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第二十一章 真の味方

この章は少し長めです。

前章では当主の少し情けないところを描きましたが、とはいえ、彼の頭脳と行動力は突出しています。

それがわかる話です。


「現在の王族の人間関係についてはお嬢様方にお任せする事にして、問題は隣国と王妃殿下との関係がどうなっているかという事でございますよね?」

 

 第二王子の生母である正妃は隣国の末姫だった。

 

「ああ、どこまで野望を持って正妃殿下に協力しているのかがわからないと対応に困るからな。

 この国を乗っ取ろうとしているのか、それとも傀儡政権にしようしているのか、はたまたただ、交易において有利さを望んでいる程度なのか」

 

 レオナルドは半年前までは隣国にいたので、ある程度それを把握していたのだろうが、何せ二年分の記憶がないので、今持っている情報は古くて役に立たない。しかし……

 

「だが、そちらの情報はどうにかなるかもしれない。まだハッキリした事は言えないが」

 

「それは赴任中にお出来になった人脈の方からという事ですか?」

 

「確かにあちらにもそこそこ情報交換出来るくらいの人間関係は出来ていたと思う。

 今思い出せるのは赴任して最初の一年半までの記憶だが、さすがにその後もっと親密度は増えたろうし人脈も広がってはいたとは思う。

 しかしいずれにせよ、まさか自国の重要秘密事項を話してくれるような人物はいないだろうね」

 

 この辺りにある国々は大昔は一つの大国だったが、それが解体されて、いくつかの独立した国家として独立した。

 そしてその国力はどこも似たりよったりで、大した差がない。

 だからこそ年がら年中小さないざこざが絶えず、故に外交官の繋がりは皆、狐と狸の化かし合いだ。

 

「旦那様、もしかして、それってリリアナさんの事を言っていますか?」

 

「「!!!!!」」

 

 ミラージュジュの問にレオナルドとパークスが瞠目した。

 

「ええと、それはアノ方の侍女をしているリリアナの事をおっしゃっているのですか? 

 何故奥様はリリアナから情報が手に入ると思われるのですか? 彼女が隣国の者だからですか?」

 

「それもそうですが、彼女は元々この国の生まれだそうです。それに旦那様の子供の頃からのお友達だそうですよ。ねぇ、旦那様? 違うのですか?」

 

「えっ? まさか! 

 旦那様、奥様、何故それを今まで私に隠していらっしゃったのですか?」

 

 パークスが悲鳴に近い嘆きの声を上げたので、ミラージュジュは慌ててフォローしようとした。

 

「すみません! とにかく病院では色々と忙しかったというかなんというか…

 リリアナさんの言う事が本当かどうか確信はありませんでしたし、それを証明する方法もなかったので。

 その上、彼女が二重スパイだというので、あそこで問答するのも憚られて、どうせならこちらに帰ってきてから旦那様にお聞きしようと思っていたんです。

 決してパークスさんを信用していなかったとか、隠していたという訳じゃないんです!」

 

 すると、レオナルドも少し難しい顔をしてこう言った。

 

「か、彼女が僕の子供の頃からの友達だと言ったのか?」

 

「えっ? 違うのですか? 彼女が嘘をついたのですか? とてもあれが嘘だとは思えなかったのですが」

 

「というより、旦那様の記憶にないだけじゃないですか?」

 

「あっ、そうですね。彼女と再会したのが二年以内だとすれば、忘れているわけですよね」

 

 レオナルドはもう一人の侍女の方は覚えているという。そちらの女性は、赴任してすぐに隣国側から紹介されて雇ったのだという。


「でも、子供の頃からの友人というのですから、覚えていても不思議じゃないですよね? 心当たりのある方はいないのですか?」

 

 そう妻に言われて夫は考え込んだ。そして暫くして一見何も関係のなさそうな質問をしてきた。

 

「貴女がこちらへ嫁いできて事故が起こるまで四か月以上は経っていましたが、アノ女性とは一度も顔を合わせていなかったのですよね?」

 

「えっ? ええそうです」

 

「僕はあの人を屋敷の西端の部屋以外から出さないようにしていたんですか? 薔薇園とヴィラはともかく……」

 

「いいえ、そんな事はありません。用を足すためにいちいちヴィラへ行くというわけにもいきませんし、朝食はダイニングで召し上がっていましたし。

 しかもそれは、旦那様と彼女が愛人関係だと、使用人に認識させるためのカモフラージュだったのでしょうが」

 

 パークスの言葉を聞いてレオナルドも頷いた。

 

「そうだろうね。でもそうなると不思議だよね。

 確かに、記憶を失くす前の僕は、全力でジュジュを彼女に会わせないようにしたと思う。

 でも、皆には事実を隠していた訳だし、それを頼む訳にはいかなかった筈だ」

 

「ええ、そうです。そんな事を私どもは命じられてはおりませんでした。

 ただ私達使用人は全力で、お二人がお会いしないように努めましたが」

 

