第93話 嵐の前の騒めき
暗い部屋で、少女は画面を見詰めて唸っている。
その姿は見る者に不審感を抱かせるには十分な不気味さだったが、幸いと言うべきか、彼女の部屋はいつも通り誰もいない。家人も既に床に就いている時間だ。
彼女が見ているのは自身が運営している掲示板……ではなかった。サブモニターで表示したきり、自身は他の作業に没頭している。
「ヘラクレスと言えば青……なんだけど、この青じゃ鮮やか過ぎてなんか違う……」
彼女が見ているのは、有志が運営している召喚体に関するサイト。召喚体の育成方向でどのように強くなるのかが書かれているのだが、彼女が見ているのはそんな部分ではない。
真剣に見ているのは、召喚体のカラーリングについての情報だ。
「黄色か黒が無難なんだけど、やっぱりヘラクレスと言ったら青のイメージ……」
召喚体の見た目はある程度自由に変更できる。“ある程度”というのは育成方針によって色合いや見た目の方向性が決定してしまうからだ。それでも彼女は限度いっぱいの変更機能を用いて、現実味のある虫の姿を召喚体に被せていた。
しかし、今回はその妥協点を見出せていない。
少女は、カブトムシ型の氷属性召喚体の色合いを見て幾度となく唸る。いつもなら彼女も寝ている様な時間なのだが、今夜に限っては欠伸一つも見せていない。それだけ真剣に悩んでいるのだ。
「無難に黄色、でも青がいい……やっぱりこれはこれで何か違う……」
いくつもの画像を漁りながら、少女は何度目かのため息を吐いた。実の所、昨日からこの悩みはずっと進展していない。
そんな彼女の目を逃れる様に、今日の掲示板は一際賑やかだった。
一切視線が向かないサブモニターでは、普段の深夜帯の倍近い速度で書き込みが流れて行く。
『チートやってデマの流布って、本当に人として終わってね?』
『チートは疑惑で終わったし、デマじゃないって情報も出てるのにまだ言ってる奴いるのか』
『出たよロリコン。お前みたいなのが居るからああいうのが調子に乗ってんじゃないの?』
『チートはやって無くて、特殊NPCって話に落ち着いたのにまだ言ってる古代人おるんか……ってのはその通りだけど、今日デマだってあれだけ大々的に言われたら信じてる奴もそりゃまだ居るだろ』
『日付とっくに変わってるけどな』
『なに? 何かあったん? 深夜帯いっつも過疎ってるのに、今日やけに人多いじゃん』
『あの程度で過疎……これも時代の流れか。
簡単に今日起きたことを言うと、サクラちゃんが授業やったら、検証班と聖女ファンが大発狂しただけだよ』
『ggっても意味分からんのだけど。誰やねん聖女サクラちゃん』
『聖女とサクラちゃん別人だから……』
『今イベントで主席三人の授業やってるでしょ? あれで筆記首席が魔法陣の授業やって、その授業聞いてたレンカってプレイヤーが喧嘩売って返り討ちにあったの』
『レンカはあれな、ナントカ魔法研究会ってサイトの運営の一人。完全オリジナル魔法の研究してて、ようやく発動まで行ったってこの前話題になったやつ』
『返り討ちじゃなくて、授業と配信使ってデマ流しただけだぞ』
『何でこんな情報錯綜してんの? 調べづらくて仕方ねぇんだけど』
『授業内容が配信されてたから、最後に筆記首席が授業で紹介した魔法陣を検証班が検証したんだよ。
で、最初に検証した結果が発動すらしないって話だったからかなり騒ぎになってたんだけど、その後別の人の検証でしっかり発動する上に実戦レベルまで改良されてるって話も出てきて収拾つかなくなってる。
今も色々と検証してる火炎術師が居るけど、人によって発動しなかったり強い派手なオリジナル魔法として動いたりしてる』
『検証した人で結果が違うの? 何で?』
『知らん。知らんけどどっちの情報信じるかで意見が割れた上に、そんな議論をコメント欄でやられたシファの信者もイライラ、授業の内容が完全劣化な上に話題性も搔っ攫われた総合主席の聖女のファンもなぜが嫉妬し始めてて酷いことに……』
『なんか燃えてんなーくらいの印象だったんだけど、何それ超楽しそうじゃん』
『魔法研究会とレンカ個人があれ発表した時点で完全に終わった話なんだけど、こうやって後から知って面白がる奴とか、妙に感情的になってる奴のせいで全く落ち着かないな。なぜか荒らしも元気だし』
『あれって何? 調べたら出てくる?』
『あれな。完全に挑発にしか見えないあれな』
『魔法研究会がサイトに公開した文章。例の授業の最後に発表された魔法陣は極めて完成度の高いオリジナル魔法であり、発動すらしないというのは完全にデマだって話。
