第94話 話題の授業
どうしてこうなってしまったのだろうか。
私は目の前の惨状をチラリと眺め、そして軽く目を閉じる。どうして、こんなことになってしまったのだろうか……。
昨日の授業の後、何人かの質問に答えてから私は帰宅……と言っても寮だが、学院へと戻った。後はティファニーの武器の製作を進めたり魔石とお金を集めに課題に励んだりと、いつも通りに過ごしていた。
そして日付が変わって今日。仕事も終わり、魔法陣中級の授業内容を確認しながら、少し気になって授業の予約状況を開いてみた。
すると、全席が埋まっている。
何かの冗談かと思って詳細画面を開くと、何と昨日の内に予約はすべて埋まっていたらしい。
更にシファとの打ち合わせでは“大変話題になっている”と心配される始末。昨日の配信のアーカイブ再生数はシファの配信の平均再生数の数倍を叩き出し、今日の配信の待機者は普段の視聴者の3倍近い数字だという。
どうも昨日の授業に来ていたレンカさんが結構な有名人だったらしく、それが発端となってネット上で話題になっていたらしい。今日は雨が降っていたため絵筆も店に来なかったし、萌もそこまで熱心に掲示板を見るタイプでもない。全く気付かなかった……。
そして肝心の授業だが、座席の8割程の生徒が来ていた。
予定が合わなかったのか、予約だけして来なかった生徒もいるらしいので、試しに空席分を解放して見るとあっさりと教室は生徒で埋め尽くされた。今は全席が生徒で埋まっている。
しかもその中でも特に座席の前半分は、授業中は真剣な表情でメモを取り、私が曖昧な表現をすれば挙手して質問を飛ばし、休み時間も個人作成の魔法陣についての質問の嵐だった。
しかし、ここまではまだいい。私の知識が役に立てばと思って授業をしている……という面もなくはないので、こうして熱心に私の話を聞いてくれているのは多少、喜ばしいと認めてもいいだろう。
問題なのは授業終了後だ。
考え事の最中も手を休めずに動かし続けていた私は、“修正箇所”への解説のために顔を上げる。
すると、否応なくその惨状が目に入った。
今日の授業を聞いていたほぼ全員の生徒が、私の前に並んで質問の順番待ちをしているのである。
そして問題はもう一つ……。
「……この魔法が発動しないのは、ここの文章が文法的におかしいから。今日の授業内容の前半部分の話だから、詳しくは自分の板書でも見て下さい」
「はい、えっと……あの、もう一つ質問が」
「……なら、後ろへ並び直して貰えますか」
そう。この列、まるで減っていないのだ。
質問は一人一つずつ。複数相談内容がある場合は並び直して……と伝えたら、列がグルグルと回転し始めてしまった。私は一向に減らない生徒を相手に魔法陣の解説を繰り返している。
これ、私が解放されるのはいつだ。まさかとは思うが、ログイン制限までここに座りっ放しじゃないだろうな。
次の生徒の質問内容も、自分の魔法陣の間違い探しだ。筆記試験で似たような物を散々やったような気もするが……というか自分の学科の“先生”に聞けばいいのに、どうして私なんだ。昨日程度の人数ならばまだしも、こうも人が多いと、例え自分にメリットがある行為でも若干うんざりしてくる。
授業終了後の質問の大半は、自分で改造した魔法陣が強くない、発動しないという相談だ。中には授業内容についてもっと詳しく聞かせてくれという者もいるが、かなり少数派。
話題になっているという話だったので心配していたのだが、意外に魔法陣以外の話をする者は今まで一人も来ていなかった。絶対に一人くらいは、謎の難癖をつけてくる人がいると思っていたのだが……。
私は改造魔術の魔法陣を描き直し、それを生徒に突き返す。質問者は列の最後尾に戻り、また私は魔法陣を……。
「……ん?」
そんな流れ作業の中で、ふと一つの魔法陣が目に留まった。
その魔法陣には、今までの生徒の物とは一つ違う点がある。
今日の授業内容を踏まえて、自分である程度赤を入れてあるのである。一見、修正点を含めればかなり妥当というか、普通に優秀な魔法陣として機能しそうな……。
完全に流れ作業に飽きていた私は、質問者の顔を見上げる。
「あなた、名前は?」
「え? 俺? ジョーンだけど……」
「今日の授業で分からない所はありましたか? 大方、これであっているのか気になって来ただけでしょう」
私の突然の話に彼は不安げに視線を彷徨わせる。別にくだらない質問をするなと非難したいわけではない。これはむしろ助かったと言っていいだろう。
「あなたを解説役に任命します。私の隣で魔法陣の解説をしてください。あなたの相談はこれが終わった後でじっくり聞きますから、この列の対応に協力をお願いします」
「え!?」
私はジョーンを教壇の上に呼び出すと、次の質問者から魔法陣を受け取る。それの修正箇所を赤で書き込みを入れてから、おずおずと隣にやって来たジョーンに手渡した。
