第十四章 突き付けられた過去
レオナルドは忘れてしまった二年間の辛い真実を突き付けられ、苦悩します。
ナラエはそれこそ一瞬鬼のような形相をした。しかし、必死に無表情を装うとした。
それを見ただけで自分がミラージュジュにとって良い夫ではなかった事がわかった。
「旦那様が奥様になさった事が酷かったかどうかは奥様でなければわかりませんわ。
ご夫婦の事はご夫婦でないとわかりません」
つまり酷い事をしていたって事だな、とレオナルドは察した。
しかし、自分が愛するミラージュジュに酷い仕打ちをしていたなんて、彼にはどうしても信じられなかった。
「あの、君の視点でいいから、僕のどんな態度が悪かったのか、具体的に教えてもらえないかな?」
「それはできかねます。パークス様にお尋ねになって下さい。あの方なら冷静に物事を判断できると思いますので」
「もちろんパークスにも聞く。だが女性からの視点での意見も知りたいんだ。
ジュジュの思いではなく、君は僕をどう思っていたんだい?」
「・・・・・」
「何を言われたって、君の不利益になる事はしない」
レオナルドはそう言ったが、そんな言葉は信じられなかった。ナラエは黙り続けた。
レオナルドはため息をつき、執事のパークスを呼んでくるように言った。
ナラエはいかにもホッとした顔をしていた。
やがてやって来たパークスにナラエと同じ質問をしてみると、さすがは侯爵家の執事。顔色一つ変えなかった。
そして、こう答えた。
「ご夫婦の事はいくら執事とはいえ、本当のところはわかりません。
ただ客観的に見てどうかというご質問で、しかも忌憚のない意見というご要望ですので、率直に答えさせて頂きます。
はっきり申しまして、旦那様の奥様へのなさりようを、使用人は皆快く思ってはおりません」
「何故?」
「旦那様の奥様への態度が冷たく感じられたからでしょう」
「冷たい? 僕がジュジュにかい? そんなことはあり得ない」
「確かに二年前の旦那様には信じられないでしょう。
でも、数日前までの貴方は、奥様に対してとても義務的に無表情で接していて、笑顔を見せる事もなかったですよ」
「そんな馬鹿な。僕が愛するジュジュにそんな態度を取るわけがない!」
レオナルドはベッドの上で憤った。
「そうおっしゃっても、それは事実です。ジュジュだなんて奥様を愛称で呼ばれた事なんて一度もございませんでしたよ。
何か意図があってそうなさっていたのかは、何分ご相談をされていないのでわかりかねます。
旦那様には信用するに足らない人間だと、私がそう思われていたからなのかもしれませんが……」
「そんな事あるはずがない。僕は君を信用している。両親よりずっと」
「二年前はそうだったのかもしれませんね……」
「この二年で何が起きたんだ?」
レオナルドの不安が大きくなっていった。愛するミラージュジュに冷たくするなんて、どう考えても信じられないのだ。
「旦那様は隣国に赴任中、お住まいで働いていたメイドと仲睦まじくなられたのです」
「なっ?!」
「十か月ほど前に前当主様が病でお倒れになって、旦那様は帰国されて侯爵家を継承されました。
その際旦那様は『真実の愛』で結ばれたという、その女性を我が国にお呼びになって、屋敷の薔薇園へと続く西のお部屋に住まわせました。
そしてその薔薇園にヴィラを造られて、隣国から連れてきた使用人達を住まわせました。
屋敷の使用人とは一線を画しておりましたので、その方々がどんな方なのかはよくは存じませんが」
「!!!!!」
愛人を持っていただと、この僕が? そんな事はあり得ない。僕の運命の人はミラージュジュだ!
レオナルドはパニックを起こしそうになった。
「その愛人とは一体どんな奴なんだ?」
「隣国でメイドをしていたラリーナ=ホールス様です。でも、それは偽名で本当の名はラナキュラス=ボンズ男爵令嬢のようですよ」
「ラナキュラス=ボンズ? あの?
