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第二章 正妻専属侍女 


 ミラージュジュは夫の書斎での密約を終えると、侍女頭のマーラと共に自室に戻った。

 本来ならたとえ白い結婚であろうとそれを周りにわからないように、同衾したと思わせるように初日くらいは、夫婦の寝室で一晩過ごすのが当然の事だろう。

 

 しかし、(あるじ)の指示なのか、お疲れでしょうから、今日はごゆっくりお休み下さいとマーラに言われた。

 まあ、無駄な事をせずにすんで良かったとミラージュジュは思った。

 それに彼女は心身ともに疲れ切っていたので、その申し出は正直嬉しかった。一人でゆっくりと眠りたかった。もう、今は何も考えたくなかった。

 

 翌朝起床して、ミラージュジュが身支度を整えていると、ノックの音がした。彼女が急いで支度を終えて返事をすると、若い侍女が入って来て、着替え終えた奥方を見て仰天した。

 

「奥様、来るのが遅くなって申し訳ありませんでした」

 

 奥様…… とても不思議な響きだとミラージュジュは思った。昨日お飾りの妻、タダ飯食らいと言われた時点で、自分にはそう呼ばれる価値がないと思っていたので、彼女は内心とても驚いた。

 自分の立ち位置がまだよくわからなかったので、使用人をなるべくあてにしないようにと決めていたが、それが使用人達のプライドを傷付ける事になるとしたら、それは彼女にとっても不本意だった。そこでニコッと笑って言った。

 

「おはようございます。ええと、あなたのお名前はなんて言うのかしら。初めて見るお顔ですよね」

 

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私は奥様付きの侍女でナラエと申します。お支度のお手伝いが遅れてしまい、誠に申し訳ありません」

 

 ナラエはミラージュジュと同年代だろうか。まだ若くて美しく、とても感じの良い女性だった。

 

「謝らないで。あなたが遅れたわけではないわ。私が思ったより早く起きてしまったの。

 それに、一昨日まで学園の寮に住んでいたので、自分一人で着替える事が当たり前になっていたものだから、無意識に着替えてたのよ。

 だから、あなたは少しも悪くないのよ。

 出来れば髪を纏めてもらえるかしら。学生のように髪を下ろしたままというわけにもいかないでしょうから」

 

「はい、わかりました」

 

「私の今日の予定をあなたは知っているかしら? 昨日伺うのを忘れてしまったのだけれど」

 

「昨日式を挙げたばかりでお疲れでしょうから、今日はごゆっくりとなさるようにと、旦那様から言付けられています。旦那様は今日は城へ登城される予定です」

 

「まあ! 旦那様はお忙しいのですね」

 

「はい。普段から大変お忙しくて、滅多にお屋敷にはいらっしゃいません」

 

 侍女ナラエの言葉に、ミラージュジュは嬉しくて飛び上がりたくなるのを必死に抑えた。

 夫とどう向き合えばよいのかわからず思い悩んでいたが、多忙であまり屋敷に居ないというのなら、すぐにどうこうしなくても、じっくり周りの状況を把握してから対策を練っても大丈夫そうだ。

『急いては事を仕損じる』という諺があるではないか。

 

「そうなのですね。大変ですね。

 では、お客様もお見えにならないのだったら、アップにする必要はないわね。編み込みで後ろに纏めてもらえないかしら?」

 

「わかりました。奥様」

 

 ナラエは若妻の髪を丁寧に梳くと、手慣れた様子でミラージュジュの明るい茶色の髪を編み込んで一つに纏めた。その手際の良さに奥方は感嘆の声を上げた。

 

「まあ、なんて素敵なのかしら。もしかしたら、あなたは着付けや美容を専門としているの?」

 

「滅相もありません。侍女として、一通りなんでもやらせて頂いています。

 ただ、旦那様の二人の姉君様がいらっしゃった頃は、ご指名をよく頂いていたので、こちら方面の仕事の方が多かったのは確かです。ですから、婚約中の奥様ともお会いする機会がなかったのです」

 

「これだけの技術があれば当然でしょうね。でも、お義姉様方(ねえさまがた)が結婚をする時に、よくあなたを引き抜かなかったですね」

 

「いえ、お二人が揉めてしまわれたので、大奥様が公平を期す為に、次期侯爵様の正妻付にするから私を手放さない、とおっしゃってくださったんです」

 

「まあ! あなたも大変だったのですね。

 でも、正妻付なら私の所にきたらまずいのではないの? この家の本当の正妻は別の方ではなくて?」

 

 自分が正妻といってもそれは形式上の事だ。実際の女主(おんなあるじ)は真の奥様だ。その人とはまだ会ってはいないが、一緒の家に住むのだから出来ればいざこざは起こしたくない。

 

「いいえ。旦那様からミラージュジュ様付だと言われましたから、間違いございません。

 こう言ってはなんですが、社交界に出られるのは奥様の方ですから、私がお付きになったのだと思います。あの方は社交界にはお出になりませんから」

 

「ああ、そういう事ですか。

 それなら良かった。せっかくあなたのような素敵な侍女が付いてくれたと思ったのに、もし代わってしまったらこれからどうしようかと思ったわ」

 

 ミラージュジュは微笑みながらそう言った。それは本心だった。これから自分一人でどうすれば良いのか、まるでわからず不安で一杯だったので。

 

「私も奥様付になれて嬉しいですわ」

 

 作った笑顔ではなく、ナラエが本心で言っているというのがわかり、ミラージュジュは本当に嬉しかった。

 やはり、たとえ屋敷内を仕切る力の持ち主であろうと、元は同僚の愛人の方に仕えるのは嫌なのであろう。そうミラージュジュは思ったのだった。

 

 ナラエはミラージュジュの身支度が終わった事を確認すると、朝食をこちらへお運びしますと言って、壁側に置いてあった少し大き目なサイドテーブルを部屋の中央にセッティングした。

 何故そこにサイドテーブルがあるのだろうと、昨夜この部屋に入った時にすぐに思ったのだが、これはダイニングテーブルの代わりだったのだと納得した。

 これから食事はここで一人で摂るのだろうと、彼女は納得した。

 

 しかしそうではなかった。

 朝食はここで、しかし普段の昼食と夕食はダイニングルームで摂るのだという。

 そして旦那様、もしくは親しい親類や友人がいる時も、皆と一緒にダイニングルームで食事をするらしい。

 

 つまり朝食以外は、きちんと本妻を本妻として扱う、いや、本妻として振る舞えという事だ。

 それで、真の本妻様の方はいいのだろうか? 文句を言ってこないのだろうか? ミラージュジュは心配になった。不満を持たれて恨みがこちらに向けられるのは避けたいのに… そう彼女は思ったのだった。


 

読んで下さってありがうございました。

次章は明朝に投稿する予定です。

読んで頂けるとに嬉しいです。

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