第十八章 姉弟達の決意
「今回の主犯がどちら側にせよ、アダムス様の不倫の手助けをしたという事で、王家の誰かに恨まれ、目を付けられてしまった事は間違い無いでしょう。
ならば今更嫌々アダムス殿下との契約を旦那様が守る必要性も無いように思われます。
いざという時、アダムス殿下ではなんの助けにもならないという事が、今回証明されましたからね。
しかも悪くすると、あの殿下はこちらを悪役に仕立てかねないですからね。
皆様はどうお考えになりますか?」
「「「異議なし!」」」
「では今後この契約は契約したご本人に遂行して頂きましょう。
ところでマーラさん、屋敷の西のエリアは今現在どうなっていますか?」
「パークス様の指示通りに、ガゼボは解体し、ヴィラは勝手に内から外へ出られぬように窓には鉄格子を取り付け、出入り口には外側から頑丈な鍵を取り付けました。
屋敷の西の部屋にあったアノ方の私物は既に全て纏めてあります」
「さすがマーラ、手際良いわね。
でも、何故ガゼボまで壊したの?」
上の姉のスージーが感心したように言った。
実の母親とは折り合いの悪かった彼女にとって、マーラは単なる侍女というより、母親代わり、年の少し離れた姉のような存在で、唯一尊敬出来る女性であった。
「アノ方を連想される物は全て無くせというのが、旦那様の希望だと伺ったので。ヴィラも必要性が無くなり次第解体予定です。
ただし薔薇園を潰したら奥様が心を痛めるだろうから、仕方なく残すとの事です。
それと、情報漏えい対策のため、身内の者達で作業しましたのでご安心下さい」
それを聞いたミラージュジュはこう思った。
そんな事を態々しなくても、屋敷の西側になんか行った事がないのだから、アノ方を連想なんかしないのに。
それに今までだって一度も訪れる用が無かったのだから、これからも行かなければ済む事だと。
しかし……
「あの薔薇園はジュジュと正式に顔合わせした場所だった。これからもずっとあそこで二人の思い出を作っていこうと思っていたのだ。
それなのに父があそこをアノ者と殿下の密会の場所にし、その上にヴィラまで造ってしまった! あの薔薇園まで汚してしまうとは、本当に腹立たしい」
夫の言葉で、そう言えば夫と初めて会ったのはザクリーム家の薔薇園だった事を妻は思い出した。
何故それを今まで忘れていたのかといえば、初対面の時、夫があまりにも光り輝いていて呆気に取られ、周りの景色などに気を配る余裕がなかったからだ。
金糸のようなサラサラの髪に、黄金色に輝く大きな瞳……
こんなに綺麗な人は見た事が無い、ミラージュジュはそう思った。つまり顔合わせの相手に目が眩んで、薔薇の花などは全くもって目に入らなかったのだ。
それ故に薔薇園などには全く思い入れはなかった。
しかしそこが義姉と夫が幼い頃、両親の圧力から逃げ出して唯一心癒される場所だったと今知り、そこが無事だった事にミラージュジュはホッとした。
自分にとっては、屋敷の裏側の畑のような場所だったのだろうから。
普段は実家の事など思い出しもしないミラージュジュだったが、何故かその畑がふと頭に浮かんだ。
そこだけはミラージュジュが唯一何でも自由に出来る、心安まる場所だったからだろう。
どうしてその場所を彼女が好きに使えたのかというと、その畑が生ゴミの捨て場になっていたためである。
野菜の腐敗臭がして、虫が湧くような場所だったために、使用人さえも行くのを嫌がっていた所だったのだ。
生ゴミによって出来る堆肥を混ぜ込んで、彼女はその畑に野菜の切れ端を植えた。
キャベツの芯を植えればそこから葉が出て黄色い花が咲く。大根だって捨てられた頭の部分でも植えておけばやはり白い花が咲き、やがてそこからは種がとれるのだ。
芽が出て捨てられた芋類も同様だ。春に植えておけば秋には収穫出来て、空腹時の助けになる。
花を見て楽しみ、しかも野菜を収穫してお腹も満たしてくれたのだから、彼女にとってそこは心と胃袋を癒やしてくれる大切な場所だった。
侯爵家の面々が優雅な薔薇園に思いを寄せている時に、妻は実家の裏にある生ゴミの捨て場所である畑を思っていた。
そしてその思考の落差に気付いた妻は、所詮こんな麗しい侯爵家に自分は相応しく無いと、深いため息をついた。
しかし周りの者達は、愛人の事を思い出して、彼女が胸を痛めているのだと勘違いしていた。それに気付いたので、彼女は弱々しく微笑みながらこう言った。
「旦那様のおっしゃる通り、花にはなんの罪もありませんから、そのままにしておいてください。薔薇園が無事で良かったです」
と。
そしてその後マーラが不安そうにこう尋ねた。
「もし、殿下がまたこちらにお見えになったらどういたしましょう?」
「学生時代の話を僕としたいと言うのなら、そのご希望を叶えるだけです。
どうせ共通の話がそうある訳ではないので、すぐに飽きてお帰りになるでしょう」
当主のこの言葉に皆笑ったが、侍女頭は不安な顔をしたまま再びこんな疑問を口にした。
「もし契約を守るように強く要求してきたらどう致しましょう?
