第83話 逆転
私は刀をこちらに向けながらニヤニヤと笑みを見せるマルコを、冷めた目で見上げる。
美形だな。学院ではいくらでもいるタイプの美形、つまりモブ顔である。
改めてそんな確認をすると、私は彼に視線を投げ返す。
「遊んでやるとは?」
「お前さ、殺されたくなかったら脱げよ」
唐突な言葉を聞いて、私はため息を一つ。
どうも彼は見た通りの馬鹿の様だ。あまりに馬鹿げた要求を耳にして態度に出てしまった。尤も、彼の目には私の態度は諦めの様に映っているのかも知れないが。
「……なるほど。残念ですがこの服は製作者の趣味で、一人では着ることも脱ぐこともできない構造になっているんです。脱がせたいなら手伝ってくれると嬉しいですね」
「へぇ……」
私の従順な態度に彼は頬を吊り上げる。楽しそうで何よりだ。
それにしてもバカだなぁ。何でこれで刀下ろすかな。私から反撃することはできないと思っているようだし、彼にとっては別に気にすることでもないのだろうか。
さて、頼んでいた救助はまだかななんて考えていると、粘つく笑みを見せるマルコが乱暴に私の服に手を掛けた。
その瞬間、何もない空間に魔法の書が開かれる。
これは彼のではなく私の。自分の本は褒章でいっぱいなので見間違えるはずもない。そしてこの通知は、生徒からのメッセージではない。システムからの“警告”である。
私はその内容を見て、私は思わず吹き出した。
そこに書かれていた内容は私の想像を一つ超えていた。いや、言われてみれば確かにそっちの方がそれっぽいかもしれないな。
怪訝な顔をするマルコに対し、彼にだけ聞こえる声で、私は小さく囁く。
「あなた、高校生なんですね」
「は、はぁ!? なっ、何でだよ、違ぇよ、何言ってんだ?」
一瞬動揺を見せたが、彼は何とか取り繕う。尤も、その行為に大した意味はない。
なぜなら私は確信をもって彼に告げているのだから。
「いえ、未成年に対する性的な行いは慎むように、という警告が来ました。これは成人と未成年が性的な行為を行おうとした場合、成人側に通知される警告内容です」
「そ、そんなのゲームの設定だろ!」
「いいえ、これはVRマシン側の警告。マシン本体はソーシャルIDに紐付けされて生年月日に偽りようがないでしょう? それとも……偽名使ってやってるの? 規約どころか法律に反してるけど」
私の言葉を聞いてすっかり笑顔も崩れてしまったマルコ。彼に対して、私はポンと胸を押す。それだけで彼はよろよろと後ろに二歩三歩と下がって行った。
馬鹿だなぁ。
大体“お互いに成人”だったとして、ここはプライベートエリアに指定されてないんだから、露出なんてできやしないのに。本当に馬鹿だ。
未成年ということで実際には大学入学直後という可能性もあるのだが、この態度を見るに本当に高校生なのだろう。……私の甥と同い年ではないだろうな。
私がプレイしているこの作品、“賢者の花冠”は成人向けゲームだ。プライベートエリア内部ではそういうことも一応できる。まぁそもそもここは公共の場だから、プライベートエリアに指定されていないのだけれども……。
しかし成人していない高校生向けに発売されているのは“全年齢版”。年齢制限に引っかかる性的表現がオミットされているバージョンだ。同じサーバーに入りはするが、色々な部分が違う。当然だが、服を脱ぐなんて事はプライベートエリアだろうと出来ないのである。
つまり私の目の前にいる女装男は、成人向けゲームをウッキウキで購入したが、正直な年齢設定のおかげで自動的に全年齢版がインストールされ、性的表現のルールも自分がプレイしているバージョンも知らず、殺すぞと脅してできもしない要求を突き付けて来た、エロガキでしかないわけだ。
それは何とも愚かしい事で。
すっかり攻撃する気が失せてしまったらしいマルコを見て、にっこりとほほ笑む。この表情が嘲笑ではないとは自分でも言い切れない。
