第百二章 三人姉妹の絆
「王族の皆様のお気持ちが少しだけ分かったような気がします。
いいえ、王族の皆様は生まれた時からこのような環境ですから、なんとも思わなくなっているのでしょうか?
といより、平民同様に一人で勝手に出歩くのが普通だった私の方が変なんでしょうね……
私は絶対に慣れない気がします……」
途中で休憩をとっている時にも、ミラージュジュは落ち着かない素振りで周りの騎士達を見ていた。
不安そうな妻を見て、ザクリーム侯爵は少し後悔し始めていた。
何故なら、妻の為にと考え抜いて贈ってきたプレゼントは、今まで全て空回りした独り善がりのものばかりだったからだ。
赤い薔薇に自分が慰められ勇気付けられてきたから、ジュジュだってもらったら嬉しいに違いないと思っていたのに、彼女が一番好きだったのはピンク色の薔薇だった。
しかも絶えず空腹だった彼女には花より食べ物の方が良かったらしい。ノアから最近そう聞かされた。
「僕達まだガキだったからそういうとこ鈍かったよな。それに比べてあの人はさすが年上だよな。万年筆だぜ、万年筆……
メモ魔のジュジュには最高のプレゼントだよな。しかもそれをいつも身に付けていて貰えるんだから」
ノアの言葉に、レオナルドは脳天に金槌を打ち込まれたような気がした。
レオナルドが記憶をしている限り、ミラージュジュはいつも肩から小さな布製のバッグを掛けていたような気がする。それはポシェットという女性用のお洒落でかわいいバッグだ。
彼女のそのポシェットにはハンカチの他にメモ用紙とあの万年筆が入っているのだろう。
それを思ったレオナルドはとても腹立たしくなった。
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ほんの少し前までは社交界へ行く時に鞄の類を持っていくのは男だけだった。手紙や金銭を渡す用事のある場合、男性は銀製のケースにチェーンを付けた鞄のような物を携帯していたのだ。
ただこの数年、女性達も『ゴールデンローズ商会』製のクラッチバッグやハンドバッグなどの小さめのバッグを持つようになった。
これはハンカチやちょっとした化粧品をしまえるというので、大流行している。
以前淑女達は全ての荷物をお付きの侍女やメイドに持たせていたが、下位の女性達は絶えず侍女を侍らせている訳にもいかなかったので、とても困っていたのだ。
そしてその小さめのバッグを持つというスタイルは、そもそもが市井の女性の中で流行していたポシェットから受けた影響だった。
しかもそのポシェットを売り出したのがザクリーム侯爵の姉二人であり、そのアイデア提供者がミラージュジュだったのだ。
デビュタントで初めて社交場へ行った時、男性の持つ銀製の鞄を見て、女性もあんなバッグを持てたら便利だろうな、とミラージュジュが思ったらしい。
あれならハンカチやメモ用紙や万年筆を入れておいて、使いたい時にすぐに取り出せると。
そう、彼女は伯爵令嬢でありながら、侍女を付けてもらえなかったのだ。
そこで仕方なく自衛グッズと共にスカートの中にハンカチ類を隠し持って行った。しかし結局、エチケットルーム以外でそれを取り出すのは無理な話だった。
彼女は銀製のその鞄を欲しくなったが、金属製だと体に触れた時に服が傷付きそうし、手に当たったら痛そうだわ……と思った。
そもそもお金がないのだから買えるはずもなかったのだが。
しかし彼女はそこで、それなら自分で似たような物を作ればいいわと思いたった。
ミラージュジュはとても手先が器用だったので、欲しい物があるとまず一応何でも自分で作ってみる事にしていたのだ。
そこで、不要になった厚地のカーテン生地で四角形の袋状の物、まるでポケットのような形をしたバッグを手縫いし、それに紐を取り付けてみた。
形は巾着袋に似ているが、取り出し口にボタンをつけた事で、わざわざ紐でギュッと縛る必要がないし、中に入れた物の形を崩す事もない。
出来上がったそれを肩に斜め掛けにしてみると、両手が自由になり、想像していたより便利そうだった。
これって仕事をしている女性に便利なのではないかとミラージュジュは思った。そこで同じバッグを作って、いつも親切にしてくれている寮のメイドの女性にプレゼントしたら彼女にとても喜ばれた。
そしてそれを見た他のメイド達からも作って欲しいと言われた。こうしてミラージュジュはバッグにポシェットと名前を付けて注文で販売する事にした。
寮や学園には誰が作っているのかばらさない約束をして。
両親からの援助が一切なかったミラージュジュに、友人から頼まれるハンカチの刺繍以外、ようやく新たな資金源が出来たのだった。
そんなミラージュジュは学園に入学してすぐ、ザクリーム侯爵家の嫡男と婚約したので、定期的にザクリーム侯爵家を訪問していた。婚約者の家からは毎月お迎えの馬車が用意された。
婚約者のレオナルドは外交官として北の隣国へ赴任していたのだが、ザクリーム侯爵家との交流を深める為にと、月に一回訪問する事が決められていたのだ。