死にかけた愛人を見捨てておきながら、そんな恥知らずな真似をされるとは、さすがに考えたくはないのですが」
すると、主はニヤッと笑った。
「そんな契約、自分は知らないと突っぱねるだけさ。
何せ僕には二年間の記憶がないのだからね。何を言われようが右から左へと聞き流すだけだ。
そして文句があるなら契約相手である父親へ言えと言うよ。
父は体が不自由になり、言語も不明瞭だが、頭はしっかりなさっているのだから、何の問題もない」
すると姉二人もそれに同調した。
「その通りだわ。
それにお父様には五体満足のお母様がついていらっしゃるのだから、何の問題も無いでしょう」
母親がこの契約を知らなかったとはとても思えないと、彼女達は思っていた。
普段は礼儀だの伝統だのに拘っていたのに、結婚前に息子が愛人を屋敷に連れ込んでも、止めもしなければ叱る事もしなかったのだから。
一通りの話し合いが終わると、大分遅い時間になっていた。
最初から姉達は泊まる予定でいたようだが、二人ともまだ幼い子供がいるのだ。
申し訳なくてミラージュジュが恐縮していると、結婚して以来初めてのお泊りなんだから嬉しいわ、と言った。
両親、特に母親と一緒に過ごしたくなかったので、彼女達はお茶会の時ぐらいしか実家には立ち寄らなかったようだ。
「それではこれからはいつでもお時間が許す限り遊びにいらして下さい。お待ちしておりますので」
ミラージュジュがこう言うと、義姉達は嬉しそうに笑った。
そしてスージーがちょっと意地悪い笑顔を浮かべてこう言った。
「そうねぇ、じゃあ、離縁して戻ってきたら、この屋敷に住まわせてもらえるかしら?」
「・・・・・」
「姉上。姉上達には極力迷惑をかけないようにいたしますから、そんなご心配はしないで下さい!」
レオナルドは悲痛な声を上げた。
ミラージュジュも義姉達が戻ってくる事自体は何でもないというか、寧ろ嬉しい事だが、義姉達の家族を壊すなんて以ての外だ。
「私なんかが口を挟むなんて恐れ多い事ですが、お姉様達にはご迷惑をおかけしないよう努力致します」
二人の必死の様子に姉達は優しく微笑んだ。
「ここを訪れる前に、私達は話し合ってきたの。
私達は貴方達二人の味方よ。最後まで貴方達を見捨てたりしないわ。
でもそれはこの侯爵家のためなんかじゃないの。わかるでしょ?」
「お姉様も私も政略結婚だったわ。一応表向きは旦那様に望まれてという事だったけど。実際は派閥の勢力バランスを取るためだったの。
何事も親に楯突いていた割にあっさりそれに従ったのは、まあ相手が改革派だったからよ。
自分達も社会をより良くするお手伝いが少しは出来るかも…と思ったの。
でも、それは所詮幻想にすぎなかったけれど。
改革派も保守派もそう大した違いはなかったわ」
「王太子ご夫妻だけは違うと思いたかったけれど、レオの話を聞くと、それも甘かったみたいね。
『黒の二本線』の存在自体非人道的なのに、国政ではなくて王家の私利私欲の為に使っているとしたら天も恐れぬ所業だわ。悪魔と大差ない」
「私達はそんなものに加担するつもりはないわ。
離縁されたら子供達を連れて他国へ逃亡するわ。伝手はもうちゃんとあるの。
だから、私達の事は全く気にしないで」
「何もクーデターを起こせとか、国を大改革しろとか、そんな大層な事を望んでいる訳じゃないわ。
ただ、愚か者達に利用されてポイ捨てされるような事にだけは絶対にならないで。
カレンも私も、私達の大切な至宝を汚されたくないだけなの・・・」
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