「パーティ募集に潜り込んで後衛を狙い、二人になった所で斬りかかる単純な作戦。それも自分にイエローマーカーが降りかからない様に、事前にパーティを解除して範囲魔法に巻き込まれ、被害者側にマーカーを押し付けてから殺すって算段なんでしょう?」
「な、なんで、それを……」
「あまりに見え透いた話だからです。それに、この方法で殺したのは多くて5人くらい。多分私は3人目くらいだと思いますけどね。PKが趣味みたいな話をしてましたけど、どうせ始めたばかりでしょう?」
「……」
……どうやら私の話は全部当たっているらしい。
驚愕の表情で固まるマルコを見て、思わずふっと息が漏れる。
イエローマーカーは先に手を出した方が背負う。そこにどちらからパーティが解除されたかなんて事は関係がない。だから自分からこっそりとパーティから抜けた上で敵と自分を巻き込む範囲攻撃に当たりに行けば、標的にイエローマーカーを押し付けられる。マーカー付きの生徒を攻撃してもマーカーは付かないのだから、“反撃”し放題という訳だ。
まぁPKとしてはよくある手口である。おそらく彼は自分で考えた完全犯罪だとでも思っていたのだろうが……あまりにお粗末。
「こんな手段でマーカー押し付けられた生徒は、まず間違いなく学院に異議申し立てをするでしょう? せめてマーカー外してくれって。そうなれば学院は事態を把握する。一人目は警告で済むかもしれないけど、二人目以降は怪しい。でもあなたは特にペナルティを受けている様には見えない。
それに今まで一度も失敗した事が無いから、あんなに無警戒に雑な話題の振り方をするんでしょう? パーティを解除している動きを私に見せたんでしょう? 一度でも失敗を経験してたらまずあんなことしないわ。そして、殺しを長く楽しんでる人間が一度も失敗してないなんてことはあり得ない。
だから新人。ね? きっとあなたでも分かると思うわ。その位酷かったもの」
そもそも、迷惑行為にこの学院は厳しいのだ。
双方が納得の上で行ったことでも容赦なくイエローやレッド認定を行うし、パープルマーカーなんて物まで実装している。それなのにこいつは何のマーカーもなく野放しにされている状況……。
確か、通報される回数が多く、迷惑行為を学院側が認知した生徒用のマーカーもあったはず。
しかしこいつには特にマーカーが付いていない。
警戒し始めた当初は余程うまくやっているのか、なんて思っていたのだが、蓋を開けて見れば何ともまぁ酷いことで……ま、自分のプレイしているバージョンも確認できない高校生の考える事なんて、こんな物だと思うべきだろうか。
私は大凡自分の推理が当たっている事を確認すると、一つ思い出したように口を開く。そうそう、彼の作戦が一つも上手くいっていない事を指摘してあげなければならない。
「ああ、ちなみにあなた、マーカー付いていますよ」
「……は?」
「“無実の私”を斬ったでしょう? だからイエローマーカーが付いてるはず。だって私についていないもの」
私は彼に見える様に私のステータスページを開き、自分の名前を確認させる。
そこにはパープルマーカー経験者の証として紫の点は打たれているが、名前が黄色にはなっていない。つまり私は彼に妨害行為をしていない判定なのだ。
それを見た彼は大きく目を見開く。
「どうして……」
「それは自分で考えると良いわ。……ところで、これからどうするの? 愚図で間抜けで経験も知識もないあなたは、これからどうやって私と遊んでくれるのかしら?」
「……」
生存報告です。
突然一週間も更新をお休みして申し訳ありません。プリンター直したと思ったら夏風邪をひきました。多分風邪だと思う。頭痛が酷く、長時間の執筆が困難な状態です。
これからしばらくは不定期更新となります。体調が戻り、話のストックが確保でき次第毎日更新へと切り替えます。また、誤字修正などもやや遅れることになります。ご了承願います。
季節の変わり目ですので、皆さまもお風邪等引かれませぬようにお気を付けください。




