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第十一章 見知らぬ使用人

ちょっときな臭い話になってきます。

テンプレ要素が二つも入っています!


 夫の病室を出た所で、ミラージュジュはナラエと出くわした。

 彼女はここへ来る途中、市街地で先に馬車から降りて、護衛と宿の手配をしてから病院へ来たのだった。

 

「奥様、どうなさったのですか、そんなに慌てられて」

 

「ナラエ、今旦那様が目を覚まされたの。それを先生にお伝えしようと」

 

「それならば私が参ります」

 

「いいえ。ちょっと先生にお話ししたい事があって。あなたもパークスさんを連れて後から来て下さい」

 

 夫人のただならぬ気配を察して、ナラエは頷くとすぐさま執事を探しに行った。

 

 

 

「ご主人は頭部外傷による記憶喪失だと思います。お話を伺ったところ、ご自分やご家族、お知り合いの事も覚えていらっしゃるようですから、逆向性健忘症だと思います」

 

「逆向性健忘症ですか?」

 

 医師の聞き覚えのない病名に、ミラージュジュは頭を傾げた。

 

「記憶喪失と言っても原因も症状も千差万別なのですが、ご主人の記憶は事故当日から遡って二年程の記憶がまるまるなくなっているようですね。何故その期間だったのかはわかりませんが。

 過去の文献からは、記憶を無くしていた期間が辛く悲しく忘れたい事があった期間と重なっていた、と答えた患者がかなりいたそうです。

 しかし、ご主人の場合がこれに当てはまるかどうかはわかりません」

 

 医師はこう説明した後、記憶が戻るか戻らないかは正直何ともいえない。戻ったとしても、いつもどるかは誰もわからないと付け加えた。

 そして、安静にしていれば記憶が戻るという訳ではないので、頭の傷が治り次第退院なさって結構ですよと。

 

 足を骨折していた男性も、ギプスで固めてあるので、王都の病院へ転院して大丈夫。

 

 ただし、手術した女性は当分動かせないので、恐らく最低でも一月は入院という事になるでしょう、との事だった。

 

 問題は山積みだった。

 夫である侯爵の記憶喪失。

 夫の愛人の大怪我及び、子がなせなくなった事。

 そして、今最大の問題は、足を骨折した男が一体誰なのかという事だった。

 

 夫は隣国へ出張へ行くと嘘をつき、愛人と保養地へ出かけた。

 そのお供として付いて行ったのは、普段から侯爵の護衛している元騎士と、侍従、御者、そして愛人付の護衛と侍女二人だった。

 

 ミラージュジュが病院へ着いた時、侍女二人は主人である侯爵と愛人の看病をしていた。

 そして侍従と御者は交代しながら夜通しで、無事だった馬車を走らせて屋敷に知らせに帰ってくれた。

 それでは残りの護衛二人は何をしていたのかというと、足を骨折した男を看病というより見張っていた。とても逃げ出せるとは思えなかったが。

 

「こちらはどなたなのかしら?」

 

 夫の護衛のジャックスに尋ねると、彼は

 

「申し訳ありませんが存じません」

 

 と答えた。ヴィラの方の護衛にも尋ねてみたが、こちらも知らないと答えた。

 ただしこちらは少し目が泳いだので、全く知らないという訳でもなさそうだ。

 

「同じ馬車に乗っていたのではないの?」

 

「いいえ、違います。保養地へは侯爵家の二台の馬車と、その他に、旦那様のご友人の二台の馬車、併せて四台で向かっておりました。

 彼はそのご友人の供の者だと思います」

 

「その旦那様のお友達はどこにいらっしゃるのでしょう? お見舞いに行かないといけませんわ。教えて下さいな」

 

「ご友人は無事でした。そしてやはり無事だった供の者達と、助けを呼びに行くこともせずに、さっとどこかへ行ってしまいました」

 

「友人である旦那様や大怪我をなされた女性、そしてご自分の怪我をしたお供まで放って、自分達だけ逃げ出したという事ですか?」

 

 護衛のジャックスの返答に夫人は怒りを露にした。

 いつも静かで穏やかな夫人の怒りに、周りにいた者達がビクッとした。

 

「持って生まれた性分というものは、やはり多少鍛え直されたくらいでは、簡単には変わらないものなんですね。

 アノ方は学生時代から面倒な事、難しい事はみんな人に丸投げして逃げていましたよ。

 でも、まさか怪我人を見捨てて逃げ出すだなんて最低な行為をする方とまでは思いもしませんでした。許せません!」

 

 夫人の言葉に、病床の男が驚いた顔をして夫人を見た。

 

「あなたが何も言いたくないのならそれでも構いませんよ。でも、長くはここに入院させてもらえないようですから、私達と一緒に屋敷に帰って頂きますよ。

 身元がはっきりするまでは、まあ、一種の軟禁生活になるでしょうが、拷問などする気はございませんから、ご安心下さい。

 それと、便宜上の名前を考えておいて下さいね」

 

