第85話 アイドル
その後残った4人で課題は恙なく終了し、パーティは解散となった……のだが、私は無口な女に指名されて、とある空き教室へとやって来ていた。
事の発端は、課題終了後に受け取った一通のメッセージ。
その時私は長い事放置していてようやく進んだ閲覧権限で、禁書庫の備考欄に書き込まれていた資料を探している所だった。
そのメッセージには滅多矢鱈に丁寧な、怪しげな誘いが書き込まれていた。差出人は同じパーティに居ながら結局最後まで声を聞くことがなかった女、カレン・モモセである。どうやら筆談なら普通に話せるらしい。先に言って欲しかったね、それ。
マルコとは別方向で怪しいと思っていたが、彼女のメッセージの内容もまた怪しさ満点だった。
要約すると、『会わせたい人が居るから一人で空き教室に来て欲しい。ただし、他言無用で』とのこと。
……正直怪し過ぎる。
あの場にいたパーティメンバーは私とリサだけが知り合いで、残りは野良で募集した生徒だ。
マルコはPKのために、ガードナーはマルコを追って来たら私とリサに偶然会った。二人にはそれぞれに課題以外の目的があり、そして最後に残ったカレンもまた、何か別の目的があったという訳だ。
しかし、図書室でいくら警戒しても仕方がない。そもそも学院内では魔法も使えないし、例え何かがあっても大したことはされないだろう。
この学院内で出来る悪事なんて、精々脅迫程度。そして私には、脅迫される材料にあまり心当たりがない。大丈夫なはず。……こうして高を括って、数々の変人と知り合ったような気もするが。
そんな結論を出した私は、他言無用という約束を守って一人で目的地へとやって来た。そして一瞬の躊躇いの後に、空き教室の扉を開け放つ。
しんと静まり返った教室は、カーテンの隙間から洩れる陽光がさらりと揺れている。誰かが窓を開けて行ったらしい。
教室の中には誰もいない。どうやら私の方が先に到着してしまった様だ。
とりあえず待ち伏せではない……か。次は呼び出すだけ呼び出しておいて自分は来ない、という地味過ぎる嫌がらせではない事を祈ろう。
……ただ待つというのも手持無沙汰だし、頼まれていたあれの準備でもしておこうか。
私はふと学院長から頼まれた仕事を思い出し、自分用にまとめていた自習ノートの内容を確認し直す。このままでも私は読めるが、多分まとめ直しておいた方が良いだろうな。確か予定では明後日から開始だったか。
日程の確認のために、後で学生掲示板も確認しておこう。
ノートに書かれているのは図書室、禁書庫の資料から抜粋した魔法陣や、シーラ先生の授業の内容だ。
なぜ私がこれを読み直しているのかと言えば……。
“イベント用”に書き直そうと筆を手に取った所で、教室の扉が開かれる。やや控えめに開かれたそれは、ここに私を呼び出した女子生徒の性格を思わせる音量である。
どうやら待ち人が来たらしい。
私はノートを閉じて視線を上げた。
そこに居たのは予想通りオドオドした様子のカレンと、もう一人……。
「あ、お待たせしてすみません、サクラさん。カレンから話を聞き出すのに手間取ってしまって……」
そう言って頭を下げたのは、もちろんカレンではない。
パッチリとした目元に、スラリと伸びた手足。体形はやや控え目ながら、派手な改造制服と髪飾りで大いに着飾っている。
何と言うか、まさしくアイドルという見た目の彼女を、私は知らなかった。はて、この人はどこの誰なのだろうか。
しかし、向こうは私の事を知っている様子だ。もしかすると、カレンは彼女を私と引き合わせるために私と接触してきたのだろうか。
そう考えると多少は話の筋は通る気もする。
フレンド登録をせずとも一度パーティを組んだ生徒は履歴に残り、そこからメッセージを送る事が出来る。逆に言えば、見ず知らずの相手にメッセージを送るには、一度パーティを組むか相手の生徒IDを知っている必要がある。
だから話すことも儘ならない程の内気な性格なのに、初対面の相手にパーティ加入申請をしようかと悩んでいた。そこをガードナーに発見されて、後は私達の知っている通りの方向に事が進んだわけだ。
しかし、どうも単純に有名人とお近づきになりたいという話には見えない。そもそも私自身ほぼ毎日ログインしているので珍しい生徒でもないし、廊下で軽薄に声を掛けられたりも偶にある。基本的に無視しているが。
何より、そんな理由だったら他言無用なんて条件を付ける必要はないはずだ。口止めされたという事を鑑みれば、有名人なのはむしろ……。
私は話が通じそうな初対面の女子生徒に、やや無遠慮に視線を向ける。
