第百六章 ずっと一緒・・・
これで最終章となります。少し長めになります。
連載を始めてちょうど四か月でどうにか書き終える事が出来ました。
百六章と長くなりましたが、最後までお付きいして下さった皆様ありがとうございました。
特に感想で応援して下さった方々、多過ぎる誤字脱字を毎回報告して下さった方々に深く感謝します。
『ジュジュ!』
『なあに?』
『今日はね、ジュジュにプレゼントを持ってきたんた……』
『プレゼント? 私に?』
『うん。私が一番好きなもの。
これを見ると元気が出るんだ。香りもいいんだよ。
だから、私が一番好きなジュジュにあげたいんだ……』
『一番好き……?』
私の事が一番好き? この私を?
お父様にもお母様にもお兄様にも存在さえ忘れられている私を?
こんな私に、貴方の一番好きなものをプレゼントしてくれるの?
『まあ、綺麗! なんて綺麗なの?
本当だわ、香りも素敵ね! 香水よりずっと優しいくていい匂い』
昨日まではピンクの薔薇が好きだったけど、今日からは赤い薔薇が一番好きになったわ!
恥ずかしくてそれを口に出す事は出来ないけれど……
•• •• •• •• ••
『ごめんね……
僕にはプレゼントのセンスがなくて。いつも独り善がりになってしまう』
『そんな事はないわ。貴方に貰ったものはどれも嬉しかったわ』
『本当? じゃあ教えて? どのプレゼントが一番だった?』
『一番? それはね・・・』
•• •• •• •• ••
『薔薇、一輪の赤い薔薇……
貴方が初めてくれた、貴方の一番好きな真っ赤な薔薇……
あのプレゼントが一番嬉しかった……』
誰からも愛されなくて、自分は生きている価値なんてないのではないか……
元気で明るい振りをしていたけれど、いつもその思いが消えなかった。
そんな私に貴方は、自分が一番好きな大切な庭の赤い薔薇をくれた。そしてこう言ってくれた。
『これからもずっと貴女に赤い薔薇を贈るよ。それに今は無理でも、大きくなったらずっと一緒にいられるよ』
『ずっと一緒? 本当に?』
『本当だよ。ずっーと一緒……』
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「ずっと一緒だと言ったのに、嘘つき・・・」
「嘘じゃないよ。ずっと一緒にいるよ。今も側にいる。ほら、手を握っているだろう? だから目を開けて、ジュジュ・・・」
頭から真っ赤な鮮血を流す愛するレオナルドを目にしてから、半月もの間閉じていたミラージュジュの瞳が、ゆっくりと開いた。
濃い、とても濃い薔薇の香りの中で、彼女のその薄茶の瞳に映ったのは、彼女の愛する優しい金色の瞳だった。
ミラージュジュがようやく目を覚ましてから一月が経った。
二人の体調も大分回復して、仕事はまだ休んでいるが、普通に日常生活が送れるようになっていた。
あの日から二人は主寝室で同じベッドで眠り、身も心も本当の夫婦になっていた。
二人は手を繋ぎ、毎日屋敷の西側の薔薇園へ向かった。そこには新しいガゼボがあった。国王陛下がお詫びだと言って、ポケットマネーで造ってくれたのである。
「それにしても、まだ私、頭が混乱しているんです。目が覚めたらあまりにも急激に変わっていて」
「僕だってそうだよ。僕は一応目は開いてたけど、君の姿以外何にも見えなかったし、何にも耳に入ってこなかった……」
「ごめんなさい。私が勝手に貴方が死んでしまったと思い込んでしまったせいで」
「ジュジュのせいじゃないよ。他のみんなもそう思ったらしいよ。
頭が切れると出血しやすいんだって。あれくらいで気を失った僕が悪いんだ。
それに、君は謝る事なんてないよ。みんなには迷惑や心配をかけて本当に申し訳なく思っているんだが、僕達がああなったおかげで、三国が連合して西の国を滅亡させられたんだからね。
民達は皆連合軍に協力したから、この騒動で被害を受けたのは、西の王侯貴族だけだったみたいだしね」
「犠牲者が少なくて本当に良かったです」
「だけど、三国から西の国の代表に指名された時には、また気を失いかけたよ」
「まあ! そんな話があったの?」
「そうなんだ。もちろん即お断りしたよ。結局、当分は三国連合で統治して、最終的には西の国の者達で統治出来るように指導していくのだそうだ。
それに東の国も協力してくれるそうだ。あそこは王制ではなく、共和制だから」
「それは良かったですね。
でもどうせそうなるように貴方が持って行ったのでしょう? ふふっ、隠しても分かりますよ。
それにしても今回は私達も東の国にはとてもお世話になりましたね。
一度東の国へ行って、皆様にお礼が言いたいですわ。先生にもまたお会いしたいですし」
「ああ。今回の旅行には東の国にも行く予定で、あちらの友人達にも手紙を出していたんだ。
だから、今度こそ行こう。
各国とも大分治安が良くなってきているから、次はあんなに多人数でなくても行けるだろうし」
「それはどうでしょうか?
