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第十七章 王家への疑惑


「以前の僕は姉上達の実情を理解していたのでしょうか?

 結婚をなさった当時は、お二人共仲睦まじく、すぐにお子も生まれたので、お幸せなのかと思っていたのですが…」

 

「貴方は隣国にいたので、口に出して話した事はなかったけれど、貴方は聡い子だったし、私達の顔色を読むのが得意だったから、戻ってきた時にはきっと全てお見通しだったでしょうね」

 

 スージーがマーラに新たに注がれた紅茶を一口飲んでからこう言うと、カレンも頷いた。

 

「この契約の件も私達に迷惑をかけないように、一人でどうにかするつもりだったのでしょうね。

 わざとらしい茶番劇を演じているとは思ってはいたけど、まさかその契約者がそんなに面倒な連中だとは思ってもみなかったから、貴方のジュジュへの態度に腹が立ったの」

 

「私達は貴方にだけは政略結婚ではなくて、本当に好きな人と結ばれて欲しいと思っていたのよ。

 ほら、私達と違って、貴方はジュジュ一筋で頑張って努力していたから。私達はこれでも陰で貴方の応援していたのよ」

 

 スージーの言葉にレオナルドは驚いたが、すかさず侍女頭のマーラにこう続けられた。

 

「それは本当の事でございますよ。私達使用人もお嬢様達と同じ気持ちでしたから。

 それなのに、いざ結婚してみたら奥様に対する態度があまりにも冷たかったので、みんな腹を立てていたんです。

 本当の事をおっしゃって頂ければフォローも出来ましたでしょうに」

 

「ええと、ナラエからも一応聞いたのだが、そんなに僕はジュジュに冷たかったのだろうか?」

 

 当主が恐る恐る尋ねると、マーラに深いため息を吐かれた。

 

「ええ、そりゃあもう。何せ奥様にはニコリともせず、会話はまるで業務連絡。しかもそれは週に多くて二回の夕食時のみ。

 その挙げ句にドレス一枚も新調されずに夜会パーティーに連れて行く暴挙! 使用人一同旦那様を敵認証いたしましたよ」

 

「エエーッ! そんなだったの?」

 

 当主は悲痛な声を上げた。

 

「それなのに奥様は旦那様を恨んだり憎む事もなく、旦那様は優しい、思いやりがあるとおっしゃって。

 私達は皆涙致しましたよ。何も知らずとも、旦那様の愛情を信じ、意図を汲んでいらしたのでしょうね」

 

「そうなの? ジュジュ? 嬉しい」

 

 レオナルドは感激してミラージュジュを抱きしめた。今まで人前で抱き締められた事がなかったので、彼女は真っ赤になって、必死になって夫から離れようと藻掻いたが、照れているその様子が可愛らしいと、夫は離そうとはしなかった。

 

 しかし、妻の胸中は複雑だった。確かに今目の前にいる夫からは愛されているのかもしれない…とは思う。

 とはいえ、記憶を失う前の夫の事を彼女が信じていたというのは、みんなの思い違いだ。

 

 確かに妻は信じていた。だがそれは結婚初夜に夫に言われた事を、ただそのまま素直に受け取っていただけだ。

 自分には真に愛する人がいるので、彼女との子供を跡取りにしたい。だから、君とは白い結婚なんだと。君に望んでいる事は侯爵夫人として社交をする事だけだと。

 

 確かに夫は自分を表面上は妻としてちゃんと扱ってくれたし、暮らしやすいように配慮もしてくれた。

 そして妻はそれだけでもありがたいと感謝していたし、結婚前よりずっと幸せだと思っていた。

 

 しかしそれは夫の愛を信じていた訳でも、何か意図があると思って辛抱していた訳でもないのだ。屋敷の人達が実家とは違って皆優しかったから。

 

 そもそもたとえどんなに大層な意図があったとしても、本当に妻を愛していたら、あんな事が言えるものなのだろうか……

 みんなはあの日、夫が新妻に何を言ったのかを知らないから、そんなに簡単に信じられるのだ……

 

 ポロリと涙がこぼれた。

 その涙にいち早く気付いたスージーが何かを感じとって、いち早く冷静になった。

 