モブ顔……というには、やや特徴のある顔立ちをしている。相変わらずの美形ではあるが、私の様な自動補正で作られた量産型の顔ではない。その顔からは、何処となく“人間味のある絵心”を感じてしまう。
私の視線を受けて彼女は苦笑を溢す。どうやら警戒されていると伝わってしまったようだ。
「えっと、すみません、突然変なメッセージ送ったりして……カレン、話すのも得意じゃないんですけど、筆談もまぁまぁ苦手で……」
「別にそれは構いません。それで、何かご用ですか」
「はい。今日はお願いがあって……あ、その前に自己紹介しますね」
彼女は私の前でびしりと立つと、折り目正しく一礼をした。
「私の名前はシファ・アージン。えっと、VRアイドルとして学院から広報担当を任せられている、内の一人……です」
私とシファの奇妙な出会いは、そんな自己紹介から始まった。
***
VRアイドルとは、VR全盛期に活躍した仮想芸能人の事らしい。
ちなみにVR全盛期というのは今から十数年くらい前の事。今も、そこそこの盛り上がりではあるが、やや規制が強化されてしまった関係で下火になっているというのが通説だ。
当時VRを遊ぶような年齢でも環境でもなかった私からするとかなり昔の話に思えるが、私の知り合いでは店長の学生時代がそのくらい。あの頃はVRについての事故や健康被害も多かったが、それを無視する程の勢いがあったのだ。
私はそのVRアイドルについてあまり詳しくなかったので、彼女からの話を一旦保留にした後、絵筆に色々と聞きながらネットでざっと調べてみた。
VRアイドルには、ゲームのアバターの様に中身に人間が入っている場合と、完全に仮想人格(人格再現プログラム)で動いている場合の2種類が居る。
いや、正確には、居たと言った方が正しいだろう。
既に後者は大きく数を減らし、個人レベルの物を除いて絶滅したと言ってもいい。理由は色々とあるが、結局あまり盛り上がらなかったというのが最大の要因だ。
そもそも人格再現プログラムなんて別に珍しい物でもないわけだし、アイドルにする理由が薄かったのだ。
対して前者は、それなりに数を減らしつつも何とか生き残っている。
需要に比べて供給が過多、飽和状態ではあるのだが、それでも人気所はVRライブコンサートなんて物を開いて十分に採算が取れるくらいには盛り上がっている。
逆に、VRアイドルの登場で現実で活動するアイドルは大きく数を減らした。その少数のアイドルも現実世界でも活動しつつ、VRでも同時に活動するアイドルがほとんどだ。そして彼ら彼女らもまた、徐々にVRでしか活動しなくなっていく。
おそらく、需要とかそういう話ではなく、精神的な問題なのだろう。VRの方が何の苦労もなく綺麗なままで居られるし、いくら運動しても疲れない。現実とVRで同じ事をしている人間は、楽な方へと流れれば基本的にVR側に流れ着くのが自然、という訳だ。
ファンとしてもVRの方が心理的な距離が近いので、喜んでいるのが大半なのだとか。まぁ何にでも反対派というのは居るので、全員が全員そうではないらしいが。
余談だが、現代では映像作品もVR空間で撮影する手法が主流になりつつある。安価にセットを作れる、CG合成する時の手間が少ない、出演者の見た目を直接的に変更できる等の理由から、個人製作から大手映画メーカーまで幅広く使われている手法だ。
そうして作られた映像は、実写ドラマというより3Dモデルを使用したアニメとでも言うべき存在だが、なぜか区分は昔そのままに残っていて、“ドラマ”と“アニメ”の境界線は依然として存在している。最早ジャンルの違いでしかないはずなのだが、作る側からすれば強い拘りがあるようだ。
そんな現代に生き残っているVRアイドルが何をしているのかと言えば、何でもやる。そう表現してもいい程に、その活動は多岐にわたる。
とは言え、一人が様々な活動をしているというよりは、様々な活動方針を持った人達が注目を集めるために“VRアイドル”を名乗っているという方が正しく、歌って踊れるアイドルが少数派な程である。
基本的には動画サイトに歌や踊りの動画を出したり、視聴者を会話で楽しませたり、台本を作って劇や漫才をしたり……その中でも特に人気がある分野と言えば、やはりゲーム実況だろう。他の事が専門分野のアイドルも、大体どこもこれを一回はやっていると言ってもいい。
そもそも大抵の人間にとってVRの主目的は、ゲームと仕事とセックスだ。後は、一部特殊な人が医療目的で使っているくらい。
しかし仕事なんて見世物になる場合は少ないし、性的な事は制限がかかる。そうなると仮想空間で何かをすると言った時、真っ先に思い付くのがゲームなのである。
もちろん性的な映像を売りにしているアイドル(?)も存在するが、それだってエロゲというシステムの上で行っているので、一種のゲーム実況と言えるだろう。
