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第百五章 慟哭・・・


「どんな様子かね?」

 

「相変わらずですわ。もう二週間も目を覚ましません。このまま水以外何も受け付けられずに眠ったままなら、命も危険だそうです」

 

「もう一人は?」

 

「こちらは反対に眠ろうとしません。いえ、心配で眠れないのでしょう。ベッドに寄り添ってただじっとしていて動きませんわ。

 同じく命も危ないと医師に言われましたので、時々薬で強制的に眠らせてはいますが、効果はそれ程長くはありませんわ」

 

「すまない……」

 

「今更ですわ。西の隣国に怪しい動きがあるのがわかっていたのなら、何故弟達の旅行を止めて下さらなかったのですか?」

 

「まさか、敵をおびき寄せるために弟達を利用したのですか!」

 

 スージーとカレン姉妹の問いに国王は必死に頭を振った。『この国の至宝』の二人を餌などにする訳ないだろうと。

 

 確かに西の国の情勢が不安定なのはわかっていた。しかしだからこそ他国に手を出す余裕などないと思っていた。

 それに北の隣国の第三王女の件で逆恨みされるとは思ってもみなかった。彼女が西の国を去ってから大分経っていたからだ。

 

 西の国の人間が多少入り込んでいる事は弟アダムスから知らされていたのだが、それは亡命者だと思っていたのだ。

 

「でも、今回の事で宿敵の西の国を潰せたのですもの、王族の皆様はご満足でしょう?」

 

「お姉様!」

 

「不敬罪になろうが、今更ですわ。私はどうせ平民だし、ザクリーム侯爵家ももう終わりですし……」

 

「す、すみません、私のせいでこんな事になって・・・」

 

「王女様は何も悪くないですわ。

 悪いのは西の隣国ですもの。それと不穏な動きに気付いていながら弟に知らせなかった国王陛下とアダムス殿下のせいですわ。

 ご自分達だけで弟夫婦を守れると思っていらしたのなら、自惚れ過ぎですわ」

 

「止めて下さい! お嬢様! 私が私が悪いのです。お側にいながら旦那様をお守り出来なかったのですから」

 

 ジャックスは国王に食って掛かろうとしたスージーを後ろから抱きとめながら声を上げた。

 

 主が襲撃された時ジャックスは主の指示で、まだ修道院の中にいたのだ。修道院の院長の要望などを聞くために。

 そんな事は従者のアンクルトに任せておけばよかったのだ。自分の仕事は護衛だったのに……自責の念で彼もすっかり疲弊していた。

 

 そこへノアがやって来て、国王の胸元を掴みながら叫んだ。

  

「殺せ! 僕を殺せ! 殺してくれ!」

 

 親友二人を守れなかったノアの憔悴ぶりに、国王は居た堪れなかった。自分の判断ミスでもっとも大事な参謀と、初恋の女性と、実の弟を不幸のどん底に落としたのだから。

 

 侯爵夫妻の旅行に一緒に付いて行くつもりだったノアに、今回だけは気を遣って二人切りにしてやれ! 国一番の腕利きを集めてあるから大丈夫だからと、ノアに言ったのは国王だったのだ。

 

 そしてもう一人の弟のアダムスの落ち込みも半端なかった。西の隣国の怪しい動きを最初に察知して国王と父親に報告したのは彼だったからだ。

 そして元恋人の墓参りをしたかったのは本当だったが、もう一つの目的は侯爵夫妻を守る事だったのだ。

 それなのに結局守り切れなかったのだ。

 

「西の隣国が全て悪いのよ、それにあの売国奴が・・・」

 

 カレンがそう叫ぶと、もう耐え切れないとその場にしゃがみ込んでしまった。

 

 

 そう。全ての元凶は西の隣国だった・・・・・・・

 西の隣国は元々どちらかというと蛮族と他国から揶揄されるような、社会制度や文化が遅れた絶対王政の国だった。

 そして中央の国と他国から呼ばれているこの国に、昔から度々介入してきた。前国王夫婦に最初の亀裂を入れたのも、そんないざこざのせいだった。

 

 この西の国は、北の隣国の第三王女に離縁されてからは衰退の一途だった。

 それ故にどうにか王女に戻ってきて欲しいと浅ましい計画を立てていたのだ。

 ところが、なんとその王女が隣国の中央の国の国王の婚約者になったというではないか。その情報が入ると、彼らは落胆すると同時に中央の国に対する怒りを溢れさせた。全くの逆恨みである。

 

 中央の国に何でもいいから一泡吹かせてやろうと、まるでゴロツキのような発想で、中央の国に密偵を放ったのだ。

 

 そしてその密偵の一人が国境寄りのとある町の酒場で、やさぐれていた辺境騎士と知り合った。

 その騎士は自分の国に強い不満を持っていた。

 

 代々国王に忠誠を誓って働いてきたのに、些細な脱税と領民からの搾取、それから保守派に少し協力したというだけで家は降爵され、領地を没収された。その上父親は懲罰刑になって自分は近衛からこんな辺境地に飛ばされたと。

 

 その男は新国王とそのブレインである義理の弟をさんざん罵っていた。

 国王にそのブレイン……中央の国の中枢部に詳しい男に接触出来たぞ!