「トムと呼んで下さい」

 

 男が意外にも即答したので、夫人だけでなく全員驚いた。

 

「わかったわ、トムさん。あなたもあんな主に仕えなくてはいけないなんて、ついてなかったわね。それではお大事に」

 

 夫人はこう言うと、クルッと背を向けて、男の病室から出て行った。

 その後を追いかけたナラエが、夫人にあの男が誰なのかと尋ねた。すると、彼女はにっこりと笑った。

 

「あなたも聞いていたでしょ。トムさんよ。それだけわかればいいのよ。わかるでしょ?」

 

 ああ、名前を気安く呼んではいけない人に仕えているのか、そういう事ですか…… ナラエは納得した。そしてそれと同時に、何故あの高貴な方が度々侯爵家にやって来るのかも理解したのだった。

 彼女は病院の廊下を歩きながら、心の中で最低野郎!と叫んだのだった。

 

 ミラージュジュは頭の中をフルスピードで回転させながら、思考を整理しようと、病院の中庭をグルグルと歩き回った。

 実は先ほど医師に会う前、待合室で診察を待っている患者達のこんな会話を聞いたのだ。

 

「なあ、一昨日山道に上から岩が落ちてきて、馬車が潰されたって事故あったろ?」

 

「ああ。怖いな。いつも商売であの道通るから、他人事じゃないぜ」

 

「まあな。でも、あの事故変だって、みんな言ってるぞ。ここんとこ雨も降ってなかったのに、地盤が崩れるなんておかしいってさ。

 発破が仕掛けられたんじゃねぇかって。なんでも岩が落ちる少し前に、滅多に人の入らねぇ山道を登って行く怪しい男達を、何人もの猟師が見ているんだってさ」

 

「もしそれが本当なら、そいつらこの辺のものじゃねぇな。地元の奴らはどんなに変装したってよそ者だってわかるからな」

 

「なんでも片方の腕の手頸近くに()()()()()が彫ってあったってよ」

 

「すげぇ、猟師って奴は本当に目がいいな」

 

 

 彼らの話を総合すると、落石事故の前に地元民ではないよそ者が荷物を背負って、山道脇からさらに高い山を登って行ったという。あれは()()()を仕掛けに行ったのではないかと。そうでもなければ、あんな岩が崩れ落ちるとは考えにくいと。

 

 つまり、意図的に馬車を狙った者がいるという事だ。

 そしてその実行犯達は手首に()()()()()が彫ってあったというのだ。これは大きな手掛かりだ。

 というのも、一般の人達は知らないだろうが、その入れ墨は罪を犯した貴族だけに彫られるものなのだ。

 

 しかも、処刑を免れて投獄された犯罪者のうち、役に立ちそうだと選定された連中だけ、国家の子飼いにされるのだ。

 絶対に命令に服従するという呪いの入れ墨(()()()()())を手首に刻まれて。

 まるで悪魔の所業だ。

 まあ、教会自体が人身売買をしてるという噂があるくらい腐っている国だ。この国の上層部の輩も似たようなものかも知れない。

 

 それにしても国が自国の王子を暗殺しようとは。それも部下共々。

 そして自分を殺そうとしている者達の所へ態々逃げ帰るだなんて、なんて愚かな王子なんだろう。 

 

 

 第二王子アダムスは結婚する前に、ある男爵家の令嬢と堂々と浮気をした挙げ句、学園の卒業式で元々の婚約者である公爵家令嬢に婚約破棄を宣言した。

 しかし王家によってその件は揉み消され、一年後には何事もなかったように、王子は公爵家の令嬢と結婚して子供まで授かった。

 それにもかかわらず、彼はその後もまた不倫を続けたのだ。しかも態々(わざわざ)以前と同じ相手と。

 

 普通に考えれば、ずっと蔑ろにされ続けている公爵家令嬢、つまり第二王子妃に疑いの目が向くだろう。

  

 しかし賢い彼女がそんなあからさまな行為をするとは到底考えられない。ミラージュジュは彼女の事をよく知っている。

 いくら夫を憎んでいたとしても、たとえ嫉妬をしていようと、そんな愚かで杜撰(ずさん)な計画を実行するわけがない。

 大体女はそんな大掛かりな罠を使った暗殺計画なんて絶対に立てない。

 という事は、彼女の行為だと思わせようと企んだ輩が他に絶対にいる筈だ。

 

 その犯人が誰なのかはわからないが、それが王族である事だけは間違いない。

 もし王族が関わっていないのに、誰かが自由に《()()()()()()》達を動かしているとしたら、それこそ恐ろしい。

 

 全てを知っているであろう夫は記憶喪失だし、慎重に事を進めないと非常に危険だ、そう侯爵夫人は思った。 

 

 

読んで下さってありがとうございました!

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