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第百三章 最高の贈り物


 念願の旅行中だというのに、なんでこんなに気が重いのだろう。

 昼食を摂って再び動き出した馬車の中で、レオナルドがそう思いながら窓の外を見ていると、向かいの席に座っていた妻が隣に座った。

 そして彼女が彼の肩に頭を乗せたので、驚いて夫の体がビクッと跳ねた。

 

「たくさんの人達に囲まれて、落ち着かなかったけれど、馬車の中にレオと二人きりになれるのは久しぶりよね。王室会議以来かしら。

 私、本当はね。レオにこんな風に甘えてみたかったの」

 

 思いがけないミラージュジュの言葉にレオナルドは驚いた。そして思い出した。

 

 夫婦で馬車に乗る時、何故か馬車の中には侍従のアンクルトか、若い侍女の少女が同乗して、二人切りになった事がなかった。

 最近になってその理由をパークスに尋ねると、記憶を失くす前の彼がこう言ったのだそうだ。

 

「最愛のラナキュラスに悪いから、正妻のミラージュジュと二人きりになりたくない。だから必ず誰かが同伴するように!」

 

 それを聞いたレオナルドは反吐が出そうになった。自分が言ったというその台詞が信じられなかった。

 

「愛する奥様に冷たくするのが、お辛かったのでしょう。だから誰かが側にいれば演技がしやすいと思われたのではないですか?」

 

 そうパークスに慰められたが、その後彼は記憶を失ったので、指示を撤回できずにそのままのスタイルが続いていたようだった。

 

「僕と二人きりで嫌じゃないの?」

 

 と夫が尋ねた。すると妻はこう答えた。

 

「嫌な訳がないじゃない。ずっと貴方に甘えたかったんだもの。

 でも、二人きりに慣れていないから、ちょっと恐かったの。だから、今回の旅行も嫌がっていた訳じゃないのよ。勘違いをさせていたらごめんなさい。

 それと……私はいつでも最高のプレゼントをレオから貰っているのよ。今回もそう。ありがとう」

 

 夫の肩の上に頭を乗せたまま、初めて自分の思いを語る初々しい妻に、レオナルドは愛しさがこみ上げてきた。

 

「ねぇ、今の話は本当なの?

 じゃあ、僕が今まで贈ったものの中で一番嬉しかったプレゼントって何だったの?」

 

 レオナルドが勇気を振り絞ってこう尋ねると、ミラージュジュは体を起こして赤い顔で彼の顔を真っ直ぐに見つめた。

 それから肩からポシェットを外して夫に手渡しながら言った。

 

「それはこの中に入っているわ。いつも持ち歩いているの・・・」

 

 レオナルドはそのポシェットを受け取ると、震えそうになる手で、中身を取り出した。

 ハンカチ、メモ用紙、万年筆、そして綺麗な布で包まれた四角い厚紙……

 

 何だろう? 丁寧にそっと布を広げ、それに包まれていた二つ折りにされていた厚紙を開くと、何とそれは押し花だった。

 真っ赤な、色鮮やかな美しい薔薇の押し花……

 

「レナだった貴方に最初に貰った赤い薔薇の花よ。この花が私が生まれて初めて貰ったプレゼントだったの」

 

 ミラージュジュの薄茶色の綺麗な瞳から、涙が一筋頬を伝って落ちた。そしてレオナルドの金色の瞳からも・・・

 

 レオナルドは大切に大切にその押し花を元通りにしまうと、ミラージュジュを思い切り抱き締めた。

 

「これから僕達はずっと二人だ。君が嫌がっても側から離さないよ。それでもいい?」

 

 レオナルドが彼女の耳元でこう囁くとミラージュジュは彼の胸の中で大きく頷いたのだった。

 

 

 

 ザクリーム侯爵一行が目的の修道院のある町に着いたのはもう夕方だった。

 

 宿泊するホテルを見たミラージュジュはあ然とした。

 この地方を治めていた貴族の屋敷をそのまま活用していると思われるその建物は、とても立派で上品な佇まいだった。しかし、部屋数が足りないのは一目瞭然だった。

 

 アダムス王子の護衛を含むと三十人も騎士がいる。しかし、侯爵夫妻と護衛のジャックス、侍従のアンクルトと若い侍女、そして御者二人の分の部屋以外、そもそもホテルには他に部屋がなかった。

 

「あの、騎士様方用の別のホテルは取っていらっしゃらないのですか?」

 