「レオナルド、いい加減ミラージュジュを放しなさい。

 貴方が彼女に本当に愛情を持っていたかどうかなんて、所詮は憶測でしかないんだから。

 記憶が戻らない限り、はっきりした事はわからないわ」

 

「あ…姉上?」

 

 レオナルドは驚いて姉を見てから、次に泣いている妻を見て、ハッとした。

 

 結婚してからの自分は、今現在の自分が想像しているよりもずっと酷い事をしたんだ。

 そうだよな。愛人を真に愛する人だと呼び、その愛人との子供を妻に育てさせようと言ったのだから。

 いくらそれが芝居だったとしても、それを知らなかった妻はどれ程傷付いた事だろう。

 彼女をこんなにも傷つけた自分が憎い、レオナルドは自分自身が許せなかった。

 

 

「スージーお嬢様のおっしゃる通りですね。

 しかしながら、奥様には本当に申し訳ないのですが、お話を進めさせて頂きます。よろしいですか?」

 

 ミラージュジュがハンカチで目元を押さえながらうなずいたので、パークスは契約書について再び話し始めた。

 

「皆様も既にお気付きかと思いますが、これは大旦那様とアダムス殿下との契約書であり、現当主であるレオナルド様には執行義務はございません。

 それなのに旦那様が大旦那様の契約を続けてきたのは、相手が王族だったからでしょう。

 逆らえば何をされるかわからないですからね。

 ですから旦那様は徐々に保守伝統派から抜けようとなさっていたのでしょう。

 態々奥様にお古のドレスを着せて王宮の夜会に参加されたのも、保守派からのお誘いが来ないようにするためだったのでしょう」

 

「「「まぁ、そうだったの!」」」

 

 姉二人と侍女頭はその真実に思わず声を上げて、慌てて口元を押さえた。

 

「しかし、結局アダムス殿下との契約を守っても、王家に睨まれ、排除されてしまう事がはっきりしましたので、もう、旦那様が契約を守る必要性は無いものと考えます」

 

「どういう意味なの?」

 

「王家に睨まれたって何?」

 

「奥様、お願いできますか?」

 

 パークスにそう返されて、ミラージュジュは頷いた。

 

「レオナルド様が入院中に、病院の待合室で患者さん達が話をしているのを聞いたのです。

 あの落石事故は発破を使った故意によるものだったのではないかと。というのも、事故の起きる前はずっと晴天が続いていて、地盤が緩んで岩が転げ落ちるなんておかしいというのです。

 しかも、事故が起こる前によそ者が数人山に登って行ったらしいのですが、その者達の手首には『()()()()()』の入れ墨があったそうなのです」

 

「それって、あの『()()()()()』の事?」

 

 カレンが驚愕した表情で問うと、義妹は頷いた。

 

「男達全員の手首についていたそうですから間違いないと思います。

 そこで旦那様の護衛のジャックスさんに現場の調査をしてもらったのですが、彼は崖上で焼け焦げた跡を見つけたそうです。

 ですから今回の事故は自然災害などではなく、人災だった事は間違いないと思います」

 

 ミラージュジュの説明に続いてレオナルドがこう言った。

 

「そして『()()()()()』を使えるのは王族だけだ。一番疑わしいのは王子妃だが、王太子殿下という可能性も無くは無いと僕は思う。あんな不出来な弟を放っておいて、何か問題を起こされる前に、事故に見せかけて殺そうとしたとも考えられなくもないから」

 

「あの正義感の強い王太子殿下がご自分の弟を暗殺しようとするなんて私には思えないけれど……」

 

「そりゃあ義兄上は王太子殿下とは従兄弟同士で仲がよろしいし、妃殿下とスージー姉上はご友人だから、疑いたくはないでしょう。

 しかし人間の顔には裏表がありますからね。王族なんてその典型でしょ。

 それに正義なんてものは時と場合で変わってしまうものなんですから、あまりあてにはなりませんよ」

 

「確かに、可能性がゼロって事はないわね。

 それにしても標的を仕留めるためなら、無関係の者達を巻き添えにしても構わないと王家が本当に考えているとしたら、それは許せないわね。しかもその被害者が私達の至宝であるならなおさら」

 

 今度はカレンが呟いた。

 そして、皆がレオナルドを見ながら頷いたのだった。

 

 

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