第二十八章 男装の麗人
今回のテンプレは男装と変装です!
ミラージュジュとレオナルドは結婚して半年、ずっと両片思いだった。しかし今こうして初めて両思いになったのだった。
パークスは手を取り合って見つめ合う主夫妻を微笑みながら見つめていたが、やがて徐に彼がこう尋ねた。
「それで旦那様、旦那様は奥様に何から助けて頂いたのですか?」
「・・・・・」
「私もお聞きしたいです。申し訳ないのですが、少しも覚えていないので知りたいですわ。
それが私達二人の出会うきっかけだったんですものね」
妻がキラキラと薄茶色の瞳を輝かせながら尋ねた。
しかし、何故それを今蒸し返すんだ!と執事を睨みながら、夫は慌てたような顔をしてしどろもどろになってこう言った。
「す、すまないがそれは言えない。お、男としての沽券に関わるから……」
それを聞いて、妻は小首を傾げたが、それ以上は追求しなかった。
なんでも出来る立派な夫が、たとえ子供の時の事とはいえ、三つも年下の女の子に助けられたなんて屈辱なのだろうと……
そしてその後二人きりになってから、夫は妻にこう尋ねた。
「ええと、さっきの話で気になった事があるんだけど……」
「何ですか?」
「ほら、禁書の話。
君はノアという友達からその本を借りて読んでとても面白かったと言っていたけれど、何故それをもう一人の友達にも読ませてやらなかったんだい?」
「えっ?」
夫の質問が意外だったのか、妻は少しキョトンとした顔をした。それから何でもないようにこう言った。
「だって、あの本は禁書だったんですよ? 私は最初はそれを知らなかったから読み始めたんです。
途中でさすがに気付きましたが、もう今更だと思ったので最後まで読んでしまいましたが…
正直罪悪感が湧いて、ノアを少し恨みました。彼女は悪い子じゃないのですが、倫理観が私達と少し違っていたんです。
だからレナにはその本の事を教えませんでした。ノアはレナだけ仲間外れにするのかって皮肉を言っていましたが、大切な友達を悪の道に引きずり込む事なんて出来ません。
レナは私と違って立派な貴族のレディなんですよ? 彼女に何か迷惑をかけたら嫌じゃないですか!
本の内容は私が口で語ればいいのだし。ただ、その後急に彼女に会えなくなって、それは実現出来ませんでしたけど……」
そして妻からその話を聞いた夫は何故か嬉しそうに微笑んだのだった。
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当主が退院して戻ってきてからというもの、ザクリーム侯爵家の使用人達が以前よりも増して喜々として仕事に励んでいた。
目の上のたんこぶだった愛人とその使用人達がいなくなり、冷酷無比な振りをしていた主は以前の真面目だが優しい人間味のある人柄に戻った。
そしてギスギスしていた当主夫妻の関係も解消された。
いや、解消したどころか今度は、当主の奥方への溺愛振りに目のやり場に困る程だった。
とはいえ、夫人の態度にはそれほど変化があったわけではなかった。
ただ、人前で夫にベタベタされる事にはまだまだ慣れないようで、必死に抵抗している姿が初々しく、使用人達はそれを目を細めて見ていた。
しかし、そんなのほほんとした空気に少し変化の兆しが現れた。それは主が帰宅してから一月後の事だった。
それは侯爵家に二人の来訪者がやって来た事から始まった。
「奥方様、ベネディクトとリリアナが戻ってきました」
ナーラが何故か少し顔を紅潮させながら、居間で刺繍を刺していたミラージュジュにこう告げた。
ベネディクトとは先日亡くなったラリーナの護衛で、隣国で雇い入れた男だ。そしてリリアナはやはり隣国で雇ったラリーナの侍女で、あの美少女の方だ。
しかし客室に入ってきた来訪者を見て彼女は驚いた。何故なら二人は、ナーラが告げた人物像とは全く異なる容姿をしていたからである。
「奥様、驚かれたでしょう?