「この魔法陣は今日の授業範囲なので、隣のジョーンさんが解説します」
「え、あ、はい……」
質問者は列を抜けてジョーンの前に出て来ると、彼のたどたどしい解説に耳を傾け始める。特に否定的な反応もしていないので、おそらくは大丈夫だろう。
これだ。一人では手が足りないならば、優秀な生徒を解説役として引き込んでしまえばいい。列も減って、質問を捌く速度も上がる……これ以上ない作戦だろう。
その後も順調に質問は進んで行く。
結構皆同じ様な場所でつまずいているので、解説役も私も徐々に慣れているというのも、列が順調に進んでいる理由の一つだ。質問がすべて終わった生徒は列から抜け、列が縮めば一人当たりの質問待ちの時間も短縮できる……。
私の両脇には解説役が二人ずつ並んでいた。私を含めて合計5人態勢。
明日もこの調子で質問が来るなら、この手は非常に使えそうだな。……若干焦り過ぎて、人選をミスった気もしないでもないが。
やや高い声が隣から耳に入り、横目でその様子を窺う。
「えぇー? お兄ちゃんこんなのも分からないのー? サクラちゃんの授業聞いてなかったの? それとも、聞いてたのに理解できなかったのかなー……頭弱いんだねっ」
「……」
私の右隣に居るのはジョーンだが、当然彼の言葉ではない。彼が突然こんなことを言い始めたら、怖くて泣いてしまうかもしれない。
不慣れながらも真面目に解説を頑張っている彼とは逆側、左隣に居るのはやや挑発的な格好をした女の子だ。
身長は私よりもギリギリ高いくらいで、平均から見ればかなり低い。私とも数センチしか変わらないのだから当然か。
彼女の名前はオウカ。桜花と桜でなんとなく親近感が湧く名前だが、彼女の知識は本物だ。質問も授業内容の疑問点だったし、今日の範囲程度なら十分に理解していそうだったので解説役を頼んだのだが、一つだけ問題があった。いや、正確に言えばあまり問題になっていないからこそ、隣でやられると困惑するのだが……。
彼女、とにかく人を煽る。
ニヤニヤと笑みを浮かべ、“お兄ちゃん”“お姉ちゃん”を小馬鹿にして楽しんでいるのだ。ただし、相手のことは一応見ているらしく、反応が悪いとすぐに止めるのだが、時折……。
「ぐっ……こ、このガキ……」
「お兄ちゃん、自分の頭が悪いから教えて欲しいって話なのに、お願いしますも言えないのー?」
「ぐぅ……お、お願いします……」
「うんっ、おーかが教えてあげるねっ」
……このように何か、かなり独特なやり取りが発生することがある。
ティファニーなんて、もう私と会話してオウカに詰られたいがために並んでいる様に見える。
質問も列に並んでいる間に考えているようだ。改造魔法に対して見識が深いわけでもないのに、その場で何とか魔法陣を組んでは質問を繰り返している。
ちなみに、私の授業はしっかりと聞いていたらしいので、彼女の魔法陣の完成度自体はそこそこ高い。即席なので雑だが。
尤も、これがティファニーだけじゃないというのが、何と言うか世の中の怖い所なんだけど……。
オウカ好きの生徒かどうかは一目で認識できるようになったので、そういう人はできるだけ彼女に振り分けるようにしている。
隣はお互いに大変楽しそうだが、一般生徒から見ると若干あれなので……そもそもこの子、本当に女性……。
チラリと頭を過った一つの疑念を振り払うように、私は頭を軽く振る。
次の質問者の訂正部分は今日の授業範囲を超えているので、これは私が解説しなければならない。徐々に質問の内容も難解になって来て居るが、人数は随分と減って来たし流石に終わりが見えて来たな。
授業終了からかれこれ2時間ほど。ゲーム内の話なので現実では30分だが、長かったな。
ちなみに、配信するのは授業だけなのでシファは早々に帰っている。ロザリーやリサは予約が取れずに来ていないし、ティファニーは私の作業が終わるまでここに居るだろう。コーディリアは最後の追い込みとか何とか言って、ずっと学院で何かをしているようだ。……別に寂しくはないが、ティファニーもオウカにご執心の様だし、できれば早めに終わらせたいところだ。
この列が終われば、最後に解説役を頼んだ4人の質問を聞いて、今度こそ終了。
私は改めて気合を入れ直すと、新たな質問を受け入れるのだった。
ご感想、ブックマーク、評価ありがとうございます。
関係ない話ですが、モンスタ〇ハンタ〇スト〇リ〇ズ2があと数時間で発売ですね。本筋のアクションシリーズはシナリオ部分だけクリアすればいいかくらいのライト層ですが、ドラゴ〇クエス〇モンスタ〇ズの新作が発表されない、ポケ〇トモンスタ〇は両バージョン買ってDLCも買ったけど結局推しがリストラされたまま帰ってこない等、モンスター育成RPGに多少の不満がある数年間を経ての大作なので、真剣にやってみようと思います。好きなんですよね、こういうの。
明日の更新が遅れたら(もしくは無かったら)、多分ゲームやってるだけです。すまぬ。