しかもお尻に、普段から魔法陣の改造をやってない素人には分からない簡略化がなされているのが勘違いの原因であって、魔法陣自体に問題は全くないって、挑発染みた文言まで付け加えてあったんだよ。
で、真っ先に授業内容がデマだって言い始めた検証班はそれについて、勘違いするように描くのが悪いって反論してた。だからまぁ、勘違いしたこと自体は否定できなかったんだろうなってことで、決着が付いてる……んだけどなぁ』
『レンカとか個人アカウントで、サクラちゃんの事めっちゃ褒めてたし、事の発端と関係者が完全にサクラちゃん肯定派なんだよな。未だに騒いでるのは情弱と完全外野の聖女信者だけよ』
『っていうか、本当に検証した人の否定派と肯定派は魔法陣の仕様に詳しい人か否かで分かれてるから、マジでサクラちゃんは授業でプレイヤーの知らない仕様教えてくれただけだよな。あと魔女っ子可愛いかよ。
シファも聖女もレンカも“本人は”サクラちゃん肯定派っぽい反応してるあたり、マジで未だに騒いでる奴は……ちょっと、な?』
『あれ、火炎術なのが悪かったよな。人口多いから“とりあえず試してみるか”で知識のない奴まで検証できちゃったのが最大の問題。それこそ呪術だったら何にもなってないぞこの話』
『ほえー。よく知らんけど大変だな、サクラって人。何かチート疑惑とかあるんでしょ?』
『筆記であんな高得点取れるわけないって話な。あれは特殊NPCだからって結論で決着付いてるから……』
『あ、NPCなんだ』
『だからこんなに好き勝手言われてんだよ』
『というかあれも、二回目の筆記試験でガチで勉強した奴が後200点くらいまで追い付いてんじゃなかったっけ。正答率で負けたけど解いた問題数では同等って話どっかで聞いたけど』
『じゃあNPCじゃないってこと?』
『それはどうだろうな。今回の授業、魔法陣専門の検証班の知識超えてたらしいし、普通に特殊な役割の生徒NPCだと思うけどなぁ』
『ロリコンばっかでキモ』
『えー、だってわかんなくない? ていうか、俺あのゲームのキャラクターがNPCかプレイヤーかって全然見分けつかないし。ガチのRPしてる人多すぎ。見てて痛々しい人も多いし……』
『あれが許されるゲーム設定なんだから許してやれ。いや、許してください、お願いします』
『だってお前、あれがNPCじゃなかったらあれだぞ?
地雷を超えた最弱無能キャラの呪術師を最低身長で使ってるだけでも縛りプレイなのに、その条件で実技試験で好成績取って、筆記試験で主席取って、魔法陣の知識もプレイヤーの中でトップクラスとか言うとんでもない人間になっちゃうんだぞ?』
『でも、実技試験6000点超えはプレイヤーなんだよなぁ。今日も観戦してたけどあれヤバいね。人間とは思えん。何であれにチート疑惑すらかかってないのか不思議なレベル』
『今更気付いたんだけどさ、マーカーも実技試験もNPCとプレイヤーの判定基準変わらないじゃん?
さっきの話、前半はNPCでもプレイヤーでも条件一緒ってことなんじゃ……?』
『だから特殊判定のNPCって事じゃね?』
『特殊判定だから実技試験の得点上乗せしますって事? 筆記は思考速度の設定があったとしても、流石にそっちはないんじゃないかなぁ。そもそもその“特殊判定”ってサクラちゃん以外に居るの? 聞いたことないけど』
『じゃあ、実は呪術師が結構強いクラスで、普通に固定で組めば実技試験でいい成績取れるって事? それこそないべ』
『だってあんなに明らかに弱いのに一向にバランス調整入らないってことは、なんかあるかもしれないじゃん。これ以上強くしたらそれこそバランス崩れるっていう危機感があるから運営は上方修正しないんでしょ?』
『そういえば、忍術とかあからさまな補正入ったしな。呪術科の救済はまだか! ってサクラちゃんが叫ぶコラがメンテの度に張られてるけど、今思えばリリースから一回も修正入ってないな。……え、それサクラちゃん一人で上方修正抑える程に強いって事? 悪魔か何かか?』
『ないない。絶対運営が呪術科見捨ててるだけだって』
そんな、やや無遠慮な言葉が流れて行く隣で、少女はまだ一人唸っていた。
「……青、黄色……黒かなぁ……」
最近遅くなって申し訳ない。
特に理由はなくて、単純に作業に手を付けるのが遅くなってるだけなんです……。書き始めれば楽しいんですけど、やるまでは億劫なんですよね。もう何年か趣味で文章書いてますけど(ここに上げてない二次創作なんかも沢山ある)これとても不思議。別に嫌いではないと思うんですけどね、書くの。趣味ですし。