今回の事で陛下はみんなに責められて、大分私達に過保護になっていらっしゃるようですから」
「まったく極端だよな。前はあんなに人をこき使ってたのに」
「お姉様達やアンジェラ先生、そしてマーガレット(王太后)様に大目玉を食らったのですって!」
ミラージュジュはくすくす笑った。
そう。あの事件から一月半で随分世界が変わった。ミラージュジュの周りも。
もちろん西の国が滅亡していた事にも驚いたのだが、個人的にいえばそれよりも、その動乱の中で前国王陛下が亡くなったと発表されていた事の方がショックだった。
ザクリーム侯爵夫妻が襲撃されたと知った陛下は、直ぐ様北と南の王宮へ連絡を入れて、自ら離宮から飛び出し、近くの北の辺境騎士団と共に西の国境沿いの町へ向かった。
そして国王の指示で自白させた敵の証言を聞くと、息子のアダムスと共に国内に潜む西の国の密偵をあぶり出して消滅させた。
そして間もなくやって来た北と南の国の騎士団と連合軍をつくり、自ら総大将となって西の国に攻め込んだ。そして西の国を滅ぼした。
こうしてアッという間に陛下とアダムス殿下はこの国の英雄になったのだった。
「アダムス殿下はまだわかりますよ。大活躍だったそうですし、英雄と呼ばれるのも当然です。しかも、私達の事があったので、それに浮かれる事もなく謙虚な態度でしたものね。
しかし陛下はずるくありません?
戦死した事で英雄の名をさらに上げるなんて……」
ミラージュジュは納得出来なさそうに言った。王太后様は思わせぶりをしてから陛下と離縁する予定だったのに、それも出来なくなったのだ。
「まあね。でも本当によくあんな事を思い付いたよね。自分を死んでしまった事にすれば、離縁されなくて済むだなんて」
「別の人間になってもう一度マーガレット様にプロポーズしようだなんて信じられません。陛下はストーカーにでもなるおつもりですか?」
「王太后様が旅に出る時は護衛としてついて行きたいらしいよ。
何度断られようと足蹴にされようと諦めないそうだ」
「・・・・・・・・」
ミラージュジュは絶句した。
そしてつい最近驚いた事と言えば、彼女の兄が国家反逆罪で処刑される前に、ミラージュジュに謝罪していたと聞いた事だった。
ミラージュジュの兄で西の辺境騎士団騎士だったライスリード男爵は、妹に自分の剣で腹を刺されたが、手厚い治療で一命を取り留めた。
「何故裏切り者の自分を助けるのか?」
と尋ねた男に、元同僚だった近衛騎士がこう言ったのだそう。
「お前を助けたい訳ではない。
だが、お前がこのまま死んだら、ミラージュジュ様は兄殺しという重荷を背負って生きて行かねばならない。
クソみたいなお前の為に、あの方をそんな目に遭わす訳にはいかない。
お前には正しい裁判の末に罰を与えてやる。それまで死なせる訳にはいかない」
男は驚いた。彼にとって妹は何の価値もない人間のはずだった。だからずっと気にも留める事もなかったのだ。あの改革が起こるまでは。
しかし、牢獄の中でも裁判でも辺境騎士団でも、誰も彼も妹の事を褒め称えた。男はそれが信じられなかった。
あいつは女だ。騎士の家では女なんか何の価値もない。ただ守られるだけの役立たずなのだから。
しかしあの時の妹の憎悪に燃える目に驚いた。ただの人形だと思っていた妹があんな目をするなんて……
しかも腹に刺された剣のグリップを回された時、妹の強い殺意を感じた。
愛する者を殺された憎しみ……
ああ、妹は人形などではなく感情を持った一人の人間だったんだ……
そんな当たり前の事にようやく気が付いた。そんな妹を、自分達はずっと人間として扱ってこなかったんだな。
道理でみんなに責められたわけだ。道理で自分に縁談がこなかった訳だ……今更だ……
「私が処刑されたら、妹に伝えて下さい。お前が感情のある人間だとずっと気付かず、人として兄として酷い事をしてしまった。今更だがすまなかったと…
そして迷惑かも知れないが、お前の幸せを別の世界で祈っていると…」
兄が処刑された後、伝言を託された騎士からそれを聞かされた時、ミラージュジュも今更……と思った。
しかし、今すぐは無理でもいつかお墓に花くらいは手向けてあげようと思った。