しかし彼女が訪問すると何故か大概侯爵夫妻は外出していて、相手をしてくれたのは既に嫁いでいた婚約者の姉二人であった。
最初はやはり自分なんかでは侯爵夫妻のお気に召さないのだろうと、ミラージュジュは少し悲しかった。
ところが実際は違っていた。侯爵夫妻は寧ろミラージュジュを気に入っていた。何故なら彼女は娘や息子とは違って反抗的ではなく素直だったからだ。
そしてそのうちにミラージュジュも自分の思い違いに徐々に気が付き始めた。
少ない交流でも侯爵夫妻が実の父親のように典型的な保守派だとわかってきたからだ。しかも偏狭的な考え方も似たりよったりだと……。
婚約者の姉達はそんな両親からミラージュジュを守るために、わざと両親がいない時に彼女を招待してくれていたのだ。
次第に、ミラージュジュはスージーとカレンを実の姉のように思うようになっていった。それはもちろん彼女達も同様だった。
そしてある日婚約者の姉達は、ミラージュジュが肩に掛けていた小さなバッグに興味を持ち、そのバッグに話題を振った。
確かに仕事をする時には便利そうだったが、外出時にそれを肩から掛けるのは如何なものかと正直二人は思った。
どこか野暮ったくて、たとえ貴族ではなくても、ファッション的にどうなの?と。
そこで二人はミラージュジュのバッグを図に描いて、それを自分達のファッション関係の商会のデザイナーに見せた。そして同じデザインで、しかもお洒落なバッグになるように依頼した。
そしてその翌月、街のお洒落なカフェでミラージュジュと待ちあわせをしたスージーとカレンは、出来上がったそのバッグを彼女の誕生日の贈り物として手渡した。
ミラージュジュがリボンの付いた箱を開けると、そこにはとても上品でお洒落な薄手の紐付きのバッグが入っていた。
それはミラージュジュが作ったポシェット(小さなポケットという意味)と名付けたバッグと同じ形だったが、まるで別物だった。
こちらのバッグも布製だったが、ビーズでピンクの可憐な薔薇が描かれてあって、とてもエレガントだったのだ。
「見て見て! 私達お揃いなのよ。このバッグは私達三人が姉妹だという証なのよ」
と言ってスージーが見せてくれたバッグには赤い薔薇、カレンのバッグには黄色い薔薇が描かれてあった。
誕生日にプレゼントを貰うなんて、親友二人以外からは初めてだった。
「ねぇ、このバッグはポシェット?だったかしら? 先月貴女が提げてるバッグを見て素敵で便利そうだと思って作らせてみたの。どうかしら?」
「ありがとうございます。とっても素敵です。嬉しいです」
「勝手に貴女のアイデアを使ってごめんなさいね」
スージーが謝ってきたので、ミラージュジュは慌てて言った。
「何故謝るのですか? こんなに素敵な物を作って頂いて嬉しいです。私の作った物は室内や家事用ですが、これなら堂々と外で身に付けられますね。
とっても素敵です」
「実はね、このポシェットの意匠登録をしようと思うのだけど、いいかしら?」
とカレンに聞かれたのでミラージュジュは頷いた。自分のアイデアが義姉になる人達の役に立てるなら、こんなに嬉しい事はないと思った。
すると、二人はホッとしてニッコリと笑った。
「良かったわ。実はもう、出願しちゃったのよ。誰かに先を越されたら大変だと思って。だってもうジュジュちゃんが作って販売しているんでしょ?」
「はい……」
「でね、このアイデアはジュジュちゃんの名前で登録したから、その専売の権利を私達の商会と結んでくれないかしら?」
ミラージュジュはその言葉に目を丸くした。
「私の名前ですか? 何故? スージー様やカレン様のお名前で良かったんですよ? こんな素敵なバッグ、私の作った物と全くの別物ですもの」
「そうはいかないわよ。この形はジュジュちゃんのアイデアなのに。
それに、このポシェットが売れれば意匠料が入るようになるから、何も自分で商品作らなくてもよくなるでしょう?」
「大体、商売しているのがわかったら退学にまではならないかもしれないけれど、何か処分を受けるんじゃないの? それに肝心の勉強時間も減ってしまうし……」
二人の思いやりに、ミラージュジュの目からは涙が止め処なく流れ落ちた。
こうしてスージーとカレンの合同出資による商会『ゴールデンローズ商会』から、お手頃価格と、高級価格の二つのタイプのポシェットが発売され、あっという間に女子の人気商品になったのだった。
ミラージュジュは、義姉達に貰った最初のポシェットを今でも大切に使っている。
それにそのポシェットの中には、いつもあの万年筆が入っていたのかと思うと、レオナルドは非常に悔しかった。
だから姉のポシェットと国王の万年筆を超える贈り物をしよう! そう思って彼はこの旅行を計画したのだ。それなのに、何故か団体旅行のようになってしまった。
どうして自分はこんなにプレゼントのセンスがないんだとレオナルドは頭を抱え、今日何度目か分からないため息をついたのだった。
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