 そこまでみんなが自分のために気を遣い、守ってくれていたのかと、ミラージュジュは今更熱い思いが溢れてきた。

 そして嬉しくてまた涙が頬を伝わってきたので、慌ててハンカチで目を押さえた。

 

「今更だがありがとう。

 ただ、それにしたって一度も会わなかったというのは不自然だろう? 多分リリアナが二人が接触しないように動いていたんだろう」

 

「旦那様がリリアナさんにそれをお願いしていたという事ですか?」

 

「恐らくそうだろう。

 病院で彼女を見た時、僕は彼女が自分の家の侍女だとはわからなかった。病院側が付けた看護人かと思った。

 ただその時、子供の頃の友人に似ているとは思ったんだ。

 でもその後で僕が二年間の記憶を無くした事と、王子との契約の話を聞いた時、彼女は隣国や王妃殿下の側ではなく僕側の人間だと直感的に感じたんだ。

 だから、さっき君から彼女が二重スパイだと言ったと聞いて、なんとなく僕らの関係性が見えてきたよ」

 

 リリアナが()()()()()()()()()だとすれば、彼女は自分と同じようにミラージュジュを守りたいと思っている筈だ。

 そしてその友を傷付ける奴らを絶対容赦はしないだろうって。

 きっとそのためなら、雇い主だろうが誰だろうが躊躇わずに裏切るだろう。そうレオナルドは心の中で確信していた。

 

「それでこれからリリアナさんの事をどうなさるおつもりなんですか?」

 

「またこの屋敷で働いてもらうつもりだ。今度は陰ではなくて堂々とジュジュを守ってもらうためにね。

 実際に確かめてはいないが、護衛としてもかなりの腕前だと思う。

 本人にはまだ依頼はしていないが多分承諾してくれると思うよ」

 

「やっぱり! 立ち居振る舞いがただ者じゃないとは感じたのです。でも、アノ方の侍女は一人でもよいのですか?」

 

「アノ人の事は正式な保護者に責任を持って面倒を見てもらおう。退院したら彼女を両親のいる領地へ送り届けるつもりだ。

 彼女の両親であるボンズ男爵は、彼女が修道院を脱走した時点で娘と縁を切ったのだろう? そうなるともう彼女を守れるのはうちの両親くらいだよね?

 それにしても、男爵家でさえ第二王子妃の実家である公爵家や、王族に睨まれたらどうなるかを理解して危機回避しようとするのに、侯爵でありながら自分達の危機管理も出来ないのだから情け無い。

 またパークスには怒られそうだが、僕はこの侯爵家を継いだ時に、両親との縁を切るように国に申請してあったみたいだね。

 ここに帰ってきたら、申請が認められたという書類が届いていたよ。

 さすが我が国において唯一、智謀と公正を実行される宰相閣下だ。

 王族や派閥の圧に屈せず適正に判断して下さったようだ。

 僕は記憶を失くす前から、宰相閣下を信頼し尊敬し師事していたんだが、やはり、自分の行く末を閣下にかける決意をしていたんだな」

 

 レオナルドは執務室の鍵の掛かる事務机の引き出しから書類を取り出すと、それをテーブルの上に置いた。

 

「恐らく僕は爵位を継いだら、第二王子とは綺麗サッパリ縁を断ち切るつもりだったんだろう。

 だがそのためにはまず先に両親との縁を切る必要があった。しかしそのためには当然かなり大きな理由が必要となるだろう? だからそれを集めるためにこんなに時間がかかったんだと思う」

 

 その書類を読んだパークスは再びため息をつき、恨めしそうに当主を見た。

 

「こんな大変な事をよくお一人でなさいましたね。旦那様が優秀だという事はとっくにわかっていましたが、これでは私などは必要ではありませんよね?」

 

 するとレオナルドは慌ててパークスの側へ駆け寄り、彼をきつく抱き締めた。

 

「そんな訳がないだろう。恐らくはパークスがきちんと書類や帳簿を整理して管理してくれていたからこそ、父の裏帳簿と比較して父の不正を見つけられたんだと思う。

 それにパークスは僕にとっては親よりもっと大切で信用出来る人間だ。だからこそ黙っていたんだと思う。

 いくらあんな人間だろうと、長年忠誠を尽くしてきた主の不正を暴く、そんな真似をさせるのは忍びないと思ったんだと思う。

 父の不正の後始末は後継者の私達がしなければならない。大変な作業になるだろう。

 貴方の助けがなければそれを完遂出来るとはとても思えない。頼りにしている」

 

「本当に旦那様は優しい方ですね。でも、これからは、他の者にもきちんと仕事を回して下さいね。

 真に仕事が出来る上司とは、部下にちゃんと仕事を割り振ってやらせる人間の事なんですよ」

 

 主の背中を優しく撫でながら執事は涙を浮かべて言ったのだった。

 


読んで下さってありがとうございました!

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