父と母が死んでも絶対に墓参りなどはしないだろうが。
こうしてライスリード家は消滅したのだ。
•• •• •• •• ••
この国でもっとも美しいと評判のザクリーム侯爵家の薔薇園だが、今年は少し無惨な事になっていた。
薔薇がいい加減に切られて、その後に勝手に新芽が出て、好き放題に伸びているからだ。特に赤い薔薇の木が…
確かにみっともないともいえる状態だったが、植物の生命力が見えて元気が出る、とミラージュジュが言ったので、当分はこのままだろう。
ミラージュジュの今の楽しみは、夫のレオナルドと一緒にこのガゼボから残った薔薇の花と新芽を眺めながら、取り留めのない話をすること。
そしてナラエの淹れてくれたハーブティーを飲み、料理長手作りのお菓子を食べること。スコーンの時は、夫用に作ったジャムを添えるのも忘れない。
そういえば、ミラージュジュの体調が戻ってきた頃、ナラエの酷い悪阻もようやく治まってきた。
そして彼女のお腹の赤ちゃんが無事だった事に、ミラージュジュは心底ホッとした。
ミラージュジュの事を心配して、ナラエもかなり精神的ショックを受けて、一時期寝込んでいたと聞かされたので。
暫く休んで欲しいと言ったら、
「奥様、妊娠は病気じゃないんです。休んでばかりいたら、却ってお産が辛くなるんです!」
と言われてしまった。
でも、なるべく重い物は持たないでと、それだけは約束させた。だからガゼボでお茶をする時は、ノアが運んで来てくれる。
別にノアでなくてもいいのだが、最近彼はパークスの下で領地経営の勉強に励んでいて、たまには息抜きが必要だと言って、親友夫妻の邪魔をしに来るのだった。
•• •• •• •• ••
ミラージュジュが珍しく兄や両親の事を考えていた時、レオナルドが突然脈絡もなくこう言った。
「ジュジュ、君との約束をこんな形で果たす事になるとは思いもしなかった。もっと君を傷付けずにやれたら良かったのに。ごめんね……」
彼女は言葉の意味がわからずに夫の顔を見つめた。
約束?
約束といって思い出すのは、夫が結婚初夜に、偽装結婚に応じてくれるのなら、そのお返しに何でも願い事を叶えてあげるよ、と言った事だ。
そしてその時彼女が願ったのは、
『それでは、実家を潰して、あの家の者達を平民に落としてください』
だった。もしその事を言っているのなら辻褄が合う。ライスリード家は本当に無くなったのだから。
しかし、夫はこの約束を覚えていない筈だ。そしてミラージュジュもあれ以降あの願い事は口にしていない。それなのにどうして? まさか……
レオナルドは優しい笑顔から悲しげな顔になってこう言った。
「一年前、君に酷い事を言って本当にごめんね。何度も謝ってきたけれど、今のが本当の僕の謝罪かも。
あの頃君を苦しめる度に、僕は僕自身の心にもナイフを突き刺していたんだ。でも所詮自己満足だったよね。
愛するジュジュにあんな事を言う前に、何故もっと色々考えつかなかったんだろうね?
視野狭窄に陥っていて、あんな事しか思い付かなかった自分を軽蔑するよ……」
「もしかして思い出したの? 失くしていた二年分の記憶を?」
「うん。そして、忘れてもいないよ、落石事故の後の記憶も…」
「いつ? どうやって?」
「あの事件で頭を打った時なのか、君が目覚めなくて、ショックを受けている時だったのか、僕も混乱していてよくわからないんだけどね」
「覚えてる? 私との思い出も全部?」
「覚えている。全部覚えているよ。
十二歳で君と会った日から今日まで、ずっと君を愛している事。そして君も僕を好きだと言ってくれた事も。そしてずっと一緒にいようと誓った事も全部!」
ミラージュジュはレオナルドに抱きついた。そして夫の顔に何度も何度もキスをした。
夫はそんな妻の熱烈なキスに目を丸くしながらも、今までで一番輝く笑顔を浮かべたのだった。
前国王の結末に怒り出す方々がいらっしゃると思います。本当に申し訳ありません。話の流れでこうなりました。
ただし、王太后が、陛下を受け入れるかどうかは、陛下の意思とは別物なので、一蹴されてポイされるかも知れません。ご容赦願います!
最後まで読んで下さって本当にありがとうございました!