私達も思わず彼らを追い返そうかと思いましたよ」
ナラエが笑いを堪えながら言った。しかし、奥方は笑えなかった。
よくこの二人を見て本人だと信じたものだと、別の意味で感心した。
この侯爵家の使用人はかなり人を見る目が養われているのだな。これならこの屋敷は安全だわと……
ミラージュジュと相対して座っていたのは、見慣れない髭モジャの大男と、少し小柄だが締まった体つきの絶世の美青年だった。
「ええと、本当にベネディクトさんとリリアナさんなの?」
「ええそうです、奥様。どうか呼び捨てでお願いします」
ブルネットのウェーブのかかった長めの髪に、その髪と同じ色のモジャモジャ髭の男が言った。病院で会った時は髭もなく、髪ももっときちんと整えられて、精悍な顔付きの美丈夫だった。
それが、はっきり言って、むさいというかワイルドな雰囲気になっていた。
そしてもう一人、こちらもまるで見違えてしまった。
何故なら絶世の美少女から絶世の美男子になっていたのだから。
しかも確か黒髪だった筈なのに目の前にいるリリアナは焦げ茶の長いストレートヘアーを後ろで一つに纏めていた。
夫のレオナルドとはタイプが違うが、彼も相当美しく、背中に薔薇の花を背負っているかのような華やかさがある。
それにしても、どうして男装しているのだろう? 馬車ではなく馬にでも乗ってやって来たのだろうか?
「ねぇ、何故男装しているのかしら? リリアナさん…」
「ですから、呼び捨てでお願いします。リリアナ、いや、リートとお呼びください、奥様」
「リート?」
「はい!」
「その名前、今考えたでしょ。
それにしても何故男装なの?」
ミラージュジュは再びそう尋ねた。すると、リートはこう言った。
「旦那様から屋敷にまた戻りたいのなら、今度は侍女ではなく護衛として働くように言われたので」
「えっ? それ逆じゃないの? 女性のままの方が護衛として都合がよいのではなくて?」
「夜会やホームパーティーなどはともかく、外出される時は侍女と二人きりだと狙われます。少人数で移動されたいのなら、護衛と二人の方が安全ではないですか?
もちろん侍女と護衛を二人ご希望なら、私はリリアナに戻りますが」
リートにそう言われてミラージュジュは考えてみた。自分が侍女と護衛を引き連れで街中を歩く姿を。
半年前までは裏町を一人平気で歩いていたのに、お供を二人も連れて歩くなんて、一体何様のつもりなのかしら。私には似合わないわ。
とはいえ今の自分は侯爵夫人だし、王族に目をつけられている可能性を考えると、ナラエを危険な目に遭わせるよりも、護衛として訓練を受けているというリートをお供にした方がいいのかしら?
「でも、貴女は嫌じゃないの? 男装なんて」
「私は子供の頃から悪の組織で諜報活動みたいな事をさせられてきたんですが、命令によって性別を変えていたので、別段気にもしませんよ」
「まあ!」
ミラージュジュは驚きの声をあげた。それから暫くリートの顔を見つめてから、諭すようにこう言った。
「それではリートさん? 申し訳ないんだけど、この侯爵家は悪の組織ではないの。
いいえ、以前はそうだったかも知れないけれど、旦那様や義姉様達のご努力で変えたのよ。
だから貴女の意思に反する事をする必要はないの。旦那様も何も男装をしろと命じたわけではないのでしょう?
私は旦那様の大切なお友達に自分の嫌な事をさせたくないわ。貴女のアイデンティティを否定したくないの。もう、この屋敷では本当の自分を偽らなくてもいいのよ。
実は私も先日、自分でもすっかり忘れていた、怖いもの知らずのお転婆な一面を思い出したのだけれど、旦那様はそれも受け入れて下さったわ」
ミラージュジュの言葉にリートは瞠目した後、悔しげに呟いた。
「受け入れるも何も、寧ろそちらの方が好きなんじゃないか……」
「えっ、今なんて言ったの?」
「ですから、私は寧ろこの格好の方が好きなのです。こちらの方が動きやすいですし。
平民の場合ならドレスも簡素なのでそう動きを邪魔しませんが、侯爵家の侍女の服装となれば、そうもいきませんから」
リートの説明を聞いて彼女も納得した。
「そう言われればそうね。
私はドレスを着ていても戦える護身術を習ったけれど、それはその場しのぎの技で、決して戦闘用ではないものね。
わかったわ。それでは外出する時の護衛だけ男装して下さいな」
ニッコリと笑った奥方に、執事のパークスとベネディクトは呆気にとられた。
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