 西の密偵は歓喜したらしい。

 

 実際にはその男は国の重要機密を知り得る立ち場などではなかった。しかし、その男が国王のブレインが誰かという事を知っていただけでも有益だった。

 そしてそのブレインである侯爵夫妻を男が憎んでいるという事も。

 

 彼らはこの騎士を利用して隣国のブレインを暗殺しようと企てた。

 いくら国王が優秀だとしても、改革を実施している最中に参謀がいなくなれば、中央の国を傾かせる事が出来るのではないかと。

 

 そしてやがて彼らの思惑通りの朗報がその騎士からもたらされた。

 なんとその騎士の妹夫婦が、旅行の途中で自国寄りの町の修道院を訪れる、という情報を入手してきたのだ。

 

 こうして彼らの計画は最初は成功するかのように思われた。たとえ国のブレインの侯爵で護衛が付いていたとしても、西の国の騎士である自分達なら簡単に倒せるだろうと踏んでいたのだ。

 ところが一侯爵の私的な旅行の筈だったのに、なんと国中の精鋭部隊が集まっていたのだ。

 

 その結果、例の騎士だけは昔の近衛の振りをしていた為に難なく目標の人物に近付く事が出来たが、それ以外は誰一人敵を倒す事が出来なかった。

 しかも生き残った数名は自白剤を使われて何もかも喋らせられてしまった。そのせいで、彼らの西の国は二週間も経たずに消滅してしまったのだ。

 

 中央の国と北の国、そして南の国が連合軍を作って一気に攻め込んできたからである。

 西の国の収集した情報は本当に中途半端だったのだ。

 ザクリーム侯爵が本国のみならず、南北の国からの信頼も厚く、深い絆を築いていた事実を知らなかっのだから。

 

 

 •••••••••••••••••••••••••••••••••••

 

  

「皆様、落ち着いて下さい。お二人は絶対に助かりますよ」

 

 修羅場となっていたザクリーム侯爵家のサロンに、この屋敷の執事のパークスが入って来て言った。

 

「気休めなんか聞きたくない!」

 

 ノアが叫んだ。

 しかしパークスは落ち着き払った様子でこう言った。

 

「ノア、落ち着いて聞きなさい。気休めなんかじゃないんですよ。

 なんと東の国が、彼の国一番のお医者様を寄越して下さったのですよ」

 

 すると彼の後ろには白衣を着た中年の見知らぬ男性が立っていた。黒い七三分けの髪をして、黒い瞳をし、黒縁眼鏡をかけた、スラッとした体躯の理知的な紳士が。

 

 東の国の医療は世界一と言われている。内科的にも外科的にも、そして精神的な面においても。

 

「今から先生に診察をして頂きますので、皆様はどうかこちらで静かになさっていてください。

 マーラ、精神安定の効果があるハーブティーを皆さんにお出しして下さい」

 

「承知しました」

 

 すっかり頬がこけてしまった侍女長のマーラが一礼してサロンから出て行った。

 そして彼女に続いてパークスがサロンを出ようとすると、ノアが近付いてきて義父にこう嘆願した。

 

「僕も二人の側に居させて下さい」

 

 すると義父は、いつもの冷静な君に戻れるなら構いませんよ、と答えた。そこで、ノアは二、三度深呼吸してから頷いたのだった。

 

 

 侯爵夫妻の部屋へ入って二人を診察した医者はこう言った。

 

「お二人が共にお好きな香りとは何でしょう?」

 

 突拍子もない質問にパークスとノアは戸惑う素振りを見せた。すると医者は言った。

 

「眠っていても、人は匂いには敏感なのですよ。物音や体への刺激には反応しなくても、もしかして好きな香りは受け入れるかもしれません」

 

「「好きな香り・・・」」

 

 二人は考え込んだ。香りと聞いて一番先に思い浮かべたのはお茶だった。薔薇やハーブの香りを二人は好んでいた。

 もしくはコーヒーだろうか? 数か月前に街のカフェでコーヒーを飲んでから、屋敷でも二人ともコーヒーを好んで飲むようになっていたから。

 

 そこでまず薔薇の紅茶を。次に何種類かのハーブティーを。そしてその後コーヒーを試してみた。

 しかし主夫妻には何の反応もなかった。

 コーヒーの独特の香りが籠もった部屋の中で、ノアとパークスはがっくりと肩を落とした。

 

「この濃い香りで反応しないのであれば、後は反対に刺激臭でしょうか?」

 

 パークスがこう尋ねると、医師は首を振った。

 

「匂いは強ければ良いという訳ではないのです。

 本当にお二人がお好きで、お二人に共通する大切な思い出を連想させる香りがよいのです」

 

 思い出を連想させる香り・・・

 

 その時、事件後に初めて目にした、ミラージュジュのポシェットの中に入っていた赤い薔薇の押し花をノアは思い浮かべた。

 口では花より食べ物の贈り物の方が良かったと言っていたのに、ミラージュジュが肌身離さず大切に持っていた赤い薔薇の押し花・・・

 

 ノアは部屋を飛び出すと、サロンの扉を開けて叫んだ。

 

「薔薇だ! 庭の薔薇、特に赤い薔薇をみんなで切ってくれ!そして二人の部屋を薔薇の香りで満たすんだ!」

 

 次章が最終章となります!


読んで下さってありがとうございました!


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