時はリートとお呼び下さい」

 

「ベネディクトです。お世話になります。奥様を命をかけてお守りさせて頂きます」

 

「・・・・・」

 

 レオナルドはリートこと男装しているノアを見て、酷く驚き、それから不機嫌そうな顔をした。

 

「僕は君に男装してくれとは言っていないが…」

 

「それは先程奥様にも説明させて頂きましたが、この服装の方が動きやすいし、護衛にはこちらの方が良いと思います。護衛の不要な場面では侍女に戻ります」

 

「・・・・わかった。

 それから、ベネディクト、君には妻の護衛ではなく、別の事を頼みたい」

 

 当主の言葉にベネディクトは焦った顔をした。

 

「旦那様も、お、いや、私を疑っていらっしゃるのですか? 奥様に害をなす者だと…」

 

「いや、そういう訳ではない。君の事を忘れてしまったので、疑うもなにもない。

 ただ、君の所作を見ていて、護衛としては不安だと思っただけだ。

 君は、学園にいた時は騎士科ではなく一般教養科だったそうだね?」

 

『えっ? そうなの?』

 

 とその場にいた奥方、執事、護衛、侍女達は呆気にとられた。

 

「はい。情けない事に騎士科には落ちてしまいました。しかし、個人的にフォールズ流の師範から護衛術を学び、護衛としての資格試験にも合格しています」

 

 彼はアンジェラ先生のご実家であるフォールズ流のただの崇拝者というだけではなく、弟子だったようだ。 

 

 それにしても、騎士科に落ちて一般教養科に入ったというのは珍しいと皆は思った。

 騎士科というのは元々の希望者以外は、一般教養科に落ちて仕方なく入る者がほとんどだったからだ。

 本人の望みとその能力がうまくマッチしていなかったようでお気の毒だ。

 

「そうか、騎士というのは嘘ではなかったんだね。ただ、君は咄嗟の判断力が欠けているというか、動きに瞬発力がなさそうなので、妻の護衛にはいささか不安が残る。

 故に私の方に付いてくれ。それに、君には聞きたい事もやってもらいたい事も結構あるからね」

 

 騎士として雇ってもらえそうで、ベネディクトはとりあえずホッとした。

 しかし女性であるノアより能力が低いと言われたようで、ベネディクトは正直悔しかった。

 まあ、彼女のスペックが全てにおいて自分より高いという事は重々わかってはいるのだが。

 なにせ彼女は自分達を指導する立場だったのだから。

 それでも一度リリアナと対戦してみたい、そう彼は思った。こう見えても自分は彼女とは違って正式な騎士なのだからと。

 

 ダイニングテーブルの上には次々と食事が並べられた。

 各種のサラダ、各種のサンドイッチ、骨付き肉、卵料理、豆と芋と根菜類の煮込み、フルーツジュース・・・

 酒はないのか?と言いたげなベネディクトの表情を読んだ侍女長マーラが、彼に向かってこう言った。

 

「お医者様から旦那様はお酒を控えるようにと言われております。

 個人的に外で飲まれるのは自由ですが、この屋敷内での飲酒は厳禁です。

 それと、酒を理由にした遅刻欠勤は問答無用で解雇になるそうです」

 

 それを聞いたベネディクトは青褪めた。どうやら彼は酒が好きらしい。

 しかし、そこは我慢してもらわないと困る。

 酒の飲めない主の前で飲酒するなんて以ての外だ。大体酔っぱらいは主人だろうが誰だろうが、無理に酒を勧める輩が多くて本当に迷惑である。

 

『飲みたきゃ勝手に飲め!』

 

 と子供の頃から街の裏通りを通り抜けながらミラージュジュはこう思ったものだった。

 

 

 その彼の本名はゴードン=ベネディクト=ローマンシェード。

 代々武人と名高い伯爵家の二男だった。

 

 そして彼の兄はチャールズ=カイン=ローマンシェードという名で、飛び抜けて優秀な人物だった。

 本来は父親の後を継いで騎士団長を目指していたのだが、あまりにも学力優秀で人格も穏やかだったので、政府の中で働くようになった。

 

 そして宰相に目をかけられ、実力が認められるようになってくると、チャールズは次第に公の場で発言をするようになっていった。

 

 それがまずかった。

 なまじ頭が良くて正義感の強い者が陥りやすい失敗だ。政治は正しい事を主張するだけで済む世界じゃない。

 

 この国は今不正が横行している。少し頭が切れる奴ならすぐに気付く事だろう。

 しかし、それを馬鹿正直に表に出しても何の解決にもならない。大きな力で揉み消されるだけだ。

 

 宰相は再三忠告したが、若者はどうしても視野が狭く、偏執的になりやすい。

 年配者の意見を古い、時代遅れだとして聞く耳を持たず、却って頭に血を上らせてしまう。

 

 その例に漏れず、ベネディクトの兄チャールズは血気盛んに仲間達と会合を持ち、街の広場で演説会を催した。

 その結果彼は政治思想犯として逮捕され、ローマンシェード家は取り潰しとなったのだ。

 

 当然騎士団長だった父親は解雇され、その後自殺し、妻は娘達を連れて実家に戻った。

 そして、学園を卒業したばかりのベネディクトは当然平民になったが、彼も政治犯の弟として騎士団に目をつけられる羽目になり、将来の展望を見失ったのだった。

 

 そんな彼に隣国へ逃亡する手配をしてくれたのがトムだという。

 兄とベネディクトは別人格であり、なんの咎もない弟の未来を奪うのは忍びないと。

 

 

 話を聞いたミラージュジュは深いため息をついた。ベネディクトの兄と自分を思わず重ね合わせてしまった。

 

「奥様、ご自分を彼の兄上ともし重ねておられるなら、それは違いますよ。

 弟の前でこう言うのもなんですが、彼はいいとこの坊っちゃんで頭でっかちのただの理想主義者です。

 自分だけが正しいと人の意見を聞かない独善的な人物です」

 

 ノアが言った。

 ベネディクトは一瞬何か言いたげだったが、それを呑み込んだ。

 

「奥様の正義感は上辺だけのものじゃない。ちゃんと泥を被る覚悟がある。

 それに奥様は他人を自分の尺度で測ったりしません。違う考えの人間も受け入れる度量があります」

 

「ノア?」

 

「貴女が私と最初に出会った時、私を殴っていた男になんて言い放ったか、それを覚えていますか?」

 

 ノアの問いにミラージュジュはもちろんよとばかりに頷いた。

 

「普通男とつるんで美人局(つつもたせ)をした女が騙した男に殴られていたって、誰も助けてはくれないわ。

 たとえ子供だとしても騙した女の方が悪いと普通は思うものよ。

 でもジュジュは違った・・・」

読んで下さってありがとうございました。

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