 侯爵夫人が夫に尋ねると、侯爵も戸惑った顔をした。

 

「騎士団の事は気にするな、彼ら自身で対処するからと陛下がおっしゃったんだ。もちろん、アダムス殿下もだ」

  

 すると、アダムスが言った。

 

「その通りだ。我々は元々野営をするつもりだったのだから気にしないでくれ」

 

「「野営?」」

 

「大体護衛が一緒に宿に泊まってちゃ意味ないじゃないか」

 

「ですが殿下を野営させられる訳がないじゃないですか!」

 

「そうですよ。私達は皆相部屋になりますから、殿下とお付きの方はお部屋にお泊り下さい。

 春とはいえまだ三月は冷え込みますよ。凍死はしないでしょうが、地面からジワジワと冷たさが伝わって、体の芯まで冷えてきて、とてもじゃないですけど寝てなんかいられませんわ」

 

 ミラージュジュの言葉にアダムスは目を見開いた。

 

「まるで経験した事があるような物言いだな……」

 

「何度も経験しましたよ。冬に屋敷から締め出されて、庭で一晩中過ごした事が何回もありましたもの。寒くて寒くてずっとうろうろと辺りを歩き回っていましたわ」

 

「「「・・・・・・・・・」」」

 

 ミラージュジュは事も無げにそう言ったが、周りいた者達は凍りついた。特にレオナルドは両拳を固く握り締め、奥歯をギュッと強く噛んだ。

 

『クソッ! 彼奴等を死刑にしてしまえば良かった!』

 

「噂には聞いていたが、いくら質実剛健の騎士の家だとはいえそれは酷いな。訓練もしていない娘にそんな仕打ちをするとは……父親だけでなく母親も兄も冷酷だな。

 

 だが侯爵夫人、騎士の野営はそんなに辛いものじゃないんだ。装備をきちんとすればちゃんと仮眠も取れるし、食事も悪くない。

 私も一応野営経験は何度も積んでいるから気にしないで欲しい。

 君達に迷惑をかけると寧ろこちらの立場がなくなるから、気にしないでもらえると助かる」

 

 アダムスがそう言ったので、侯爵夫妻は仕方なくそれを受け入れたのだった。

 

 美味しい郷土料理を堪能し終えると、ミラージュジュは夫にエスコートされて自分の部屋へ戻った。そして部屋の中に入る直前に、耳元で夫にこう囁かれた。

 

「別々の部屋で寝るのは今夜が最後だよ。初めての旅で不安だろうけど、お互いあと一晩だけの我慢だからね」

 

 と。そして額に軽く口付けを落とされて、ミラージュジュは再び真っ赤になった。

 

 部屋に入ると侍女が女主の着替えの手伝いをしながら話しかけてきた。

 

「奥様、美味しい夕食でございましたね。特にあの鴨肉のソテーは重厚な味で感激しました。食べられなかったナラエさんに申し訳ないです」

 

「そうね、本当に美味しかったわ。でも、ナラエさんがここにこられていたとしても、きっと食べられなかったわ。悪阻が酷くて鴨肉の匂いなんて嗅いだら絶対に吐いてたわ……

 

 それに街道があんなに整備されていないとは思わなかったわ。あんなに馬車が揺れるだなんて。

 だから無理矢理にナラエさんを屋敷に残してきて正解だったわ。流産でもしたら大変だったもの」

 

 そう、つい最近ナラエの妊娠が酷い悪阻のせいで判明したのである。

 しかも悪阻であんなに辛い思いをしているというのに、

 

『一月も奥様の側を離れるなんて絶対に出来ません』

 

 そう言い張っていたナラエを思い出して、ミラージュジュは心がほっこりした。

 

 

 侍女が隣の部屋へ行って一人になると、初めての馬車での長旅に疲れたのか、ミラージュジュは何だか眠くなってきた。

 早めに寝ようと立ち上がったが、ベッドへ行く前に窓から外を覗いてみた。

 すると中庭にはいくつものテントが設置されて、騎士達が火を起こして料理をしているのが目に入った。

 

 美味しそう。私も外で焚き火をしながら料理を食べたいなあ。装備が完璧に整っているのなら、一度外でレオナルドと寝てみたいなあ。星空が綺麗だろうな、とミラージュジュはそんな暢気な事を思ったのだった。

 

 読んで下さってありがとうございました!

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