確か彼女は第二王子殿下と卒業式で婚約破棄騒動を起こして、修道院へ入ったのではなかったか?」
何故そんな醜聞まみれの女なんかを愛人に? しかもそれを自分の屋敷に引き込んで、あまつさえその状態でミラージュジュと結婚したというのか?
吐き気がした。
パークスが言っているのだから本当の事なのだろう。
しかし自分がやった事だろうに、何故そんな非常識で非道徳な真似が出来たのかがわからない。
「そんな暴挙を何故みんな容認したんだ? そんな家の恥になるような真似を周りが止めなかったのか?」
「お姉様お二人は物凄く反対されましたが、旦那様は聞く耳を持たなかったですね。
ご両親様は……不思議と反対も何もなかったですね……」
「ミラージュジュはどうしてそんな男と結婚したんだ? いくら親の命令とはいえ…」
「奥様はご存知ありませんでした。
アノ方の事には屋敷では箝口令が出されていましたし、外へ漏れる事はなかったので」
「騙して、結婚したという事か?」
「そうです。結婚式の後でそれを聞かされて、奥様はずっと泣いておられましたよ」
「ウッッッ・・・」
レオナルドは本当に吐いた。頭がグワングワンと揺れて、気持ちが悪くなって・・・
ミラージュジュの様子がおかしかったのは当然だ。
ナラエが怒っていたわけも……
胃袋の中を全て吐き切った後、レオナルドはぼんやりとして天井を眺めていた。
パークスはそんな主の様子を見守っていたが、徐にこう言った。
「旦那様は奥様には、隣国へ泊りがけの仕事だとおっしゃって、ラリーナ様達を引き連れて、この保養地に向かわれる途中で事故に遭われたのです」
「僕が妻に嘘をついて不倫旅行へ行ったというのか?
そんなゲスな事を平気で出来るおぞましい男に成り下がっていたのか?」
レオナルドはボロボロと涙をこぼした。
ミラージュジュは物心がついた頃からずっと辛い思いをしてきた。家族から蔑ろにされて、使用人以下の扱いを受け、暴力に怯える日々を送ってきた。
そんな彼女を早くあの家から連れ出し、幸せにしたかった。彼女が安らげる場所を作ってあげたいとずっと考えていた。
それなのに、よりによって自分が、愛していた筈のミラージュジュをさらに不幸のドン底に陥れたのか!
そしてそんな事も忘れて、妻にキスして愛を囁いたのか! 彼女を裏切っておきながら・・・
「しかし旦那様、この度の旅行は旦那様とラリーナ様だけではなく、もうお一人、ご友人も途中で合流されていたそうですよ」
「エッ?」
最悪の情報が続いた後に入ってきた思いがけない情報に、レオナルドが反応した。
「その方は怪我人を救助する事も、助けを呼ぶ事もせずに、ご自分だけ従者と護衛と共に姿を消したそうですよ。
その方のもう一人の護衛が足を骨折して入院していますが、身元を隠し、主の名前も黙秘しています。
奥様はその者を屋敷に連れ帰って軟禁するとおっしゃっています。互いの身の安全のためにも」
「それと、以前は旦那様とはそれほど仲が良いとは思われなかった第二王子殿下が、旦那様が帰国なさってから、何度も屋敷にお見えになっておられました。
学生時代の思い出話をしにいらしていたとの事ですが…」
そんな事あるわけがない。そうレオナルドは思った。
一学年下の第二王子はその婚約者であるスチュワート公爵家令嬢であるマリアと共に生徒会役員だった。
しかし入学早々ラナキュラス=ボンズ男爵家令嬢と恋人関係になり、ほとんど生徒会活動をしなかった。
レオナルドは第二王子と思い出話をする程関わってはいなかったし、彼を疎ましく思っていたので、好き好んで付き合う筈がない。
ただ父親は保守正統派だったので、あの第二王子に忠誠を誓っていたが・・・
読んで下さってありがとうございました。
今後の投稿は、なるべく毎日、夜19時を予定していますが、無理だった場合はご容赦願います。