そんなこんなで、VRアイドルはゲーム業界と密接な関係がある。
そして当然ゲーム運営側からアイドル側へアプローチすることもある。例えば、特定の作品の応援大使として任命されたりだとか。
私が出会ったVRアイドル、シファ・アージンもその内の一人だ。
彼女はややマイナー気味の作品である賢者の花冠のβテストに参加し、その内容を運営に許諾を取った上で配信した事から、公式で応援大使に任命された。
現在活動3年目。元々は5人組アイドルユニットだったのだが、その内2人が2周年を待たず引退。
シファは残った3名で何とか活動しているものの、3人の中では今一つトークもコラボも不調で人気は控え目。グループで揃って活動することも多いため認知度自体は高いのだが、実際の人気となるとやや劣っていると言わざるを得ないのが現状だ。
賢者の花冠の応援大使の話も二つ返事で引き受けたが、作品自体の知名度があまり高くないため、これで一躍人気者に、という夢も儚く散っている。
それだけではなく、そもそも応援大使自体プレイヤーからの認知度が非常に薄い。
私もリリース直後からプレイしている、所謂初期勢なのだが、今日実際に会うまで一切存在を知らなかった。
というのもこの作品、運営が明らかに広報に力を抜いている……というか、作中の世界感を守るため、現実での広告などはほとんど出していない。リリース前後に、入学生募集というとてつもなくシンプルな広告があったかな、くらい。
そのため公式な広報は例のシファの動画が唯一と言っても過言はない……のだが、それですら学院での活動日誌という体裁を保ったままだ。プロモーションとしてメタ的な視点からの発言が出来ないのである。
本人の元々の拡散力の無さ、迂闊にメタ発言をすると運営から苦言が来かねない危うさ……そんな物が相まって活動が盛り上がっているとは言えない状況だった。
調べていて思う。いや、流石に可哀想だなこれと。
応援大使としての活動内容は主に動画が中心なのでざっとしか確認できていないが、基本的には運営から渡される情報を一足先に視聴者に届けるのが一つ。尤もこれは、放送が終わればすぐに掲示板に告知されるため、これその物が目的ではあまり見る必要がない。
有名人にインタビューをするのも活動の一つだが、マイナーゲームかつ対人要素の薄い本作の有名人を見に来るというのは、極めて少数派なのである。私から見ると、そもそも有名人と言っていい程有名なのか? という疑問もあるくらい。誰なんだろう、この人。
最後に何となく下手だなぁという事が伝わるゲーム配信。少なくともこれを目的で見るなら、他の配信者で事足りるな。彼女以外にもガイドラインに沿ってゲーム内容を配信しているプレイヤーはいるのだから。
聞いていた前評判通り、トークもあまり上手い方とは思えない。実際に見た動画の最終的な印象が、何か可愛いキャラクターが地味な事を告知しているだけになってしまっている。
これではプレイヤーから認知されなくても仕方がない。公式がもうちょっと後押ししてくれてもいいのになぁ……。賢者の花冠の運営なんて、一向に呪術師の強化を入れない所だから仕方がないか。
そして、そんな若干可哀想な彼女に一つ頼まれ事をしてしまったのだが……どうしようかな。
私はカレンダーを見上げ、ため息を吐いた。悩んでいる時間はあまりないな。目立つのは嫌なのだが……一回だけならいいか。
ご感想ありがとうございます。大変励みになります。
ここから雑談。
しばらく前の話なのですが、ドラゴンクエスト35周年記念でDQ3のリメイクが発表された後、何だかテンションが上がってスイッチでDQ3を買ってしまいました。裏ボス倒してエッチな本貰った所まで1週間くらいかけてやったんですが、やはりというかJPRG黎明期(と言い切っていいのかは疑問ですが)の作品だけあって、今時のRPGに慣れていると懐かしくはありますが不満点もありますね。思い出を大事に……と思う反面、リメイクではがっつり変えて欲しい所も多いです。
特に、戦士とか盗賊、商人、遊び人がボス戦でも通常攻撃しかしないのは、何と言うか寂しく感じてしまいました。兜割りとか魔人斬りとかタナトスハントとかセクシービームとかゴールドシャワーとか、近年の特技使えた方がやっぱり画面映えするなーなんて思ってたり。
まぁもちろん名作なので、何も変わらずとも十分に面白いのですが。
リメイクではどうなるんでしょう。続報が気になりますね。
ちなみに全然関係ないのですが、拙作でも桜子と絵筆が小さい頃にDQ1をやってた……と思わせるような文章をどこかで書いた気がします。ゴーレムの話だったかな。




